第五十四話 イビルショータイム
ロキの出現させた無数のラグナロクに戸惑っていたのはヴェルダンディだけではなかった。
「なによこれ……。イタズラ娘、いつの間にこんなことできるように…??」
ヘカテイアも今の状況に戸惑いを隠せなかった。
ヘカテイアの予想では、自身の力でヴェルダンディの攻撃を相殺しつつ、単純なラグナロクの火力でヴェルダンディに対抗するものとばかり思っていたからだ。
「まずはここから!」
そう言ってロキが指揮者のように両手を振ると、無数のラグナロクのうちの数本が鋭くヴェルダンディへと襲いかかる。
「危険。即時排除を実行」
ヴェルダンディも現在の状況は危険と判断し、即時破壊で対抗を試みる。
襲いかかる分身したラグナロクが弾け飛び、ヴェルダンディ自身も軽い身のこなしでそれを躱していく。
「そうなるわよね。わかってたわよ!!!」
なおも猛攻を繰り出すラグナロクとロキによって、ヴェルダンディの状況は悪化していく。
次第にヴェルダンディも躱し切るのがやっとという状況まで追い込み始めていた。
しかし、何かがおかしい。
「なぜヴェルはこのレベルの攻撃でここまで押されているの?」
ヘカテイアの脳裏には、気持ち悪さがどこか残っている状態だった。
「……指定。執行猶予、五十秒。対象の…存在消滅を、確定。並列して、複数即時…処理にて攻撃を相殺」
ヴェルダンディの不気味な詠唱が始まる。
それを聞いてヘカテイアは一つの仮設を導き出した。
「イタズラ娘!!!!まずい!ヴェルはあんたと刺し違える気よ!!!!!」
――――残四十五秒。
「心配いらないわよ!!!それぐらいこっちで読み切れ…きゃぁぁぁあああ」
ロキの左腕が音もなく吹き飛んだ。
無数のラグナロクの雨のような攻撃を躱しながら相殺しつつ、ロキに現在確定を仕掛けつつ、それで手一杯のはずだったヴェルダンディが何をしたと言うのか。
「ヴェル、あんた地雷仕込んだわね!?」
ラグナロクの雨が止み、ロキは自身の再生を始める。
そう。ヴェルダンディは二つではなく、三つの攻撃を仕掛けていたのだった。
一つは現在確定でロキに時限式の存在消滅を。
一つは即時実行で飛んでくるラグナロクの雨を破壊。
最後の一つは、トリガー式の地雷を設置し、ロキがその地雷を踏んだら実行。
ロキはこの地雷を踏み抜いていたのだった。
ダメージと再生で分身したラグナロクが徐々に消えていく。
ラグナロクに隠されていたヘカテイアの姿も視認できるまでになってきていた。
「対象に損壊あり。現在確定の実行に支障なし。継続」
ヴェルダンディはロキにかけた現在確定を継続する。
――――残三十秒。
ロキの手には先程まで無数に分裂していたラグナロクの柄が握られていた。
腕は再生したが、ヘカテイアから見れば振り出しに戻ったうえに、ヴェルダンディの攻撃を読みきれない状況が発生している。
それでいて、ヘカテイア自身には火力と呼べるものはないのである。
そう。ヘカテイア自身にはである。
ヴェルダンディはヘカテイアへ視線を移すことなく、まっすぐに視線をロキに固定し、確定処理を勧めている。
「これじゃやられる!」
ロキは特攻を仕掛ける。
「だめよイタズラ娘!!そこにはきっとまた地雷が!!!……えっ?」
ヘカテイアは叫びながら違和感に気づく。
――――残二十秒。
「ヴェル!喰らいなさい!この一太刀を!!!」
ロキがヴェルダンディに振りかぶって斬りかかる。
だが視線はその奥のヘカテイアに向いていた。
それに気づいたヘカテイアが自身の右手になにかの感触を感じて視線を向ける。
そこには、ラグナロクが握られていた。
ロキはノーティキッドが解除されるなか、自身とヘカテイアに一本ずつラグナロクを残していたのだった。
つまりノーティキッドは解除されたのではなく範囲を縮小しただけの、ロキが仕掛けるイタズラだったのだ。
「……イタズラ娘め」
ヘカテイアは状況を理解して、ラグナロクを握る手に力を入れる。
『ヘカテイア様。どうかご助力を』
「あんたこんな声だったのか。坊やにはもったいないかわいい声だ」
『ハジメと同じ苦痛を味あわせたい』
「……任せときな」
ロキが振りかぶる先で、ヘカテイアとラグナロクの短い会話のあと、ヘカテイアは左上から右下にかけて握ったラグナロクを振り抜いた。
「テレポート。我はこの一太刀の存在を否定する。太刀筋はあるべき場所へ。転移」
すると、切り裂いた空間そのものが形を伴ってヴェルダンディへ転移し、ヴェルダンディの右腕を切り落としたのだった。
「これで満足かい?坊やの奥さん」
そういうヘカテイアの顔は茶化すような顔をしていた。
『満足です。ヘカテイア様。感謝します』
驚くべきことにその時のロキの手にはもう一本のラグナロクが握られているが、ロキが握っているほうが分裂したラグナロクだったのである。
しかし、変化はそれだけではなかった。
明らかにヴェルダンディの様子がおかしい。
切られたはずの腕ではなく、左手で自身の目を抑えている。
――――実行失敗、罰則を実行。
「きた!!イタズラ娘!!!神様のお手つきだ!!しばらくヴェルダンディは視力を失って神としての絶対的な防御も失われる!攻めきるなら今よ!!!」
ヴェルダンディは視線確定が必要な現在確定中にヘカテイアから背後から切られたことで、無意識に視線をヘカテイアに移してしまった。
つまり、現在確定の対象をヴェルダンディ自ら放棄してしまったのである。
その結果は罰則として一定時間ヴェルダンディの視力を奪うものとなった。
「ラグナロク!来なさい!」
ロキは自身が握っているラグナロクの分裂体を手放すとラグナロク本体に向かって手を伸ばした。
それに呼応するようにラグナロクはロキめがけて飛んでいった。
「さぁ。怒った女の暴力は怖いわよっ」
ヘカテイアはこの先が何となくではあるが想像できていた。
ヴェルダンディは視力を奪われ、周囲の状況がわからない中も手負いの自身を再生しようとしているが、現在確定で再生させようにも視力がないことで確定先を決めることができない。
「ラグナロク!今この一度だけ、貴女の封印を完全に解除する!思いっきりアンタの思いを叩き込んできなさい」
そういうと、飛んできたラグナロクを掴み、そのまま切っ先をヴェルダンディに向けたまま、フルスイングで投げつけた。
「ノーティキッド完全解除。これは神すら恐れる一太刀。その姿は清楚にして醜悪。暴力にして慈愛。神々を黄昏に導くその封印を解除!!!」
ロキの目から血が流れる。
自身がラグナロクにかけた封印を解くのである。
無傷で行えるわけがないのだ。
「発動!イビルショータイム!!!!!」
――――ズドンッ。
低い破裂音とともに、あたりを黒い霧が支配した。
ロキとヘカテイアもお互いが見えなくなるほどである。
だが瞬時にその霧は一点に集まり、人の形を成していく。
その一点は明らかにヴェルダンディに向かって高速で進んでいる。
「これは流石にやばいかもしれない…」
ヘカテイアは引きつった顔で現状を見定めた。
「暴れなさい!私のかわいい娘!主人を傷つけられたその意味を教えてあげなさい!!」
完全に霧が晴れたそこには、ヴェルダンディに右拳を振り抜こうと飛びかかるラグナロクの人の姿があった。




