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第17話 家族の休日

「今日は仕事をしない」

 

朝食の席で、アルベルトが言った。

ルークが手を止める。


「熱でもある?」

「お前は父親を何だと思ってる」

「仕事してる人」

「間違ってはいないけど失礼ね」

 

アナが笑った。


「今日は領都の収穫祭でしょう? 久しぶりにみんなで行きましょうって、私がお願いしたの」

「父さん、休めるの?」

 

ハルトが聞く。


「休む。今日は何があっても――」

 

アルベルトが言いかける。

アナがじっと見る。


「……よほどのことがなければ仕事はしない」

「最初からそう言えばいいのよ」

 

ミアが椅子から身を乗り出した。


「おまつり! おかしある?」

「あなたはそればっかりね」

「にいさま、はやく!」

「ミアがまだ準備できてないだろ」

「できてる!」

「靴、片方しか履いてないけど」

「……」

 

ミアが足元を見る。

ルークが吹き出した。

ハルトも笑った。

家族全員で出かける。

それだけのことが。

今のハルトには、思っていたより楽しみだった。


◇


領都リュミエルは、いつもと違う色に染まっていた。

石畳の通りに色布が渡され、店先には花や収穫物が飾られている。

焼いた肉の香り。

甘い焼き菓子。

果物。

音楽。

人の笑い声。


「すごい!」

 

ミアが走り出そうとする。


「走るな」

 

ハルトが手を掴む。


「にいさま、あれ!」

「分かったから引っ張るなって」

 

ルークは武具を並べた露店の前で足を止めた。


「父さん、これ見て」

「祭りに来て最初に見るのが剣か」

「父さんに言われたくない」

 

アナは店主と話しながら、家族で食べられそうなものを選んでいる。

アルベルトへ、領民が声をかけた。


「領主様、今日はご家族で?」

「ああ」

 

アルベルトはアナたちを見る。


「今日は領主じゃなく、父親の方だ」

「それは失礼しました」

 

領民は笑う。


「どうぞ、ごゆっくり」

 

恐れて距離を取るのではなく。

自然に笑って話しかける。

ハルトはその光景を見ていた。

父がこの土地でどう見られているのか。

幼い頃より、少しだけ分かるようになっていた。


◇


「これ、みんなで食べましょう」

 

アナが買ってきた料理を、広場の端にある長椅子へ並べた。

焼いた肉。

野菜を包んだ薄焼きのパン。

温かなスープ。

果実の飲み物。


「ミア、それはまだ熱い」

「だいじょうぶ」

「大丈夫じゃ――」

「あつっ」

「ほら」

 

ハルトが水を渡す。

ルークが笑う。


「ハルト、完全に兄ちゃんだな」

「兄さんも兄ちゃんだろ」

「俺は見守る兄」

「何それ」

「便利な言葉ね」

 

アナまで笑った。

アルベルトが食事をしながら言う。


「ルーク、ミアを煽るな」

「煽ってないよ」

「顔が煽ってる」

「顔で判断するの?」

 

くだらない会話。

同じ食べ物。

同じ笑い声。

ハルトはスープを口に運びながら、ふと思った。


(やっぱり……好きだな)


料理だけではない。

こうやって。

みんなで食べて。

笑って。

何でもない話をする時間が。

前世の家族を忘れたわけではない。

それでも今は。

胸の痛みより、この温かさをそのまま受け取れるようになっていた。


◇


「ハルト!」

 

聞き慣れた声。

振り向く。

アイリスだった。

その後ろには両親と護衛。

手には、すでに小さな紙袋を持っている。


「何それ」

「栗のお菓子」

「また栗?」

「『また』じゃない。栗は何回でもいいの」

「昨日も食べてなかった?」

「昨日の栗と今日の栗は違う」

「何が違うの」

「今日の方が祭り」

「意味分かんない」

 

アイリスは気にせず、当然のようにハルトの隣へ来た。

両家の大人たちも自然に挨拶を交わす。

ルークが二人を見る。


「最近ずっと一緒だな」

「秘密基地作ってるだけ」

「秘密って言ったのに!」

「場所は言ってない」

「そういう問題?」

 

ルークが面白そうに笑う。


「そういえばハルト、最近訓練終わるの早いよな」

「ちゃんとやってる」

 

アイリスがハルトを見る。


「私と遊ぶため?」

「違う」

「即答した」

「兄さん」

 

アナとアイリスの母が顔を見合わせて笑う。

ハルトには、その理由がよく分からなかった。


◇

 

祭りはさらに賑やかになっていった。

ミアは小物の屋台を見ては立ち止まり。

ルークは騎士の演武に目を奪われ。

アイリスは栗菓子を食べながら、気になる店を見つけてはハルトを引っ張る。


「次あっち」

「まだ食べてるだろ」

「歩きながら食べられる」

「落とすなよ」

「子供じゃないんだから」

「俺たち子供だろ」

「そういう意味じゃない」

 

少し後ろで、アナとアルベルトが笑っていた。

その時だった。


「……あら?」

 

アナの声。


「ミア?」

 

ハルトが振り返る。

さっきまで隣にいた。

小さな栗菓子を持って。

飾りの屋台を見ていた。

なのに。

いない。


「ミア?」

 

もう一度。

人の波。

知らない顔。

音。

笑い声。

その全部が遠くなる。


『お兄ちゃん』

 

りず。

横断歩道。

病院。

白い光。

冷たくなった手。


「ミア!」

 

ハルトの声が広場に響いた。


◇


「俺が探す」

 

身体の奥へ魔力を流す。

足へ。

身体強化。

走れば早い。

全部見れば――。

肩を掴まれた。


「待て」

 

アルベルト。


「でも早く――」

「一人で全部探す必要はない」

「父さん、でも――」

「だから分ける」

 

強い声。

ハルトが止まる。


「ルーク。ミアが行きそうな屋台を見ろ」

「分かった」

「アナは近くの店主へ聞いてくれ」

「ええ」

「護衛は出口と人通りの多い道」

 

アルベルトがハルトを見る。


「お前は最後に見た場所を思い出せ」

「……」

「焦るな。思い出せ」

 

隣からアイリスが聞く。


「ミア、最後に何見てた?」

 

ハルトは呼吸する。

さっき。

ミアは。


「……飾り」

「どんな?」

「星みたいな髪飾り」

 

アイリスが周囲を見る。


「あっちに小物のお店あった」

「行こう」

「うん」

 

二人で走る。

今度は。

ただ闇雲にではなく。


◇


小物屋の前。

人の間。

小さな金髪――ではない。

違う。

さらに奥。


「にいさま……」

 

聞こえた。


「ミア!」


小さな身体。

目に涙を溜めている。

ハルトは駆け寄った。

しゃがむ。

そのまま抱きしめた。


「にいさま……」

「勝手にいなくなるなよ……」

 

怒っているような言葉。

でも。

声は震えていた。


「ごめんなさい……」

「……うん」

 

腕に力が入る。

温かい。

ちゃんと生きている。

少し遅れて、アイリスが隣へ来た。

何も言わなかった。

さらにアナ、アルベルト、ルークたちも集まる。


「ミア!」

 

アナが抱きしめる。


「怪我はない?」

「ない……」

 

ルークが息を吐く。


「ほんと心配させるなよ」

「ごめんなさい」

 

アルベルトは全員を見てから、ハルトへ目を向けた。


「見つかったな」

「……うん」

「お前一人だったら、もっと時間がかかったかもしれない」

 

ハルトは何も言わない。


「一人で全部探す必要はない」

 

父は続ける。


「家族なんだから、こういう時こそ頼れ」

「……うん」

 

ハルトはミアの頭を撫でた。

何度も聞いてきた言葉。

一人で全部背負うな。

分かっているつもりでも。

怖くなると、すぐ忘れそうになる。

だから。

何度でも覚えなければいけないのかもしれない。


◇


「帰る?」

 

アナが聞いた。

ミアは少し考えた。


「……おまつり、まだ見る」

「大丈夫?」

「うん」

 

ハルトの手をぎゅっと握る。


「にいさまといっしょ」

「もう離すなよ」

「にいさまも」

「俺は離してない」

「じゃあずっと」

「ずっとは無理」

「なんで!」

 

ルークが笑う。


「元気戻ったな」

 

家族は祭りへ戻った。

夕方だった空は、いつの間にか夜へ変わっていた。

通りに魔法灯が灯る。

ランタンが揺れる。

屋台から湯気が上がる。

楽器の音。

笑い声。

昼とは違う景色。

アイリスが栗菓子をまた買っている。


「まだ食べるの?」

「これは夜の栗」

「昼と何が違うんだよ」

「夜」

「そのままじゃん」

 

ミアが笑う。

アナも。

ルークも。

アルベルトも。

アイリスの家族も。

みんなが笑っている。

ハルトはミアの小さな手を握ったまま、その中にいた。

父がいる。

母がいる。

兄がいる。

妹がいる。

アイリスがいる。

灯りの中で。

同じ場所で。

同じ時間を過ごしている。

ハルトはミアの手を握りながら。

みんなと一緒に笑った。

 

――第17話「家族の休日」了。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

もし物語を気に入っていただけたら、★評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


これからもハルトたちの物語を、大切に描いていきます。

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