第八十五話 謀反
エクスカリバーはかわらず直立不動を維持している。
先ほどの声の主は足音も無く近づいてきており、その姿を見せ始めたものの、その姿は俺の想像の斜め上を言っていた。
「そんなにガタガタ震えて、一体どないしはったんです? 取って食べたりなんかいたしませんよ。ほら、せっかく数年ぶりにお会いできたんですもの。うちを心底楽しませてくれるような、よろしいお話を聞かせてくれはるんよね?」
声の主が俺を完全に無視して通り過ぎ、エクスカリバーの目の前に立つと、人差し指でエクスカリバーの顔を一撫でした。
エクスカリバーはもう震えるというレベルではない。
何しろ鎧の端々からカチャカチャと音を響かせ始めているのだから。
「あら、そちらには、ランスロット様やないの。まぁまぁ、うちの差し上げたそれ、まだ持ってくれてたんやねぇ」
ランスロットは右腕の袖を掴んで、今は俺に話しを振らないでという顔をしている。
俺は声の主に違和感を感じている。
言葉は地球で聞いたことのある訛り方に異世界のテイストを入れたような感じ。
服装は、これまでゴスロリやら和服美人やら鎧の美女だったがこの人は違う。
何というか……。
割烹着?
完全に割烹着のそれかと言われれば多少異世界な風味もあるのだけど、正直定食屋にいてもおかしくない服装である。
これが、普段着、なのか?
ただし、その服を纏う本人は、おそらくヴァルで会ったドリトンの奥さんをさらに美人にしたような、柔らかそうで優しそうな顔をした女性である。
「あ、あのぉ……」
俺も委縮しつつ声をかけてみる。
「あらあら、堪忍え。うちの人に久しぶりにお会いしてぇ、ご挨拶おくれてしまいました。うち、アーサーの妻、ギネヴィアと申しますぅ」
め、目が笑ってない……。
「は、ハジメと言います。こちらが仲間たちで、この二人が俺の妻、こっちの小さいのが娘です」
俺は一人一人紹介した。
ラグナロクとアリスはペコリと頭を下げた。
「おっ、俺は!?」
マサルが自身を忘れていると言い出すが、すまん、本当に忘れてた。
「みなさん、元気よろしいですなぁ。可愛いお嬢さんたちも」
そういってい品定めするように俺たちを見てくる。
「ちょっとばかし積もるお話もありますんで、うちの人とランスロット様、少しだけお借りしてもよろしおすか?」
あ、これ、あいつら生きて帰ってこないかもしれない……。
ギネヴィアは柔らかい所作でエクスカリバーの手を引くと、鎧と割烹着の組み合わせで異彩を放ちながらエクスカリバーとランスロットをどこかに連れて行こうとしている。
「あ、主!お館様!救援を求むっっ!!」
直立不動だったエクスカリバーから久しぶりの声が聞こえる。
しかしアリスや俺が反応するよりも早くギネヴィアが反応した。
「主?」
ギネヴィアの声が一つトーンを下げて暖かさに変わる。
「アーサー様?こちらの可愛らしいお嬢さんがご主人様ですの?」
「そ、そうである!今はこちらのアリス様に仕えているのである!その旦那様であるお館様もである!!」
バカ!
こっちに飛び火させるようなこと言うな!!
「そうなんやねぇ。こんな、可愛らしい、お嬢さんに、ねぇ」
一言一言を単語で出してくるのが、なんとも怖い。
「あ、ギネヴィア様、改めてアリスと申します」
何となくもう一度挨拶しないとと思ったんだろう。
アリスが前にでて挨拶する。
「あらあら、ご丁寧に。こぉんな可愛らしいお嬢さんがご主人様やなんて、うちの人も果報者やなぁ。……えぇんですよ。悪いのはぜぇんぶうちの人ですから。ちょっと、お話聞いてきますねぇ」
もうギネヴィアは止まらなそうだ。
「ギーネ!待つのである!私は決してやましいことなど!!ランスロットも援護するのである!!」
「ギーネちゃん、俺は悪いことしてないよ!!全部エクスカリバーだから!!」
「ランスロット!?何を!!謀反である!謀反なのである!!!後生である!」
急なランスロットの裏切りでエクスカリバーは半狂乱になっている。
「ダメやねぇ。ランスロット様も来るんよぉ」
「ひっ……」
ランスロットは白目を剥いてそのまま、ギネヴィアが引っ張るエクスカリバーにむんずと腕を掴まれて引きずられて行ってしまった。
割烹着の悪魔のようだ……。
エクスカリバーとランスロットが連れ去られカムランの入口には俺たちだけが残された。
「少々お見苦しいところを」
最初に俺たちに声をかけてくれた初老の男性が俺たちに一礼する。
その所作はまるで貴族のようだ。
「い、いえ、それでエクスカリバーは……?」
「ご安心ください。帰ってくる頃には少し痩せてるかもしれませんが、命は取られませんので」
何されるってんだよ……。
「ハジメ様達はこちらへどうぞ」
俺たちはその男性に、エクスカリバーが連れ去られた方向と逆の大きな館に案内された。
道中いろいろ話を聞いてみたが、男性は答えてはくれるものの、最終的にはギネヴィア様にお聞きくださいとはぐらかされてしまう。
案内された大きな館は、厳かな門の作りに西洋風の扉だった。
しかし、中に入ってみると予想を裏切られる。
「た、畳だと!?」
「よくご存じですね。これはこの地域では珍しいタタミという床になっています。履物はこちらでお脱ぎください」
よくみるとそこには注意書きが書かれている。
「ここではきものをぬいでください……?」
アリスが読み上げるが、これはあるあるのやつだな。
アリスは俺の裾を少し引っ張り耳打ちして聞いてくる。
「これ、ここでは着物を脱がないといけないんでしょうか……?」
そうなっちゃうよね。
句読点ないもんね。
「違うぞアリス、履物だ履物。そのブーツを脱いでこいって意味だ」
「……はっ!そういうことですね。恥ずかしい間違いしてしまいました」
アリスは少し恥ずかしそうだ。
玉藻は日本の出だからか、特に迷うそぶりを見せず、下駄を脱いでそのままそろえると俺たちより先に男性についていってしまった。
ラグナロクもそれにならっている。
通された先には、館の外観からは似ても似つかぬ、というかありえないであろう日本庭園の庭と縁側、鹿威しまであった。
「ハジメ、ここって日本、か?」
マサルが声をかけてくる。
「んなわけねーだろ。でもさっきのギネヴィアだけど、完全に割烹着だったよな?」
「そうだな、ありゃ完全に定食屋の女将さんだ」
「その割には圧がすごかったぞ……」
「うちのランちゃんなんて白目剥いてたからな……かわいそうに……」
なら助けてやれよと喉まで出かかったが、俺もエクスカリバーの救援メッセージを無視しているので言えなかった。
男性がこちらにと言って、俺たちを縁側に座らせると、メイドたちがお茶とお菓子を持ってくる。
日本庭園に縁側でメイド服のメイドってなんか組み合わせがバラバラ過ぎて困惑する。
「おそらく、本日はエクスカリバー様は御戻りにはならないかと思いますので、こちらでおくつろぎ下さい。後ほど皆様のお泊りになるお部屋をご案内いたします」
何ですと?
つまり、俺たちはここに一泊が確定ってことか。
あの雰囲気を見るに、明日の朝のエクスカリバーは昨夜はお楽しみでしたねなんて言葉はかけられないだろうな。
「おとーちゃん!おかーちゃん!このお菓子めっちゃ美味いで!!」
玉藻が無警戒に出された茶菓子をバクバク食べてお茶をゾゾゾと飲んでいる。
さっきまでの警戒はどこ行ったんだよ。
それにしても、エクスカリバーとランスロットは大丈夫だろうか。
不安はないが、心配はあるような、少し不思議な気持ちだ。




