第九十五話 ラグちゃん久しぶり
ヴァルへ向けて移動中。
「なぁノボル? これさ、地球の概念で言うとだけどさ、完全な誘拐犯じゃないか?」
「まさにその通りだね。でもここ異世界だし、僕たち命狙われたし、ご愛敬ってことね」
「兄ちゃんはノボルにだけはまっとうに生きてほしかったんだけどなぁ」
マサルは心底寂しそうな顔をしている。
ヴァルへは本来一日近い移動が必要なのだが、ハジメたちはギネヴィアの回復能力を盾に無理やり走って到達していた。
対するマサルたちは現在ギネヴィアの回復能力をあてにできない状況だ。
「ノボルまずいぜ。このままじゃハジメたちに追いつくまでに時間がかかりすぎちまう」
「そこはほら、僕の魔法でちょちょいとね」
「ちょちょい……?」
ノボルはマサルに魔法をかけていく。
「おお! おおお! ノボル! こりゃいいぜ。身体が軽くなっていくわ!」
「身体強化しただけだから、効果が切れたらどっと体が重くなるけどね」
「副作用ありってこと?」
「副作用って言うか、兄ちゃんなんか勘違いしてない? ここはアニメじゃないんだから身体強化して未来の体力前借りするんだから返済もあるよちゃんと」
「なんかノボル、兄ちゃんに風当たり強くない!?」
「そんなことないよ。勝手に戦闘して勝手に死にそうになってるのが不満だったなんて一ミリも思ってないよ」
「全部言っちゃってるよ? 兄ちゃん泣いちゃうよ??」
「いいからいいから。ほらいくよ」
そういってノボルは当然のようにマサルの背中におぶさってきた。
「ノボル。ちょっと質問がある」
「何?」
「兄ちゃん、アメノサグメの麻袋担いで、ノボルも背負っていくの?」
「だって僕、そういう肉体派なキャラメイクしてないし」
「アニメの世界じゃないのにキャラメイクとか言っちゃうんだ……」
「さっ! いくよ兄ちゃん!」
ノボルを背負ったマサルはヴァルに向けて走り出したのだった。
ーーーーヴァル冒険者ギルド
「ラグちゃんここならひとまず安心かな?」
「あいつの気配もないし多分大丈夫だと思う」
ハジメとラグナロクはドリトンたちを抱えてヴァル冒険者ギルドの離れ。
医務室に移動していた。
完全に離れたわけでもないが、アマノザコがいる場からは離れることができた。
「わりぃなぁ。手間ぁかけた」
ドリトンがベッドに腰かけている。
ルナはドリトンの膝に頭を付けて泣いている。
「なんで? 何でですか? なんであんなことしたんですか!?」
どうやら、ドリトンが体を張ってルナを庇ったことを言っているようだった。
「ありゃぁ男だったらみんなあぁするって」
ドリトンはルナの頭を撫でながら話すがその目は優しかった。
これだけ見れば夫婦の温かい光景ではあるのだが……。
「ハジメいいのか?」
ドリトンの目が一気に真剣なものになる。
「アリス嬢が今戦ってんだろ?」
「そうだ。今すぐにでもいってやりたいな」
「ならいけ。俺はもう大丈夫だから」
ドリトンはそういうが、あれだけの傷を受けていたのだ。
傷と呪いを消したと言っても、本調子にはならない。
いまここが襲撃されたら……。
「大丈夫です。私がいます」
泣いていたルナが赤い目をしたまま立ち上がった。
「この人は私が守ります。もう好き勝手させません」
ルナには戦闘能力はない。
つまり、何かあったら自身の命を投げ打つ、そういう意味だろう。
俺はドリトンに目を向ける。
ドリトンはルナには見えないように声を発さず、口だけを動かして伝えてくる。
ーーーー俺が、いる。
そう読み取れた。
後ろ髪をひかれる気持ちが強いが、アリスが心配だ。
「悪い。行ってくる。ラグちゃん行くぞ」
「う、うん」
ラグナロクは何度も振り返りながら俺の後ろをついてきた。
再びアリスが戦うあの場所へ戻ると、戦況はだいぶ変わっているようだった。
アマノザコが疲弊していて、アリスはピンピンしている。
「超っ、疲れるんだけど!? 何この脳筋女!! いい加減にしてよ!」
部屋に入るのが困難なほど両断された黒ローブが積みあがっていた。
「アリス!」
俺が声をあげてアリスに駆け寄ろうとするが、アリスにたどり着くまでに大量の両断された黒ローブをかき分けていく。
「ハジメ様! ドリトン様は大丈夫でしたか!?」
アマノザコなどいないかのように振舞うアリスが俺に気づく。
「アリス、すごいね。こんなに強くなったんだ」
ラグナロクも驚いていた。
「多分戦闘力が上がったというより、どこまで動いても疲れないんです。きっとギーネ様のおかげですね」
そういってアリスは腰に下げたギネヴィアに手を添える。
実際アリスは本当に疲れを見せていなかった。
「ちょっとそこ。家族の団らんみたいな会話やめてくんない? そんなに団らんしたいなら死んでからにしてくれない??」
アマノザコは明らかに苛立ちを抑えられなくなっていた。
新たに何かを呼び出したかと思うと、白いローブが一体だけ姿を現した。
「私そもそもこういう肉体労働系じゃないのよ。この子出したんだから、そろそろ死んでよね」
少し呆れ気味に言うが目には殺意がこもっている。
アリスはそれを一瞥してエクスカリバーの刃を突き立てるがその刃が通ることは無かった。
食い込むことすらないその刃が、まるで金属に当たったかのような音を立てて止まってしまったのだった。
「そ、そんな」
一気にアリスに焦りの色が見え隠れする。
白ローブからの攻撃はそこまで強くなく、アリスは捌いていけるが、ダメージを与えることもできなくなってしまった。
これでは千日手だ。
「ほぉら。結局私がちょっと本気出せばこんなものなのよ。もううっとうしいし、一気に決めるわ」
そういってアマノザコは白ローブをもう一体呼び出した。
一気にアリスは防戦一方になっていく。
切り捨てることもできず、相手からの攻撃は上手く受け止めなければ致命傷。
攻め手に欠けてしまい、相手の攻撃量は二倍。
こちらの旗色が悪くなる。
「アリス。そうやって気持ちで負けるから駄目なんだよ」
ラグナロクがそうつぶやく。
いつぞやの稽古でラグナロクが言っていたことだ。
「ラグちゃん。終わりにしよう」
「そうだね。こっちにも余裕があるわけじゃないもんね」
ラグナロクは袖から久しぶりに見るグローブををはめる。
ラグナロクがその場からキュッという床を蹴る音がすると、白ローブの一体がアリスの目の前でくの字に曲がる。
遅れて木材を折るような音がする。
「なに、それ」
アマノザコは呆気にとられた顔をしている。
ラグナロクは左手の手首を右手で掴み、左手を握ったり閉じたりしている。
「思ったより、柔らかいねぇ。この白いの」
ラグナロクの顔はニタッとした、加虐者の顔をしている。
久しぶりに見るラグナロクのナックルモードだ……。
仕向けたの俺だけど……怖い……。
「アリス?」
「は、はい!!!」
「わかったでしょ?」
これでなにを分かれというのだ。
「わかりました!! イエス! マム!」
アリス。
お前はどこかの軍隊にでも所属しているのか?
「ちょっと、やめてよ。そんな化け物いるなんて聞いてない。私じゃ対処しきれないわよ!」
そういってアマノザコは敗走を始める。
それに気づいた俺はハッとしてラグナロクに指示を送る。
「ラグちゃん追撃!! 逃がすな!!」
「お任せ~~」
ラグナロクが急に楽しそうな顔をする。
すぐに後を追うラグナロクだが、きっとアイツは時間の問題かもしれない。
ラグナロクから暗に倒せと命令を受けてしまったアリスも、目の色を変えて白ローブに対峙している。
まだ、マサルは到着していない。




