雨
またまた残酷表現が入りますー。ちょっとした戦闘シーン。もうしばらくこんな感じが続くかも、です。苦手なかたなどはご遠慮下さいー。早く楽しい要素に戻したいなぁ・・・
エルガードとアイナさんの声が聞こえた気がした。でも、加奈はもう止まらなかった。止められなかった。自分でも抑えられなかった。
考えるのを、放棄したのだから。
気が付いたら加奈は銀色の膜を体に覆っていた。犬耳尻尾ももちろん出ていた。目の前には驚いた顔の青年がいた。なぜだか名前が出てこなかった。なんて名前だったっけ?頭が回らない。
加奈が青年に一歩近付く。青年は顔をいびつに歪ませ、後ずさる。何で離れるのだろうか?名前、何だったかな。ついさっき聞いたから、ちゃんと思い出そうとすれば出てくるはず。
加奈はまた一歩、青年に近付く。銀色の膜が加奈の体を覆う。神経が高ぶる。体がざわざわする。周りにも人がいるようで声が聞こえてくるが、頭に入ってこない。目の前にいる青年だけが視界に入る。名前、何だったかな。
そうだ、確か。
「ロータス」
言うと同時に加奈は地面を蹴り、ロータスの首を掴んで地面に叩き付けた。ロータスが苦しそうに呻きもがくが手は離さない。
「・・うっ・・・!」
手に力を込める。ロータスが先程より苦しそうな顔をし、手足をじたばたさせるが加奈は微動だにしない。じっとロータスの顔を見る。なんの感情も浮かばない、頭も働かない。ただずっとロータスを見る。
後ろから肩を掴まれる。煩わしくてそれを振り払い、首を持ったままロータスを持ち上げそのまま放り投げる。ロータスは木にぶつかりそのまま崩れるようにして動かなくなった。
なんで動かないのかな、と思って近付こうとする。加奈が足を踏み出したその時、横から何かがぶつかりそれと一緒になってもつれる様にして加奈は転がってしまう。加奈にぶつかって来たのは人だった。男の人。見たことがある。誰だっけ・・?
上に乗っかっている男の人が何かを叫ぶ。口が動いているのは見えるのに、声が聞こえない。男の人が見ている方向を見る。ロータスと、ロータスを抱えている女の人が見えた。女の人はロータスを連れて行く。どこに連れて行くのだろうか、まだロータスには用がある。聞かないといけない事があったような気がする。しないといけない事があったような気がする。何だったっけ?
上に乗っかって加奈を押さえている男がまた何か喋る。聞こえない。煩わしい。身動きができなくてイライラする。男に蹴りを入れてやる。男が離れる。蹴った感触がなかった。すんでの所で逃げられたのだろうか。どっちでも良かった。これで動ける。
加奈は立ち上がり、ロータスを連れて行った女の人が歩いていった方向を見る。まだ追い付けるだろうか。そう思っているとさっきの男が手にナイフを持って加奈の方へ走ってきた。刃物は危ないなーと思う。斬れたら痛いし、血が出る。
加奈は走って来た男のナイフを蹴り落とし、ついでに拳をお腹に入れてやる。今度は入った感触がした。男が吹っ飛ぶ。大きな音がした。よく見えない。何をしていたんだっけ。何でここにいるんだっけ。
私はいったい、何だっけ・・?
ぼけっと立っていたらいつの間にか側に来ていた男に押し倒され、地面に押さえ付けられる。男の顔が加奈の顔の上に来る。男の顔が見えた。男が腕を振り上げ加奈の頬を殴る。痛かった。男の顔をもう一度見上げる。男の目から水が出て、加奈の顔に当たる。男は苦しそうな、悲しそうな顔をして叫んでいた。男の目から顔から髪から、どんどん水が落ちてきて加奈の顔に当たる。冷たいな、と思っていたら雨がまた降って来ていたのにようやく気付いた。
雨が、降っていた。
「灰色狼は、君にそんなこと望んでないっ!」
声が聞こえた。目の前の男が、叫ぶ声。雨の音に負けないくらい大きな声。男の顔を見る。相変わらず目から顔から髪から、水が落ちる。どうして、そんな顔してるの?
「エル、ガード・・・」
そう、この人はエルガードだ。先生の友達。加奈がこの人に会うときはいつも雨が降っていた。今も、さっきも、ずっと前も。エルガードのほっとしたような顔が目に入った。
「加奈ちゃん!良かった。正気に、戻った・・・」
エルガードは加奈の上からどいて、息を吐く。顔は、涙なのか雨なのか、どちらかわからないほど濡れていた。雨は結構きつく降っているようだ。加奈も体を起こす。服も髪も泥で汚れていた。
「・・・エルガード、ロータスさんは?」
エルガードは暫く黙ってから、アイナが町に連れて行った。息はまだあったから医者に見せに。と言った。加奈はそれを聞いていたのかいないのか、ぼーっとエルガードの顔を見ていた。
加奈はエルガード、と小さく呟く。
「先生、一体どこいっちゃったのかな・・?」
エルガードは言葉を口にしなかった。
「今日は朝からまだ一度も先生に会ってないの。まだ一度も先生の声を聞いてないの、喋ってないの」
エルガードが加奈を見る。苦しそうな顔で、加奈を見る。加奈はそんなエルガードを見る。
「天狼の力、少しだけど使えるようになった。先生にまだ、今まで一度も褒めてもらった事なかったけど、今度は褒めてくれるかなぁ?褒めてくれるよね」
エルガードが加奈ちゃん、と呼ぶ。
「朝からずっと待ってた。なんだか解らないまま天狼の力が使える様になって、いきなり誰かに襲われて。穴蔵でずっと、ずっと先生を待ってた。すぐ帰ってくるだろうって思って。先生が帰ってきたら聞いてみようって」
エルガードから目をそらす。エルガードの顔が、見られない。
「今日、まだ先生に会ってないよ?朝からずっと先生に、会ってない。声を聞いてない、顔を見てない、何も、先生と何も、してない」
エルガードの胸あたりの服を掴む。
「エルガード、言ったよね?道に迷ってるだけだって。方向音痴だから、道に、迷ってるだけだって」
雨がどんどん二人を濡らす。顔をあげて、エルガードの顔を見る。どうして、そんな顔をするの?そうだねって、笑ってよ。しょうがない奴だな灰色狼はって、笑ってよ。
エルガードの服を掴んだまま、加奈は喋る。
「嘘だよね?ロータスさんが言ってたのは、冗談、なんだよね?異世界の、ブラックジョークなんだよね?だって・・・」
続きの言葉が出てこなかった。エルガードの顔がぼやけていた。雨が目に入ったのだろうか、胸の辺りが苦しくなる。
エルガードの静かな声が、響く。
「灰色狼は、死んだ。もう、いない・・・」
エルガードを突き飛ばす。二、三歩離れて、下を、向く。
何かを言おうとして口を開くが、声が出なかった。雨で服も髪も濡れる。まとわりついて気持ち悪い。エルガードが近付いて来る。加奈は顔を上げた。エルガードの顔がやっぱりぼやけて、見えた。
あぁ、自分は泣いていたのだな、と。
その時、気付いた。
エルガードが加奈を引き寄せて、抱きしめる。背中を、ぽんぽんっと叩いてくれる。息が、苦しくなる。涙が、止まらない。
「先生に、会いたい」
加奈を抱きしめるエルガードの手が、強くなる。
「先生に、会いたい。会いたい、会いたいよ・・」
先生に会いたい。
会って、話をしたい。一緒に、また特訓をしたい。先生と、先生の、顔が見たい。一緒に、もっと一緒に、いたい。
「嫌だよ、こんなの。嫌だ・・・」
加奈の口から声が漏れる。雨はまだ降っている。
「先生・・・嫌だ・・・」
先生の声も姿も、聞こえない、見えない。エルガードの加奈を抱きしめる力が、また強くなる。
先生に会うことは、もう、ない。
「っ・・・嫌だぁーー!!」
加奈の叫ぶ声が、雨が降る森の中に、加奈の声と雨の降る音だけが、酷く悲しく、響き渡った。




