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先生が帰ってこない

加奈は穴蔵の中、動かず喋らず何もせず。

ただ座ってじっとしていた。


しかしいくら待っても犬先生は現れなかった。帰っては来なかった。もうすでに外は暗くなってきている。朝、加奈が特訓中に誰かに攻撃されてから既に何時間も経っている、という事だ。犬先生がここまでの時間帰ってこないのはあきらかに変だし異質で異常だ。

何かがあったんじゃないか、とそう思う加奈だったが、穴蔵から出ることが未だにできずにいた。


「…………」


自分の体を見る。今はもう自身の体を覆っていた銀色の膜は消えている。ヤられた体の痛みも、時間とともに大分和らいできている。

加奈は先生を待っている間に、銀色の膜について一人考えてみていた。その結果出た答えが、あの銀色膜は『天狼の力』なのではないだろうかと言う結論だった。


夢の中に出てきた銀色の狼。態度のでかそうなあの銀色狼が『力を解放してやる』と加奈に言った。そして、夢から覚めたら加奈の体全体を、銀色の膜が覆っていた。


「そして力が強くなった」


自分の手を見る。試してはいないが、多分そうなのだろう。

昨日までは自分にそんな力が本当にあるのか甚だ疑問で、そして半信半疑だったのだが、今加奈は自分の中にある天狼の力を鋭敏に感じる事が出来る様になっている。


自分の中にある、今まで感じたことの無い熱のかたまり。もう一つの心臓のような何か。


「…………」


犬耳尻尾を出す。目を瞑り集中する。次に加奈が目を開けた時、加奈の体全体は銀色の膜が覆っていた。


「これも、慣れれば簡単だったなー」


最初にした特訓、犬耳尻尾を出し入れする事。

この特訓も最初は苦戦したが、一度出来てしまうと次からは意外と簡単に出来る様になった。出来た事が嬉しくて、楽しくて。何度もやっていて、先生に叱られた事もあったっけ。


「先生……」


犬先生はまだ帰ってこない。やはり何かあったのだ。帰れない何かが。

加奈は意を決して立ち上がり穴蔵の外へ出る。銀色の膜、『天狼の力』は念のため出したままにしておく。夜の闇が深くなって辺りが暗い海に沈む中、加奈だけが銀色に光り、輝いていた。



加奈は犬耳に意識を集中させる。先生の声を探して聞くために。犬先生の声を思いだしながら、神経を研ぎ澄ます。意識を周りの空間に流す。だが、先生の声は少しも聞こえてはこなかった。


「……聞こえない、か」


ただ単に先生が喋っていないだけなのかもしれない。先生が喋っていなければ当然の事ながら、先生の声など聞くことは出来ないのだから。そう思い加奈は次の手を考える。


アブリルの町まで行ってみるか?何かわかるかもしれない。


「……よし」


先生が行く場所など、加奈にはそこしか思いつかなかったのだ。

加奈は少しだけ足をほぐし、そして走り出した。銀色に輝く体が森を駆ける。アブリルの町が何処にあるかは分からないが、いつも先生が行く方向は分かっていたのでその方向に、加奈はひたすら走り続けた。

いつもより体が軽かった。天狼の力のお陰だろうか。早く走れる。傷付いた体がまだ少し痛みを訴えてくるが、そんなの構っていられなかった。


犬先生を絶対に探しだすのだから。











アブリルの町は意外とすぐに見つける事が出来た。町近くで立ち止まり、加奈は犬耳尻尾をしまい天狼の力も抑える。銀色の膜が消える。

きっと、私が天狼だとバレるのは不味いのだろうから。これで周りからは、加奈は普通の人の様に見えるようになっただろう。


「……先生、いるかな」


加奈は町の入口に近付きながら呟く。ここからは自分の足、目だけで探さないといけない。天狼の力を使うのは危険だから。


恐る恐る町に入り、加奈は周りを見渡す。夜だというのに、アブリルの町は明るく賑やかだった。何の店だかわからない店が所狭しと並んでいる。店前で客寄せなどをしている人達もいる。軒先には看板らしき大きな物も置いてあったが、加奈が見てもやはりそれは読めない文字で、そこに何が書いてあるのかは解らなかった。


「異世界なんだよね、本当に」


実感した。ここは私のいた世界ではないのだと。異世界なんだと。


暫くうろうろとさ迷っていた加奈の横を家族だろうか、男の人と女の人、そして真ん中に小さな子供の三人組が、仲良く喋り笑いながら加奈を追い越して行く。これから三人でご飯でも食べに行くのだろうか。子供は楽しそうに両側にいる両親二人の手を引いている。


「…………」


加奈はそれをじっと見て、動かしていた足を静かに止めた。立ち止まる。


今、私は一人だ。異世界のよく知らない町でたった一人。家族も友達も知り合いも、この世界にはいない。文字も解らなければ、常識も知らない。一人では何をしたらいいのかすら、この世界ではわからない。

たった一人。たった一人、犬先生だけが加奈のこの世界での唯一の、加奈と異世界を繋ぐたった一つの糸だったのだ。


このまま犬先生が見つからなかったら。


最初にこの異世界に来た時、そんなに不安にならなかったのは、きっと犬先生が傍に居てくれたからだ。先生が目の前にいて、喋ってくれたから。話してくれたから。何をしたらいいのか教えてくれたから。加奈に語りかけ、知恵をくれ、諭してくれたから。



一人じゃ、なかったから。



加奈はこの世界ではとても薄く、脆く、儚い存在だ。この世界の誰も、加奈の事など知らないし興味もない。

アブリルの町の人々が、立ち止まっている加奈を避けて通り過ぎて行く。加奈に話しかけて来る者など、当たり前だが居やしない。


「…………」


加奈は止めていた足を動かし、壁際に寄る。

そして壁を背凭れにして周りを見る。

知らない町、知らない人、知らない文字、知らない世界。知らない空間。知らない全て。



私はこの世界の住人じゃないんだ。

改めてそう感じた。


ぽたりと頭に何かが当たる。

頭上を仰ぎ見ると、暗くてよくは見えなかったが雨が降ってきた様だった。加奈は屋根のある所に移動し、雨宿りする。


「どーしよ……」


加奈はため息をつく。

犬先生は町の何処にも見当たらないし、雨は降ってくるし。なんだか感傷的にもなってしまうし。

踏んだり蹴ったりだった。雨脚はだんだんと強くなっていく。雨を嫌がり避けるように、町の人並みも疎らになってくる。


「どーしよう」


また同じ言葉を呟いてしまう。

こんな事、口にしていても仕方がないのは分かっている。だが、口を開くとこの言葉しか出てこないのだ。


雨足が強くなってくる。加奈は屋根のあるそこから動けなかった。



どのぐらい時間がたっただろうか。

加奈がザァザァと音を立てて降り続ける雨を見ていると、向こうから雨の中人影がこちらに近付いて来るのが見えた。その人影に、加奈は「あ……」と声をあげてしまう。


「こんな所に一人でいると危ないよー。灰色狼は?」


同じような台詞を前にもこの人に言われた事がある。犬先生の知り合いで、雨の日に食べ物を持ってきてくれて、犬耳尻尾を触らせてくれと言ってきた『変な人』。確か名前は……。



「エルガドロ?」

「おしい!ちょっと違うよ」


突っ込みを入れ、「また会ったねぇ、久し振りー」とその男、『エルガード』は手をあげ笑いながらそう言った。



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