第七十一話 奇襲はそれだけではなくて
「あれ、あれあれ……。兄ちゃん俺、間違っちゃった……?」
おおよそ魔王を冠する人物からは出てこないと思われる言葉だ。
「ノボル!大丈夫だ!ノボルは間違ってないぞ!兄ちゃんちゃんと聞いてるからな!」
マサルもどこかズレた回答をしている。
いや、わかる。
わかるよ?
今のは俺が悪かったよな。
「ノボル……さんは、魔王様で、俺たちを攻めに来た。で、合ってます?」
俺はこんがらがっている頭を総動員して、間違った答えをひねり出した。
「ちちち、ちがいます!!!僕たちはハジメさんたちを攻撃するなんて、そんな意思は全くありません!!」
ノボルは目を白黒させている。
でもハジメは信じることができなかった。
今この手におさまっている菓子折りも、きっと毒なり爆発物なりなのではないだろうかという気持ちが拭えていなかった。
「ハジメ君、どうやらそうでもなさそうなのだ。んぐんぐ、それに見てくれ。この手土産も実に美味だ」
トールもノボルが俺に手渡したものと同じ菓子折りを受け取っており、そのうちのいくつかを食べながら俺に声をかけてくる。
本当に大丈夫か?
あと、警戒心なさすぎだろこの王様と思うハジメであったが、動いたのはマサルだった。
俺たちの前にパッと体を割り込ませると、その場で額を床にこすりつけるように土下座をしてきた。
「ハジメ、さん。この度は、俺の、私の勘違いでご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした!!この気持ちはマリアナ海溝より深く反省しております!!」
俺としては驚きの対応だったし、この時点で俺の勘違いが間違った答えになっていることに気づいた。
「ハジメ様。どうやらマサルさんたちは本当に謝罪をしているようです。お話を聞いてみてはいかがでしょうか?」
「お館様、わが主の言う通りだ。少し警戒を解いてもよいかもしれんぞ?」
「お、おお」
俺は二人に促されて、軽く会釈すると、席に着いた。
俺の後ろとアリスの後ろにはラグナロクとエクスカリバーがそれぞれ立ち、目を光らせてる。
隣には玉藻とアリスが座っている状態となった。
その目の前にはノボルとマサル。
部屋の一番上座にはトールが座っている。
「それで、今回はどういったご用件で……?」
俺が重い、というか俺が重くしてしまった空気を破るように言葉を発する。
「ご説明しますね」
そういって、ノボルが説明を始めた。
「まずはじめに、うちの不出来な兄がこちらのニブル国を奇襲した件ですが、あれは僕の指示ではなく、兄の独断でした」
「独断でした」
ノボルの声に、マサルが言葉を重ねる。
卒業式の言葉か何かか?
「そして、僕はそのことで兄を叱責し、罰として兄にヴァルでの武闘大会の優勝賞品を手に入れてくるように指示しました」
あーそれでか。
「ですが、ハジメさんたちも同じ目的でヴァルにいらしていたようで、お恥ずかしながら、大会でも兄とラグナロクさんが衝突することに……」
まぁ俺たちがヴァルに行くことになった原因は、そこのマサルの奇襲があったから、一種の逃亡としてだったんだけどね。
「事情は分かりました。つまり、マサルさんの独断専行で行ったニブル奇襲が原因でここまですれ違ってしまったと?」
「そうです……」
ノボルはしゅんとして、これでは魔王というより、怒られた子供だ。
「オトン。ノボルきゅん、げほげほっ!ノボルくんは反省しているようやで?ここで責めたら、大人げないでぇ」
えっ、玉藻はそっち側!?
玉藻は動物園の小動物コーナーにかじりつく女子のような視線でノボルを見ている。
それをみたマサルが、あたまに電球を灯したような顔をして、これか?これだな!?というリアクションをした。
マサルが懐をごそごそとまさぐり、ランちゃんに被せた猫耳カチューシャを取り出すと、ノボルの頭に装着した。
「か、かわえぇぇぇ。はわわわぁぁぁ」
玉藻がデレデレになる。
「ちょっ、兄ちゃん!いまそういうことしていい時じゃないの!!」
そういって頭のカチューシャを振り落とした。
「ノボル!なんでだ!ノボルの可愛さで狐のねーちゃんはデレデレだぞ!?」
「兄ちゃん!失礼な事言わないの!!今日何しに来てるかわかってる!?ごめんなさいしにきてるんだよ!?」
俺はその二人をみて、ピンときた。
魔王の方が常識人で、勇者の方がズレてる感じだな?
「玉藻、いいからその涎を拭け……」
こっちとしても玉藻がやられたせいで少しバツが悪い。
「君たち、何をしにきたのだ……?」
トールも困惑している。
安心してほしい。
俺も困惑している。
俺が数回咳ばらいをして話をまとめようとした。
「んっ、んん。要するに、敵意は無くて、奇襲もマサルさんが先走った結果で、今回はその謝罪である。これで合ってますか?」
「あってます!!!」
ノボルは救いを求めるような顔で俺を見てくる。
ノボルからすると、まともな会話ができるのは、俺とトールぐらいだと思ったようだ。
「ラグちゃん、アリス。向こうもこうやって謝ってるけどどう?ラグちゃん折られたし、アリスも結構怪我してたわけだし」
俺はそういって二人に視線を向ける。
「私は構いません。あれは私の弱さが原因でしたから」
アリスは二度と負けぬという強い意志で返事した。
「いいよ。次また何かしてきたら、どうしちゃうかわからないけど、こっちも手を出しちゃってるし」
そうだね。
手を出しちゃってるというか、どちらかというと過剰防衛しちゃってるもんね。
「ノボルさん。そういうわけです。このことはこれで終わりにしましょう」
「ハジメ君いいのか?何かこちらから要求とかなくても?」
「いいですよ。俺も争いたいわけじゃないので」
「ありがとうございますぅぅぅ」
ノボルがホッとした顔で俺たちに何度も頭を下げていた。
『ハジメ!気をつけなさい!なんか来るわよ!!』
「ロキ?」
あれから聞く久方ぶりのロキの声に俺が回答する。
ロキから続いての言葉は無く俺があたりを見回すと、どういうわけかラグナロクとエクスカリバー、それにいつの間にか人型になっていたランスロットが、真剣な表情で目を見合わせ一つ頷くと一様に剣の姿になり持ち主に握られるように姿を変えた。
「なんだなんだ!?」
「えっ!?エク君!?」
「ランちゃんどうしたんだよ!」
俺たちは困惑を隠せないまま、各々の手元に話しかける。
その瞬間、部屋の空気が一瞬で淀み、息ができなくなった。
まるで、部屋中がスライムで満たされたかのような感覚。
「うっ。くっ。なんだ、これ!?」
俺の息が詰まっていく。
「いき、が、できな……」
「ノボ、ル!兄ちゃん、が、守って!」
アリスとマサルも意識を保つのがやっとという状況だ。
トールと玉藻はすでに意識を失ってしまっている。
『きゃははは!また遊びに来たわよぉ!!!』
俺の聞きなれない声が部屋全体に響く。
俺の手元のラグナロクとマサルの手元のランスロットが、カシャリと音を立てた。




