第七十四話 妻を求めて
カーリーが姿を消してから数分後。
流れ出した時間の中で、攻めてきたのがカーリーであることを知ったのは俺と、ラグナロクだけだった。
時間が動き出したときには、敵が消えていることに玉藻も、マサルも理解が追いつかない状況になっていた。
「あ、れ?敵の女は!?はっ!ノボル!大丈夫か!?兄ちゃんがわかるか?」
敵が消えたこと以前にノボルの安否をマサルが気にかけていた。
外は快晴なのに俺の気分はまるで土砂降りだ。
逆らえない自然現象が目の前を通りすぎていったかのような、ここに確かにあった災害を感じさせる部屋の惨状が広がっている。
「多分、もう大丈夫。さっきまでの殺気とは言えないけど、殺気にしか感じられないあの感覚は無くなってる」
人型に戻ったランスロットがそういって、小さい手をマサルの背中に添えてぽんぽんと叩いている。
「ラグちゃん……」
「なぁに?」
「その、悪かったな、さっき。頭に血ぃのぼって周りが見えなくなってた」
俺がラグナロクに対して行った制止。
それはいままでのものとは違う、明らかな命令だった。
俺も、ここまで心がかき乱されるとは思ってなかった。
戦うたびにあんなことになっていては、先が思いやられる。
「いいの。いいんだよ。ラグには何をしたっていいんだよ」
ラグナロクは人型に戻り、俺の頭を自身の胸に埋めさせて俺の頭を撫でている。
甘い匂いと、ラグナロクの体温が俺の力が入ったままの腕を弛緩させていく。
「オトン?オカン?なんや、その、いちゃついてるいい雰囲気のところ悪いんやけど、ねーちゃんのフォローもしたってくれん?」
ラグナロク越しに玉藻の声が聞こえる。
俺はラグナロクから離れて玉藻を見ると、その手にはあの時振り抜いた短刀が未だ握られている。
「玉藻、そういえばその短刀、どっから出してきたの?」
「あーこれ?って、オトンがくれたんやん」
「俺が?」
「せや、みててな」
そういうと、短刀は簪の形に戻り、玉藻はそれを使って髪を結った。
「ほら、これや」
へパさんの店で買った時、どのような武器になるか聞いてなかったけど、まさか短刀に変化するタイプだったとは。
「なんやオトン。なに落ち込んだ顔してんねん。まるで晴れた日に土砂降りでもされたみたいやで」
うちの娘はちょっと目を離した隙に、読心術まで会得したのか?
「そんなことねーよ」
俺は強がるが、心がこれで晴れたわけでもない。
切り替えがうまい方じゃないんだ。
すると、ラグナロクが俺の後ろから抱き着いて、また頭を撫でる。
「いいこ。いいこだよハジメ。ラグもっと強くなって、ハジメのこと守るからね」
やべーな。
ラグナロクに触れられて、だんだん気持ちが落ち着いてきちゃうのもなんだか癪だけど、それよりも娘の目の前であやされる俺、恥ずかしい……。
「だぁぁぁぁああ!大丈夫だ!ラグちゃん!俺もう大丈夫!ほら元気いっぱい」
俺はラグナロクから離れて力こぶを作るポーズをして元気をアピールするが、ラグナロクはすぐに俺に抱き着いて俺を撫でることをやめない。
羞恥だ……。
「オトン、空回っとるで。でもオトン。晴れの日の雨、それにオトンがくれたこの短刀。嫁入り道具持った狐の嫁入りやで?」
玉藻は男ならぐらっときそうな色気にあふれた顔をして俺に言う。
だが俺は、ラグナロクに頭を撫でられながら掌を玉藻に向ける。
「娘は、ちょっと……」
「それでこそオトンやん!でも、なんで私が振られたみたいになんねん!損した気分や……。って、ちゃうねん。こんなコントしてる場合や無くて、ねーちゃんのフォローやねん!また落ち込んでるで」
「ん?」
俺とラグナロクはそこで初めてアリスに目を向けた。
アリスは、なんで気づいてくれないんですか!?と震えていた。
どうやらアリスとしても、自分に気づいてと言わんばかりのアピールをしていたようなのだが、俺がラグナロクといちゃついていたせいで眼中にない状態になっていたようだ。
「玉藻。トールの様子見てやってくれ」
俺は未だ意識の戻らないトールの様子を玉藻に見るように伝えて、アリスの側に行った。
「ハジメ様。なんで、なんで気づいてくれないんですかぁぁ。今回は逃げずに立ち向かって、まぁ負けちゃいましたけど、戦ったんですよ!?」
ここは普通お護りできなくてとかそういうのではないの?
「あははは、まぁいいじゃないの。な?」
「なんか私だけ扱いが雑です!改善を要求します!」
ふざけてはいるが、お互いに満身創痍に近いダメージと疲労は受けてしまっている。
「お館様よ。申し訳ないが私のわがままを一つ聞いてほしい」
人型に戻ったエクスカリバーは俺に片膝をつき頭を下げている。
まだ戦闘モードが抜けないのか?
エクスカリバーの鎧はところどころがひび割れており、一部は鎧そのものが割れて肌が見えてしまうほどの損傷だった。
確かに、カーリーに吹き飛ばされるとき、必死にアリスを守ってたからな。
「我がままってのはどういう類のわがままなんだ?」
「ひとつ、お館様と、わが主に伝えることがある。私のこの傷が治るまではかなり時間がかかる。私やランスロットは聖剣がもとになっているがために、ご婦人のように自己修復が強いわけではないのだ」
それは初耳だ。
よく考えれば、ラグナロクは多少の傷はすぐ治っちゃうけど、エクスカリバーは傷だらけのままだな。
「聖剣は、触媒となるものが対をなしていないと、その効力を最大限発揮することができぬ。それはものであったり人であったり聖剣によって違うのだが……」
「エク君、何が言いたいの?」
「済まぬわが主。主に対する不敬になるやもしれぬ。お館様には手間を掛けさせてしまうかもしれぬ。しかし今回の戦闘で私は決断せざるを得なかったのだ」
何が言いたいかいまいち見えてこないな。
しかし、エクスカリバーの表情は真剣そのもので、これから自身の言う言葉がどう不敬に当たるというのだろう?
「私の身は、わが主に捧げている。主が主人とあがめるお館様に対しても同様である。だが今だけ、今だけである」
俺は頭を少し掻いて、ラグナロクに主として向き合う。
「……わかった。発言を許可する。言ってみろ」
あえて言葉は上位の者として強く。
その方がエクスカリバーも話しやすいだろう。
「恐悦至極。それでは私のわがままについてだが、妻に……。妻に会いに行きたく思う。しかし、主の元を離れるわけにもいかぬ。手間をかけるが皆にご足労願いたい」
おー。
これは予想外だ。
俺の思っていた展開とだいぶ違うぞ。
俺はてっきり、修行に出るから許してくれとか言うのかと思ったら、妻に会いたいですか。
まぁ咎めることでも止めることでもないけど、この真剣なエクスカリバーの目を見ると、何かありそうという気がしてならない。
「お前、奥さんの事怖がってなかったか?」
「然り。その通りである。私の女性恐怖症の原因そのものである。しかし、今回のことで会わなければならないと感じたのだ」
奥さんに会うってのがなんで必須項目なのかいまいちわからないけど、駄目というのも何か違うよな。
「許可する。ここで俺たちの傷を癒したら、みんなで会いに行こう」
「ありがたき幸せ」
エクスカリバーは綺麗な所作で頭を下げ、すっと立ち上がった。
奥の方でトールも目を覚ましたようだった。
「では、真剣なのはここまでなのである。主!此度の戦闘では、主の未だ幼い立ち回りが露見してしまったようだ。そのため、今一度私と戦闘の訓練が必要と考えられる。その訓練に付き合う報酬として……」
エクスカリバーはアリスの前に四つん這いになる。
「まずはこれからである」
鼻の穴を広げ、息を荒くしたエクスカリバーがアリスに熱い視線を送る。
「えっ!?なんでそうなるんです!?今の流れ、よかったじゃないですか!なんかこう仲間の結束が強くなった感じで!なのにこれなんですか!?」
「アリス、諦めろ。エクスカリバーの言うことはほとんど間違ってるし、聞く価値もないが、訓練はした方がいい。となるとご褒美も上げた方がいいな」
「お館様ぁ!!その聞く価値がないなど、私をどこまで喜ばせるのだ!?」
エクスカリバーはすでに通常運転だ。
「ハジメ様までそんなことを……」
アリスは諦めたように、エクスカリバーに腰を下ろした。




