第九十三話 狂気の兄妹
「なんや皆さんえらい元気よろしいなぁ」
背中越しに声が聞こえる。
俺に続いてこの部屋に入ったアリスの方からする声だ。
「よいしょっと」
そんな声を出すと、最近仲間になった割烹着が見える。
鞘から人に戻るときに掛け声とかあるんだと思うハジメだった。
「ちょっとすいまへんねぇ、うちに診せてもろてええ?」
ギネヴィアがすたすたと俺たちを避けながら最前列までくる。
ドリトンを一瞥してルナの前にしゃがむと、両手でルナの肩を支えるようにする。
「お嬢さんの旦那さん。妻のために体張って、男前やねぇ。うちの人に負けんくらいやわぁ」
そういってルナに声をかける。
ルナはまだそれでも涙を流し続けている。
「でもそうやって泣いてばっかりいたらあかんよぉ。旦那が外で戦ったなら、妻は旦那をキチンと支えたらんとねぇ」
ギネヴィアがふっと微笑むと、ドリトンに向けて手をかざす。
少し重いくらいの甘い匂いがそこに充満すると、みるみるドリトンの傷が塞がっていく。
「えっ? ……ええ?」
ルナは状況が理解できず、ドリトンと目の前のギネヴィアを交互に何度も見ている。
俺もそうだ。
ギネヴィアの力がこれほどとは思っていなかった。
エクスカリバーの言っていたギネヴィアの守る力はここまでだったのかと素直に驚いた。
「ん? ……これはちょっとあかんね。狐のお嬢ちゃんの出番やなぁ」
「えっ、私?」
玉藻も驚いていた。
「この人、呪いもらってはるわ。うちは外傷専門やからなぁ」
「なら、私しかでけへんな」
そういって玉藻とギネヴィアがバトンタッチして、玉藻が治療にあたる。
「確かに。これ結構エグ目な呪いやな。まぁ、大妖怪である私にしたらオトンの時に比べたら大したことないけどなぁ。ただ、ちょっとオトン。これは嬉しくない呪いやで?」
「呪いに嬉しい呪いなんでねーだろうよ」
玉藻はドリトンの呪いを解呪しながら説明をする。
「そういう意味ちゃう。この呪い、オトンが喰らったのと同じか近しいやつがかけたもんやで」
「ヴェルダンディ??」
「可能性高いなぁ。でも、本人かはわからんわ。ちょっと違うところもあるし」
ならカーリーが直接?
だとすると、この程度では収まらなさそうな気もする。
「んっ。んお? こりゃ、いったい?」
玉藻だけでは無理だった。
でもギネヴィアだけでも無理だった。
二人いたから起きた奇跡だ。
「ドリトン様!」
ルナが目を覚ましたドリトンに抱き着いて泣いている。
「よぉ狐の嬢ちゃん。あれ以来だな。んで、そっちのエラく綺麗なお姉さまはどちらさんよ?」
目を覚ましてすぐに普段のトーンなのがドリトンらしい。
「私が紹介するのである」
「おっ。いつぞやの変態じゃねーか」
「もう一度頼む」
「はっ?」
「もう一度今のセリフを頼むのである」
「あ、いや、その、いつぞやの変態じゃねーか?」
「くっ、くぅぅぅぅ。お館様や主に比べれば鋭さは足りぬが枯渇している今これもまた美味である」
お前なんでもいいのかよ。
「エク君。さっさと紹介」
アリスが後ろから冷たい声をかける。
「おおお、失礼した。こちらは私の妻、ギネヴィアである。傷は妻が治させてもらった」
「そういうことかい。ずいぶん手間ぁかけたな。助かったわ」
「ええんですよ。うちの人の知り合いやったみたいやしてね」
するとギネヴィアはすっと下がってまた鞘の姿になると、アリスの腰に戻ってしまった。
すげぇ。
引き際まで完璧かよ。
なんでこんな変態にこの女性??
俺の疑問は尽きなさそうだ。
「ちょっと。助けちゃったわけ?俺としてはそれは困るんだけど」
ここにいる誰の声でもない声が聞こえる。
俺たちは一斉に振り返ると、パンツスーツに身を包んだポニーテールが特徴的な女性が立っていた。
その周りにはあの黒ローブがわらわらと取り巻いている。
「ったく。俺が体張った後にまたお客さんかよ。んで? 今度はどちらさんのお嬢さんよ?」
「やめてよ。俺は男だっての」
パンツスーツの女性は自身のことを男だと言っている。
「なんか、あべこべなやつだな」
「でも、なんだか不気味な雰囲気に、あの黒ローブを引き連れてます。ハジメ様用心を」
アリスが俺の側に寄ってくる。
「エク君!」
「おうとも!」
エクスカリバーが剣の姿になり、アリスの手元に来た。
ラグナロクも俺の前に被るように立つ。
「もう。完全に警戒されてんじゃん。それに勇者がいないみたいだし、サグメの方に行ったのかしら。まぁいいわ。私はアマノザコ。忘れんじゃないわよ?」
アマノザコなんて俺知らねーぞ。
何処のどいつだ。
「あー待って待って。俺そういうの得意じゃないんだわ。だからお前らの相手はこいつらがするよ。さっきのよりはちょーっと強いやつね」
アマノザコはそういって先ほどドリトンを取り囲んでいた黒ローブと同じ見た目をした別の黒ローブを俺たちにあてがった。
見た目は同じ。
雰囲気も同じ。
さっきより強い?
「ハジメ様ここは私が!」
そういってアリスが前に出る。
「ハジメ、今のうちに怪我人を安全な場所に移そう」
ラグナロクがドリトンとルナを抱えて移動を始める。
「なになに。そういうの私嫌いだよ。誰がここから移動していいって言ったの?」
アマノザコがイラついた様子で黒ローブに指示を出し、俺たちに黒ローブがとびかかってくる。
ラグナロクは両手に人を抱えてしまっている。
戦闘できるのは、俺くらいか……。
ーーーーストン……。
何か重量物が落ちる音がする。
「私が、いいと言ってるんです」
アリスがそういうと、俺たちにとびかかってきた黒ローブは胴体を上下に切り分けられて床に転がっている。
風切り音をさせながらアリスが黒ローブの血が付いたエクスカリバーを一振りすると、纏っている血が半円を描くように床に飛び散った。
「えっ。私、そういうの超好み!! サグメに任せた場所よりこっちのが当たりかもしれないなぁ。 いいじゃんいいじゃん! じゃあもっと強いの出すから待ってて!」
アマノザコが床に手をかざすと、先ほどとは明らかに違う黒ローブが床からゆっくり出てくる。
「それを待つ仲ではないでしょう!?」
アリスは黒ローブの半身まで出かかったところでエクスカリバーを振りかぶる。
「ハジメ様!お早く!」
「す、すぐ戻るからな!!」
俺たちはその場をアリスに任せて、ドリトン達を運び始めた。
ーーーーニブル冒険者ギルド
「お姉ちゃん大丈夫かなぁ? 中途半端に強いのとか出てくると、仕事そっちのけで遊び始めちゃうからなぁ」
アメノサグメがまるでマサル等意に介していないかのように独り言を始める。
「おい、てめぇ。俺が目の前にいてずいぶん余裕だな。」
「そりゃそうだよ。さっきは弱いみたいなこと言われてちょっとイラっとしたけど、よく考えたら雑魚の言葉にいちいち構ってたら僕の品性が問われるもの」
アメノサグメは肩をすくめながら両手をひらひらと振っている。
「マサル。俺たち舐められてるぞ」
「わかってる。ここでキレたら逆にやられる。あの魔剣のナックルよりは弱かったけど、まだ俺の折れたアバラも回復しきってないからな。慎重に会話で引っ張るぞ」
「なぁになぁに。さっきは威勢良かったのに、今度は作戦会議? 僕あんまり気が長くないよ? まぁでも、イケメンは苦しまないようにすぐ殺してあげるから安心してよ」
アメノサグメは両手を胸の前で合わせて首をかしげる。
その姿はどこか不気味な雰囲気を放っていた。
「マサル。そろそろ治るぞ。準備だ」
「わかってる。半端な攻撃じゃあたりもしないだろうよ。フルパワーだ」
「その脳筋、今だけはありがたいと思うよ」
マサルはランスロットを鞘に納めると、足を肩幅に開いて低く構える。
ランスロットの姿は徐々に日本刀の形に変わり、肩で息をしていたマサルも次第に落ち着いた呼吸に戻っていく。
「えぇぇぇ。超かっこいい! 何するの?何するの? 僕も真似してみようかな」
アメノサグメがケタケタ笑いながら自身の魔力で黒い刀に似たものを作り出し、マサルと同じ構えを取る。
「足は……こうかな? それで肩は、こう。 視線は、こんな感じだねぇ」
その姿はマサルと全く同じものになっていく。
ーーーーシャッ……ッ
マサルがランスロットを抜刀する音だけが聞こえる。
刀同士がぶつかる音はしていなかった。
「う、うそでしょ? ちょっと。これじゃお姉ちゃんに怒られちゃうじゃん!!」
アメノサグメの両腕は切り落とされ、床に両腕が転がっていた。
しかし、アメノサグメは全く心を揺らしているようには見えなかった。
「ぐ、ぐああああー」
どう考えても棒読みな叫び声の真似事をするアメノサグメ。
「芝居はやめろよ。効いてないんだろ?」
「なんてね。 ふふふ。見て見てすごいだろ?」
すると、アメノサグメの両腕が何もなかったかのように再生していく。
「今のはすごく楽しかったよ。さぁ。もう一度だ」
再度同じ姿勢を取るアメノサグメ。
「くそったれがぁ……」
マサルはもう一度と、同じ姿勢を取る。
次こそは胴体そのものを切り落としてやるという視線をアメノサグメに向けたのだった。




