雨の日の再会と出合い
エルガードは、とりあえずどっかお店に入ろうかと言い、近くのこじんまりとしたお店に加奈を連れて行ってくれた。お店の中はいい匂いがして、知らず加奈のお腹は鳴った。朝から何も食べていなかったので、当然だ。
エルガードが店員に適当に注文してくれ、それを有り難く頂きながら加奈は、犬先生が帰って来ないことをエルガードに話した。天狼の力が使えるようになった事や、誰かに襲われた事などについてはとりあえず黙っておいた。
加奈の話しを聞き終えたエルガードは少し考えこんでからこう言った。
「灰色狼が帰ってこないのは、もしかしたら狼討伐隊に見つかったのかもしれないな」
「狼討伐隊?」
狼討伐隊とは、その名の通り狼を駆除する団体のことらしい。異世界にはそんなものが存在するのかと、加奈は少し驚いた。
「この世界ではもともと狼は人間を襲う獣とされていたんだ。だから大昔から人間によって退治されていたらしい。そのせいで狼の数は激減していった。天狼だって今は灰色狼と君だけなんだろ?灰色狼は、その討伐隊の奴らに見つかったのかもしれない」
加奈はその話しに引っ掛かりを覚えたのでエルガードに訊ねてみる。
「天狼って昔はそんなに大勢いたんですか?」
加奈の言葉を聞き、何も聞いていないのか?とエルガードは訝しげな顔で加奈を見る。
「俺も灰色狼から聞いた話しだからあれだけど、天狼の種族は大昔は沢山いたらしいよ。
まぁ、普通の狼よりは勿論少なかったわけだけどさ。で、狼ってのはさっきも言ったが人間を襲う獣とされていたから。だから人間達は協力して狼を退治しようとしたんだ。それが狼討伐隊ってわけ」
どうして狼は人を襲うんですか?と聞いたら、俺は狼じゃないから解らないなと苦笑された。
「狼討伐隊はどんどん狼を殺していった。普通の狼も、天狼も。天狼っていうのは君も知っているとは思うけど、普通の狼とは違って不思議な力を持っていた。討伐隊はさすがにその天狼には苦労したらしいけど、多勢に無勢、だ。人間の方が数が多く、有利だった」
それでほとんど殺されちゃったんですか?狼は。
「みたいだな。当時、普通の狼は全滅。残ったのは天狼の二匹だけになったらしい。それが君の先生、つまり灰色狼と、あと銀色の狼だけだった。」
銀色狼・・・?
加奈は夢に出てきた銀色に輝く狼が頭に浮かぶ。もしかしたらあの狼の事なのだろうか。加奈の天狼の力を解放してくれた銀色の狼。態度がかなりでかかったが。
「残った天狼の二匹、灰色狼と銀色狼は人間の目を掻い潜って、なんとか生きていられたらしいけど、さっきも言ったが普通の狼は討伐隊によって全て殺された。だからこの世界に普通の狼は今も一匹もいないとされている。天狼の種族も灰色狼と銀色の狼だけが生き残ったが、それもあまり長くはもたなかったらしい」
エルガードは先程から加奈に視線をやることは無くなっていた。テーブルに並べられているお皿に乗った美味しそうなパンやサラダ、スープを見たり、周りの景色を見たりしている。
「灰色狼から詳しく聞いた訳じゃないんだが、何年かは二匹で逃げ回っていたんだって。協力して。でもある時、討伐隊に見つかった二匹は逃げる途中で、何らかのアクシデントがあったらしい。銀色の狼はそのアクシデントで死んでしまった。灰色狼はそこでいったい何があったのか、詳しく話してはくれなかったけどな」
エルガードは静かに笑った。
「そして灰色狼、君の先生は一人になった」
加奈は黙っていた。ただただ、エルガードの話す異世界のお話を、黙って聞いていた。自分が育ってきた世界とは全く違う、でもどこか似たような所もあるこの異世界の話しを。犬先生が育ってきたこの世界の話しを。
「一人になった灰色狼はその後も討伐隊から逃げて、何年も生きて来たんだって。何年も何年も。天狼ってのは長命らしいな。灰色狼にとってそれが良いことだったのか、悪いことだったのかは解らないが」
エルガードはそこでやっと加奈と視線を合わせた。
「討伐隊なんて今はもう無くなっていると思ってた。実際狼はこの世界からいなくなったんだからな、一匹を除いて」
「その討伐隊が今もまだ存在してたって事ですよね?そして先生はもしかしたらその討伐隊に・・・」
見つかって殺されたかもしれない、なんて言えなかった。信じたくなかったし、口に出したくなかった。先生が死ぬ、だなんて。
加奈の気持ちを知ってか知らずか、エルガードは加奈の頭に手をおき、撫でながらこう言った。
「灰色狼は強い。もしかしたら討伐隊を見つけて逆に討伐してる最中なのかもしれないしな。あと、ただ単にどっかで道に迷っているだけかもしれないぞ」
意外と方向音痴気質だからなー、とエルガードは加奈に笑いかけてくれた。先生が道に迷うはずがないのだが、加奈は少しだけ自分の心が和らぐのを感じる。初めてエルガードと会った時とは大違いだ。ただのお茶らけた変な人だと思っていたのに。
エルガードは暫くの間、加奈を励ましたり、馬鹿話しをしたりして和ませようとしてくれていた。だが、そんなエルガードに危機が訪れたのは、そのすぐ後だった。エルガードの後ろに女の人が現れたのだ。
「ナンパ?」
唐突に、エルガードの背後に現れた金髪の女の人は、エルガードの両肩をぽんっと叩いて言った。その金髪美人はエルガードの肩を掴み、満面の笑顔で立っていたのだ。
満面の笑顔って、時にものすごく恐怖を覚える時があるよね?
エルガードがびくっとして、ゆっくりと後ろを振り向く。
「・・・ア、アイナ」
エルガードのひきつった様な笑顔が見えた。金髪美人はアイナさんと言うらしい。
「ナンパ?」
金髪の女の人はもう一度同じ質問をした。顔の表情も声質も先程と全く変わらなかった。不気味としか言い様がない。加奈はただただ、じっと動かず喋らず、エルガードと女の人の動向を見守るしかできなかった。




