第五十五話 神格の一部を得るということ
ラグナロクが振り抜くその腕は、どこかいつもと違う雰囲気を纏っていた。
腕が通り抜けた箇所が、空間ごと切り取ったかのように靄がかかっている。
これにはヴェルダンディも言葉を発するよりも先に、自身の身が危険であることを感じ取って、言葉より先に身を引いた。
身を引いたヴェルダンディに対して、ラグナロクの猛攻が続いていく。
数十センチ先を通り抜けた拳が、数センチ先に、数ミリ先にと徐々にヴェルダンディの身体を捉え始めていた。
「危険。回、収対象からの、攻撃を、確認」
ヴェルダンディの言葉が回避を優先してたどたどしくなっているのが明らかになってきていた。
ヘカテイアは、その間にロキの元へ移動していた。
「イタズラ娘!アンタ大丈夫!?」
血の涙を流しているロキに駆け寄るが、ロキの声は少しか細い声になっていた。
「大丈夫よ……。これ、私の身体にも相当負荷がかかるからあんまり使いたくない手段だったんだけどね。それに、この後あの娘の再封印にも力が必要になる。少しだけ休むわ」
明らかに疲弊を通りこして、ダメージを受けている様子だった。
その間も、ラグナロクの猛攻が続いていたが、ロキの視線は若干の不安を含んだものだった。
「イタズラ娘。なんか隠していることあるんじゃないの?」
「別にないわよ」
「嘘!そんなことないなら、今のその顔は何よ!」
ヘカテイアは心配する姉のような表情でロキの体を支える。
「あとはあの娘次第なのよ」
「どういうこと?」
「再封印をするということは、また剣の姿にあの娘を押し込めるということ。今回勇者があの娘を折ったことで、封印が半開放されたからあの娘は人と剣をいったり来たりしていたけど、再封印をするってことはね」
「もう主のハジメと人として接することができなくなる?」
ヘカテイアは、そうはならないよねという不安そうな顔をロキに向けている。
「その可能性があるってことよ」
「なんで可能性なのよ。確定なんでしょ!?」
「あの娘が神格の一部を手に入れれば封印に抗って、半開放までで止まる可能性があるわ」
説明するロキではあるが、捉えようのない顔をしていた。
まるで何かを企んでいるような、これからイタズラをしようとしているような。
「神格の一部って、そんなのどうやって……。っは!!」
ヘカテイアは何かに気づいたような顔をしていた。
「そう。あの娘がヴェルを倒すことよ」
「倒すって言っても、現界した体を倒すことなんて無理じゃない!現界した器を壊して殺したとしても、その神がこの世界にこれなくなるだけで本体はぴんぴんしているのよ!?」
「だぁかぁらぁ。それをどうにかするためにアタシが頑張ったから、こんなにダメージ喰らってるんじゃない!」
「あんた、なんか企んでるわね!?」
その言葉に、ロキはニヤリとした表情だけを返した。
視線をヴェルダンディとラグナロクに移すと、ヴェルダンディは完全な窮地に追い込まれていた。
ラグナロクの拳は、振り抜いているのが腕だから拳での打撃であることがわかるが、実際は何を振り抜いているのかわからない状態だった。
拳そのものが真っ黒な霧を纏っており、左右に振り抜くフックも徐々に相手に対する浸食の幅が広がっていっているのだ。
「限、界。回収対象か、らの、回、避行動不可……。ぐうっっっ」
とうとうラグナロクの左右の拳がヴェルダンディを捉え始めた。
しかし、見た目にはヴェルダンディの身体が左右にくの字に折れ曲がるが、体そのものには攻撃の見た目ほどの大きな傷が無いように見えている。
全く傷が無いわけではないが、どうもおかしい。
「イタズラ娘あれなによ。本当に攻撃通ってるの??ヴェル無傷じゃない」
「現界した体にはね」
「あんたまさか!!!」
「そうよ。アタシのイタズラ、舐めてもらっちゃ困るわ。今あの子の振った拳の先はこの世界のヴェルであってヴェルではない」
「現界した体を通して、神界の本体に攻撃を通している!?」
「全部は無理よ。いいところダメージの二割ってところね。あの娘が神格の一部を得るには実績が必要。それは本来傷つけることはおろか触れることができない神そのものに直接ダメージを通して、撃退することよ」
ヘカテイアは呆れた顔をしていた。
「そんなの無茶苦茶じゃない!」
「それをやってしまうのがアタシってことよ。伊達に神々の黄昏なんて戦争を起こしたわけじゃないのよ」
はぁとヘカテイアは呆れたような表情に変わっていった。
それは戦闘中には似つかわしくない、手の付けられない問題児を相手にする先生のような表情だった。
ヘカテイアが呆れるのと同じころ、ヴェルダンディは確実なダメージが蓄積し始めていた。
「ぐうっあ。ふぅふぅ。危険。退避を検討。本体の困惑を確認。くっ。依頼主の了承を確認中」
ラグナロクが拳をふるえばヴェルダンディの表情が曇るという状況に変わり、あれほど脅威だったヴェルダンディも今となっては敗走直前の兵士のようになっていた。
しかし、ロキはヴェルダンディの言葉を聞き逃さなかった。
「依頼主!?ヴェルにこの指示を与えた神がいる!?」
「うそでしょ!?ヴェルに指示を出してこんなことさせるやつがいるっていうの!?」
「そうとしか考えられないでしょ。依頼主って言ってるんだから」
ロキは一瞬で険し表情へ変わっていった。
「カー……ぐっ。返答なし。疑問」
ヴェルダンディは、苦悶の表情をしながら何かを確認しようとしている。
「カー……?そんな名前の神なんて、心当たりが多すぎて特定ができないわ」
ロキは悩ましい表情だった。
返答を考える間に、勝負は終盤に差し掛かっていた。
ヴェルダンディが、地面に膝をついていたのだった。
――――時を同じくしてその頃のハジメは。
「なんや!?一気にオトンの崩壊が止まったで!」
玉藻が驚きの声をあげていた。
「玉藻、俺今どうなってる……?」
「どう、言われてもなぁ。ちょっと説明できんわ。なんや肩口に変な靄が出てるんやけど、それがオトンの身体に吸われるみたいに消え始めとるんや」
「えっ!?ちょっとそれ嫌なんだけど!!俺の身体に人外のなんかが入ってるってことか!?!?」
「せや。それにオトンの身体に私の癒しの力が吸われる速度が段違いに上がってんねん!私が足腰立たなくなりそうなってきてんねや」
「お、おおう。それは確かに説明しにくい状況……」
一同はどういうわけかハジメが急に回復したと思っているが、同時期にラグナロクがヴェルダンディにダメージを与えているからということを知る由もない状態だった。
「それにしてもハジメ。お前急にしゃべりもまともになったし大丈夫なのか!?」
ドリトンが不思議そうに声をかけてくるが、ハジメ自身もよくわかっていなかった。
「もしかして、ロキ様とラグちゃんさんが??」
そのことにうっすら気づき始めたのはアリスだった。
「ラグちゃんかぁ。確かにラグちゃんなら神様でもボコっちゃいそうだもんなぁ」
「だからそれは無理だって言ってんだろうが。この世界の神様はそう簡単にどうこうできる相手じゃねーんだよ」
ドリトンも呆れ始めるが、ちらっとハジメを見ると、確かにそうなのかもしれないと感じ始めていた。
「私に逆流してきた呪いが今はきれいさっぱりないねん。というか、オトンの肩に呪いまるごと吸い込まれてもうて……」
「玉藻ちゃん。そういうのは先に言ってくれる?明らかに俺やばいじゃん!!」
「でも、体調は問題無いんやろ?」
「問題は……ないけどさ……なんで九尾になった時は超頼もしかったのに、いきなり超大雑把になっちゃうかなぁ」
「私のせいで、オトンが傷物に……。せや。私が責任取ってオトンをもらうってのはどや?」
「タマモちゃん。ラグちゃんさんに殺されますよ?」
「……冗談や」
ラグナロクはいないが、普段通りの会話に戻っていた。
ハジメの傷もみるみる回復している。
神の呪いが妨害していただけで、本来の玉藻の全力であれば人間の傷程度、四肢が四散していても一瞬で回復できるのだが、呪いの妨害が存在したためにある意味普通の治療に見えていたのだろう。
「ラグちゃん、あんまり無理すんなよ?俺、意外とラグちゃんに話したいこといっぱいあるぞ」
一同が当たり前の日常会話をする中、ハジメは天井を見つめて一人つぶやいた。
――――ラグナロクは大詰めと言わんばかりにヴェルダンディにとどめを刺そうとしていた。




