秘密な先生
エルガードと金髪美人、アイナさんは席を離れ暫く話し合っていた。はたから見たらエルガードが女の子(加奈)と浮気して、彼女?のアイナさんに見つかり必死にあれやこれやの手で弁解をしているように見えるのだろう。
だが、エルガードはナンパしていた訳ではないし、加奈もナンパされていた訳ではない。それにエルガードは加奈のタイプではないし。
「アイナさんは彼女さんなのかな?」
金髪美人、アイナさんの迫力ある登場シーンを思い出す。笑顔なのにものすごく怖い、というたまに漫画とかで見たことのあるやつだ。笑顔の女の人に初めて恐怖を覚えた瞬間だった。
エルガードとアイナさんを見る。エルガードが必死にアイナさんに喋りかけている。アイナさんはそれを聞いているのかいないのか、加奈の方からはアイナさんの表情が見えず、いまいちちゃんと誤解が解けているのか分からなかった。大丈夫か、エルガード。
その後、暫くして二人は加奈の所に戻ってきた。
「ごめんね、私なんだか誤解してたみたいで。アイナって言います、宜しくね」
アイナさんは加奈に手を差し出した。加奈は慌てて自分も手を出し、加奈です、と自己紹介する。
「カナちゃんって言うんだ?そういえば俺、君の名前聞いてなかったな」
エルガードが少し疲れた様な顔で言う。アイナさんの誤解を解くのはよっぽどの重労働だったようだ。やっぱり彼女さんらしかったようで、加奈にアイナさんを紹介してくれた。
「話しはエルから聞いたわ。あの灰色狼さんがいなくなったって」
アイナさんはエルガードの事をエルと呼んでいるらしかった。彼女っぽいなー、と呑気に思っていた加奈の頭の片隅に、アイナさんも犬先生の知り合いなのかな?と言う疑問が浮かんだ。
「灰色狼さんの事は、エルから聞いて知ってたの。何回か会って喋った事もあるわ」
最初はエルガードと犬先生が知り合いだったらしい。アイナはエルガード経由で先生の事を知り、天狼だと言う事を聞いて大層驚いたそうだ。
「狼ってだけでも驚きなのに、その中でも特殊な力を持っている天狼だって言うんだもの。いつの間にエルにそんな知り合いができたの?って感じだったわ」
との事。
加奈も不思議だった。狼の先生と人間のエルガード。共通点など当たり前だがなさそうだし、逆に狼と人間だなんて。討伐隊があったぐらいなんだから犬先生の方はエルガードの事を憎んでいても不思議ではない。
だが、エルガードは笑ってその話しを流し、話題を変えた。
「そーいえば加奈ちゃんは灰色狼の名前、知ってるの?」
「先生の名前ですか?」
加奈は異世界に来た最初の頃、一度先生の名前を聞いたことがあった。呼ぶときに不便だし、加奈が自分の名前を名乗った時に聞いたのだ。が、犬先生は教えてくれなかった。なぜかは全くわからなかったが。なので加奈は犬先生の事を『先生』と呼ぶことにしたのだ。
「なんだぁ、知らないのか。俺も知らないから知ってたらこっそり教えて貰おうと思ったのに。で、呼んでやってびっくりする灰色狼を見たかったのにな」
残念だーとエルガードは肩を落とす。そんなエルガードをアイナは横目で見て、本当に灰色狼さんが好きよねエルは、と呟く。エルガードは、妬くな妬くなーと笑っていた。
そんな二人を見ながら、加奈は犬先生の事を考えていた。エルガードやアイナさんにも名前を教えていないらしい。そういえば加奈は先生に一度も加奈の名前を呼ばれた事がない。君、とかお前、とかはあった気がするが『加奈』と呼ばれた事は一度もないような気がする。特に今まで気にしたこともなかったが、犬先生が帰ってこない今、なぜか些細な事が気になった。
ぼーっと犬先生の事を考えていた加奈を見てアイナは、灰色狼さんが帰って来ない事は今までなかったの?と聞いてきた。
「無かったです。たまに黙ってふらっと消えてどっか行くって事とかはありましたけど、いつも私のご飯をアブリル、この町から買ってきてくれるので必ず昼には一度穴蔵へ帰って来てました」
そっか、とアイナは言い加奈を心配そうに見る。
犬先生は本当にどこに行ってしまったのか?やっぱり討伐隊に・・・と考えていた加奈の耳に、少し遠くの方に座っていた男逹の話し声が入ってきた。
「そーいえばさ、ニチカの奴が最近狼を見たって話し、お前聞いたか?」
「聞いた聞いた。でも狐とかを見間違えたんだろ?狼なんて今はこの世界にはいないはずだし。狼討伐隊が全て殺して回ったって話しだったじゃん」
「でもあるだろ、伝説の狼の話。一匹だけ討伐隊の手から逃げて、今も同胞を殺した人間を恨んで夜な夜な深森の中で生きているっていう噂」
「ただの噂だろー?誰も信じてねーよ」
「俺だって信じてねーよ。でもニチカってそーいうの、信じるタイプだろ?だから、捕まえるーって言って探しに行ったらしいぜ」
「マジかよ。馬鹿だなーアイツ」
男二人は笑いあった。そしてまた話し始めた。今度はくだらなさそうな話しだったが。
「・・・狼って灰色狼の事かな?」
エルガードとアイナも話しを聞いていたらしく、声を潜めて呟く。
「もしそうだとしたら、狼討伐隊なんてまだあるのかも分からないものよりも、さっきの話しに出てきたニチカって奴が灰色狼さんに何かしらしたって考えた方が無難かもね」
アイナはニチカと言う人の事を聞くため、男二人の方へと歩いていった。加奈はそんなアイナを見ながらエルガードに聞く。
「狼がそれほどまでに希少な存在なら、先生はどうやってアブリルの町で買い物してたんですか?」
加奈は今まで、先生はあの姿で町まで行き、あの姿で買い物をして帰ってきていると思っていたのだが、狼がいる事がそれほどまでに人間にとって信じられない事なら、もろに狼の姿な先生はどうやってアブリルの町に入っていたのか。
「・・・・」
エルガードは無言で加奈の顔をじっと見る。何言ってんだお前、みたいな質問の意味がわからない、という顔で。
「どうやってって、そんなの」
「分かったわよ、ニチカの事。今は家にいないらしいけど、狼を見つけるために森へ行ってるんじゃないかって」
タイミング悪くアイナが戻って来たので、エルガードから先生の買い物についての謎については聞く事ができず、三人はとりあえずニチカを探すために店を出た。
犬先生の謎は深まるばかりだ。




