第九十七話 あべこべ
「こっちや! すぐ来てな!」
玉藻が鞘を担いで走ってくる。
少し離れたところにいるアリスから受け取ってきたのだった。
『ちょっと待ちいなぁ。そんなんされたら痛いわぁ』
ギーネの声もしている。
「ハジメさん! 離れてください!!」
それを飛び越えるようにノボルの声が聞こえてきた。
それと同時に、俺の目の前を目ではとらえられない速度で何かが横切った。
「な、なに?」
ラグナロクが困惑の声をあげている。
俺も、ノボルもやっと到着した玉藻もアリスも同時にラグナロクの方に目を向ける。
先ほどまで襟首をつかまれていたアマノザコがラグナロクの目の前から消えている。
ラグナロクから数メートル離れたところで、アメノサグメがアマノザコを抱きしめるようにしてしゃがんでいる。
「お姉ちゃん。起きてよ。ねぇ。お姉ちゃん……」
泣いているような言葉を並べながら、その声はどこか嬉しそうな歓喜を抑えられないという声をしている。
「起きないなら、食べちゃうよ……?」
アメノサグメはさらに嬉しそうな声をあげると、アメノサグメが抱えているアマノザコからプチプチと気味の悪い音が響き始める。
こちらからは状況を伺えないが、状況が悪化していることだけは感じ取ることができた。
アマノザコの足先が細かい塵になり、サラサラと風に乗って飛んでいく。
アメノサグメがアマノザコを地面に寝かせると、アマノザコの身体は下半身全てが塵になってしまっていた。
アマノザコの首筋にはおびただしいほどの血が流れている。
アメノサグメがゆっくりと立ち上がるとこちらを振り返り、袖で口を拭った。
袖には血がべっとりとついている。
「おっいしぃぃぃぃ!!! あぁぁぁぁ。お姉ちゃん。これで僕たちはずっと一緒だぁ」
アメノサグメはうっとりとした表情で自身の体を抱きしめている。
「食ってやがる……」
ハジメがぼそりとつぶやく。
その場にいる誰もがその異常性に言葉を失ってしまっている。
分かることは、対峙しているだけなのに首筋に汗が流れ始めるのを感じること。
そして、体を動かすことが難しいほどの威圧感を感じていること。
「いいよいいよ。わかってるよお姉ちゃん。僕もそう思ってたんだ。このままじゃダメだよね。僕たちが二人揃ったらどうなるかちゃんと説明しなくちゃ。え? あの黒いドレスには気をつけろ? あははは。大丈夫だよ。何があったかは今ならちゃんとわかるって! だから安心して? だって僕たちは私たちは……」
ーーーー天邪鬼なんだから。
アメノサグメの身体が変化していく。
服装はより男らしく。
顔はより女性的に。
体のパーツは筋肉を伺うことはできないが、女性とも男性とも取れない細身の身体へ。
性別をその見た目からうかがうことができない姿に変わっていた。
「玉藻、俺とラグちゃんとアリスで時間を稼ぐ。その間にマサルをギーネに回復してもらえ」
「わ、分かったわ!」
玉藻がギネヴィアを連れてマサルに駆け寄り、人間モードになったギネヴィアがマサルの治療を開始する。
「これはちょっと時間かかりますなぁ。全身の筋肉が断裂寸前ですねぇ。何をしたらこんなことになるんやろ?」
そういってギネヴィアはノボルを見る。
ノボルは僕?という顔をして自身を指さしている。
さてこちらはどうしたものか。
「ラグちゃん。一緒にやろう」
ラグナロクは剣の姿になり、俺の手に納まる。
『ラグが動きを誘導するから無理はしないで』
ラグナロクの鍔が腕に姿を変えて俺の腕を掴む。
「ラグちゃん。それ雰囲気台無しだよ。もっとこうかっこいい感じがいいのに……」
『ハジメは戦うことに関してはこの中で最弱でしょ! 素人なんだから! ラグが守ってあげるから大丈夫!』
「そうだけどさぁ……」
『ご婦人の言う通りである。メインは私と主で抑える。その隙にお館様が痛烈な痛手を与えてほしい。主? 準備はよいかな?』
「もちろん。いつでも」
あっちのペアはなんかいいなぁ。
そんなことを感じたが、俺の手に納まるこの剣も、切ることに関しちゃ最強クラスだからな。
まぁ魔剣だから神様クラスにはどうにもならないんだけどさ。
「エク君。その役割逆にできないか?」
『なんでである?』
「ラグちゃんじゃ相手にダメージは入れられないんだ」
『ふむ。主?』
「ハジメ様を前衛にはしたくないのですが……」
すると、姿を変えたアメノサグメ、天邪鬼が声をかけてくる。
「僕優しいでしょ? ちゃんと作戦会議してる君たちを待ってあげたんだよ? 私ほんとに優しいわよねぇ」
言葉の中の性別もまぜこぜになっているのが不気味さを演出している。
「いい? そろそろ私我慢の限界よ。 あんなに殴られていたかったんだから。 僕から攻撃しちゃうからね?? どっちから遊んでほしいのかな?」
天邪鬼の目が俺とアリスを行ったり来たりする。
数回行ったり来たりしたあと、俺の方をみて天邪鬼の視線は止まった。
「そっちの弱そうな方にしよう。そうだねその方がいいよ!」
一人なのに誰かと会話しているような言葉を並べている。
「エク君話してる時間が無くなった。悪いけどさっき言った通り、俺とラグちゃんが前衛で頼むわ」
『やむを得んな』
「さっ。ラグちゃん。本気モードだ」
俺がラグナロクを握り直し、ラグナロクにいざなわれるように天邪鬼に切りかかると、天邪鬼はこちらに人差し指を向けて剣が振られるのと同じ方向に指を振った。
『えっ!?』
声をあげたのはラグナロクだった。
ラグナロクが導いたのは、天邪鬼の左肩口から右わき腹への軌道だったはずだ。
しかし、刃が触れる前に、剣が真逆の方に誘導された。
「なんだラグちゃん!何してる!?」
俺も状況がわからない。
『わからないの! 確かに間違いない確度で振り下ろしたはずなのに!』
ラグナロクの意思と真逆の方へ刃が導かれたのだ。
ラグナロクが諦めずに再度振り下ろすも全てが真逆に誘導されてしまう。
『何をしているのだお館様! 主! もう前衛など話している場合ではない。我々も今すぐ参加しなければ状況が不味そうである』
アリスとエクスカリバーも参加するが、俺とラグナロクの時と同様にもう片方の指で全て真逆に誘導されてしまう。
「な、なんですかこれ!?」
アリスも困惑の声をあげるが、俺たちは天邪鬼の指先一つで翻弄されてしまっていた。
「ほんっと面白いね君たち。まるで踊ってるみたい。私の指先、気になる? 気になっちゃうよね? 僕の能力知りたいよね? 教えてあげちゃうよ。これねぇ超能力って言うのー! あはははは」
おそらくこれは嘘だ。
「ちなみに、守るだけじゃないんだよぉ?」
天邪鬼は俺たちを野良犬でも追い払うように手で払うと、俺は一気に天邪鬼に吸い寄せられるように近づいていく。
「これ、すごくなぁい?」
「どふっっ……」
天邪鬼の拳が俺のみぞおちに突き刺さる。
天邪鬼の足元で膝をついてせき込む俺だが、意外に頭は冷静だった。
しかし、手元のラグナロクは怒りに震えている。
俺を見下ろすように天邪鬼がうずくまる俺に蹴りを入れるが、ラグナロクが盾になって俺を庇う。
「げほっ。何が、どうなってんだ!?」
必死に考えるが、その答えにたどり着くことができない。




