第九十二話 両面奇襲
ーーーーニブル冒険者ギルド
ニブルへと帰還したマサルは、冒険者ギルドの様子が変わっていることに気が付いた。
「ランちゃん。当たり引いたかもしれねぇな。静かすぎる」
「マサルはほんと引きが強いなぁ……」
足音一つしない冒険者ギルドの奥から、コツコツと革靴の音が響いてきた。
それは一定のリズムでマサルたちに近づいてくる。
「さてさて、せっかく当たりを引いたんだ。せめて大当たりであることを祈ってるよ」
足音が近づくにつれてジワリと首筋に汗が流れていくのをマサルは感じていた。
足音は軽やな大人のに、迫ってくる空気は重く息苦しさを感じさせる。
「わぁ! イケメンだ!」
階段を降りてきたその足音の主がマサルを指さして言う。
声は青年のそれだが、中性的から少し青年に寄った見た目と、革靴と思っていた音はなハイヒールから鳴っていたものだというのがわかると、そのアンバランスさが不気味さを感じさせてくる。
「あれ? どうしてそんなに僕を睨むの? イケメンからそんな熱い視線を受けたら、僕困っちゃうなぁ」
声の主はさらにマサルに近づいてきて、指先でマサルの肩に触れてくる。
ーーーーう、動けない……。
マサルは自身でも理解できない状態となっていた。
ランスロットの柄を掴んだまま、体が硬直してしまっている。
魔法や魔術で身体が拘束されている感じではない。
体そのものが行動を拒否するような感覚。
周りには頼れる仲間もいない。
身を守れるのは自分だけ。
「おまえ、誰だ?」
絞り出すように声を発し、首すら動かない状態で相手に問うてみる。
「僕!? うっれしーーい! 僕に興味持ってくれたの? いいよいいよ! 自己紹介してあげちゃう! 僕はねぇ……」
青年の見た目とはギャップのある反応がさらに不気味さを増してくる。
「僕はねぇ…。サグメ。アメノサグメって言うんだよ。イケメンさん! あっ!こう見えても女の子だからねぇ? ちゃんと優しくしてくれないと、お仕置きしちゃうぞ?」
アメノサグメはクスクス笑うと、すぐに目つきを変える。
無邪気な笑顔から、感情の一切を排したような目つきと表情へ変貌を遂げると、大きく腕を振りかぶる。
「おまっ、なにすっ! ぐぁぁぁぁ!」
振りかぶった腕はそのままマサルの顔を捉え振り抜かれる。
冒険者ギルドのカウンターを一部破壊しながらマサルは吹っ飛んでいく。
ランスロットの力で致命傷にはなっておらず、すぐに回復が始まるが、追いつかないほどのダメージではある。
「マサル。どうする? 逃げる方が確実だけど、俺たちなら倒せないってこともないはず」
「俺もそう思ってる。今殴られて体も動くようになった。悪かったなランちゃん。体が動かなかったのは、多分俺、ビビったんだ。でもわかったこともあるぞ」
「あれあれ? すっごーーい! 僕に殴られてまだ意識があるのぉ?? それに何かわかっちゃったって、何がわかっちゃったの??」
「あぁそれな。お前、あんまパンチ力ねーよ。俺はもっとおっかねーナックル喰らったことあったわ」
そう、怒った時のラグナロクのナックルに比べれば、意識もはっきりしているのだから、このパンチは怖がる必要はないんだ。
「僕が弱いって言ってる……?」
アメノサグメの表情が一気に変わっていく。
嫉妬?
怒り?
どれともつかないが、明らかにマサルに対する負の感情であることは確かだ。
「ランちゃん。ちゃんと俺たち大当たりだったな」
動くようになった体で、ランスロットを構えなおし、マサルはアメノサグメに対峙するのだった。
ーーーーヴァル入口
「なんか騒がしいぞ?」
ハジメは異変にいち早く気づいた。
ヴァルはそもそも武闘都市だから、喧噪はあって当たり前なのだが、そういう騒がしさではない。
「オトン! これ、やばいで!」
玉藻が指さす先には、黒いローブを着た数人が、ヴァル冒険者ギルドのアルマを切り殺そうという瞬間だった。
「やべっ! ラグちゃん! あの黒ローブを全員排除!」
「任せて!」
ラグナロクがハジメを離れて一呼吸で黒ローブ全員をナックルで沈める。
「ラグちゃんの火力、やっぱ半端ねーな。 大丈夫か!?」
ハジメはアルマに駆け寄ると、体はボロボロではあったが命に別状はなさそうだった。
「ハジメ様!! よく、よく来てくださいました!」
アルマはハジメの手を握り涙を流す。
「すぐ、すぐにギルドに行ってください!! マスターが、マスターが危ないのです!!!」
「ちくしょう。奇襲ってのはほんとの話かよ。だとすると、マサルを帰したのは失敗だったか??」
ハジメはニブルでの状況を知らないため、自身の元にいる戦力の不足を懸念している。
「ハジメ様!今すぐギルドに行かないと!」
アリスが声をかけてきて、ハジメもそれに反応した。
ハジメたちはギルドに急ぎ、重たい扉に手をかけて勢いよく開く。
「やめて!! お願い!! 私はいいから!! どいて!!! もうやめてぇぇぇぇ!!!」
聞きなれた声の、聞きたくなかった叫び声が聞こえてくる。
この声の主は、ドリトンの奥さんの声だ。
「急げ!!」
俺は全力で走っていた。
間にあう?
間に合わない?
とにかく急げ!!
前に、ドリトン達と会話していた奥の部屋の扉を蹴り破ると、そこは惨状になっていた。
部屋の隅に黒ローブが複数人、こちらに背を向けて固まっている。
取り囲んでいるような動きをしている。
部屋には、ルナさんの泣き声だけが響いている。
無事だったか……。
良かった。
「ラグちゃん速攻!! 黒ローブを排除!」
「言われなくても!!」
ラグナロクの速攻で、一瞬にして倒したものの、黒ローブが囲んでいた人物を見てラグナロクは固まっていた。
俺たちからは、ラグナロクが壁になってしまっていて見えない。
「ラグちゃんサンキュー! ルナさん大丈夫ですか……」
言葉を失ってしまった。
そこにいたのはルナさんだけではなかったのだ。
「おめーら。ゲホゲホっ。来るの、おせーよ」
ルナを抱き込むようにしたドリトンの姿だった。
腕の隙間からルナの泣き顔が見える。
ドリトンの背中には、切り傷、刺し傷、それだけではなくこれは殴られた痕だろう。
ドリトンの服は全体が血で赤く染まり、元の色が判別できない。
「あと、頼むわ……」
そういってドリトンはその場に崩れてしまった。
あれほど気丈だったルナは泣いたまま会話もできない状態になっている。
「玉藻! 回復!!」
「む、無理やオトン。この傷の範囲はいいにしても、この出血じゃどうにもでけん。私の力じゃ血までは戻せへん……」
「なっ!? 俺ん時は何とかしてくれたじゃねーか! それがどうして」
「オトンはそもそもその体が特殊やねん……」
俺の身体にある強靭スキルか……。
役にたたねースキルだな!
このまま、立ち往生なのか!?




