第五十話 瀕死
――――音がしない。
――――その割に、耳鳴りが酷い。
――――俺は今どこを見ている?
――――それに全身が寒くて仕方ない。
――――目の前には何が映っている?
――――足先の感覚はあるか?
――――指先の感覚はあるか?
――――ラグナロクは……無事か……?
「おとーちゃん!!返事してーな!!!聞こえとるか???……オトン!私の声が聞こえてんなら返事してや!!!!」
そうか。
俺はいま、横になってるのか。
おとーちゃんから、もうオトン呼びとは、玉藻の成長は目まぐるしいな。
それに、一人称もうちから私になって、ほんと大人になった。
いや……。
違う!!!
「ぐっ、ぐぁぁぁああ。はぁはぁはぁ。俺は、生きてるのか!?」
「ハジメ様!」
「オトン!目ぇ覚ましたんやな!」
俺は今どこにいて、状況はどうなってるんだ?
とにかく、全身がバラバラになりそうなほどに痛い。
それに辺りが騒がしい。
悲鳴を上げる声。
痛みに耐えようとする唸り声。
誰かを亡くした人が悲しむ声。
俺も痛みに唸る声の一人か。
「ラグ……ナロク、は」
激痛に声が途切れ途切れになりながら、喉の奥から絞り出す俺の声は、掠れてしまっていて自身の声では無いようだった。
「オカンは無事や!!ちょっと今気持ちの整理がつかんと、別のところに行っとるけど、大事ないわ!!それよりオトン、今の状況がわかるか!?」
「俺はトンボを投げ捨てて、それが俺の腕を」
俺の頭に、それまでの記憶の整理が追いつく。
ラグナロクの肩にトンボが止まったこと。
それを俺が投げ捨てたこと。
トンボが刃に姿を変えて俺を通り過ぎたこと。
その刃は建物の二階の屋根から一階の床までの高さで、被害に遭ったのは俺だけではなかったということ……。
「俺は!腕を」
俺は慌てて視線を右下に向ける。
俺の腕は確かにあった。
しかし、指先の感覚も、動く気配もない。
「見たらあかん。今は治療中や。ちょっと右腕が不格好になってるけど、じきによくなる!心配することないで!」
「玉、藻。なんでそんなに、泣き、ながら笑って……るんだ?」
そういわれるが俺は自身の肩口に目を向ける。
――――そうか。
――――俺の右腕はもう俺の物じゃなくなったのか。
俺の右側には確かに俺の右腕はあるが、それは俺の身体から伸びた右腕ではなく、落とされた右腕が横に置いてあるだけだった。
「そうい、う、こと、かぁ。キッツい、なぁ。ははは」
俺はどうしてか冷静だった。
いや、違うな。
追いついた頭を、状況がまた追い越していったのか。
それにしても、俺、よく死なずに生きてるな。
腕もこうして落とされたのに。
そうか。
「そうか。ここに、きて、強靭が効いた、のか。まったく」
ありがたいやら、痛すぎて、死ねなかったことが逆に迷惑なのかわからないな。
「ハジメ様。今あの羽音の正体が都市を埋め尽くしてます……。ラグちゃんさんも動けない今、今はここに立て籠もって状況が好転するのを待つしかありません……」
アリスは自身が何もできないことに、力を出したところでそれが事態を好転させる要因にはなれないことにいら立っているようだった。
「ありゃー駄目だな。完全にふさぎこんでやがる」
ドリトンが俺が治療されている臨時の医務室に入ってきた。
どうやら俺はあの後、玉藻とアリスに臨時医務室に運ばれて治療されているようだ。
「おっちゃん。オカンはどうやったんや?」
「完全に駄目だ。話しかけても一言も返しやがらねぇ。ずっと震えて縮こまったままだ」
ドリトンの言葉に、アリスが明らかないらだちを見せながら反応する。
「そう、ですか。貴女は私と違って、立ち向かう力があるじゃないですか……」
「姉やん。今はそっとしとき。今突っかかっても何もいいことないで。それより今うちらはオトンをどうにかする方が優先や」
「狐の嬢ちゃん、だいぶ落ち着いてんな」
「伊達に千年近く何度も生まれ変わってないもんでな。私からみたらおっちゃんもガキんちょやで」
「この俺を捕まえてガキんちょかよ」
会話の内容はいつもの会話に近いが、誰も笑ってはいない。
みんな一様に、焦りが見えている。
おそらく俺の腕を落としてくれやがったのは、話にもでてたヴェルダンディって神様だろう。
この攻撃をラグナロクに向けていたのだとしたら、許すことは出来なさそうだ。
「だとしても!!!」
そう言ってアリスは医務室を飛び出してしまった。
「おいアリス嬢!」
ドリトンが静止させようとするが、アリスはそれを振り切って行った。
「まぁ、若い姉やんには我慢は無理やったなぁ」
みんな、何をそんなにいら立ってるんだ?
「ラグナ、ロクが何かした。のか?」
ポーションが効いてきて、だんだんと俺も会話だつながるようになってくる。
「なんかしたんやない。なにもしてないんや。オトンがやられた瞬間を見た直後に床にへたり込んで、私は何もできないって言った後からフラっと出て行ってな。そのあとは隣の部屋で一人でダンマリなんや」
「でも、無事、なんだろ?」
「無事や。傷一つないで。オトンが守ったんやからな。それがオカンは気に食わんのやろな。まぁ気持ちはわからんでもないけどな」
俺の出血もおさまってきている。
「さて、こっからが私の本気やで。驚かんといてや」
俺とドリトンが目を見合わせて、また玉藻に視線を戻す。
ドリトンは両手を広げて肩をすくめ、何をするやらという表情をしていた。
「いくで」
そういうと、玉藻の目から幼さが消えた。
玉藻の瞳が黒から真紅に変わり、八重歯が少し伸びている。
玉藻の全身を青白い炎が包み、炎のなかで玉藻の背が伸びていくのが見える。
「おいおい、嬢ちゃん、なにがどうなってんだよ」
ドリトンは状況を把握できていない様子だった。
だが俺としては不思議と驚きはなかった。
魔剣であるラグナロク。
王女であるアリス。
そして玉藻。
何かしらあるに決まっていると、どこか確信めいたものが俺の中にあったからだ。
激しかった青白い炎は次第に落ち着き、炎が発する光がおさまるとそこには、日本でイメージする玉藻の前その人がいた。
「これで、全力が出せる。ええか?ちょっと痛むかもしれんけど、オトンの腕くっつけたるから我慢してや?」
そういう玉藻は、腰まで伸びた金色の髪に、赤い真紅の瞳。
目は涼し気な目で、服装は完全な和装。
極めつけは腰から伸びた九本の尾。
「こっちが玉藻の本当の姿だったんだな。そりゃ玉藻って名前で大正解だったわけだ」
「私、めっちゃ可愛いやろ?」
「あぁ、でも可愛いってより、美人って感じだな」
「惚れたらあかんで?」
「誰が自分の娘に惚れるかよ」
「あかん。今の一言、私ときめいてしまったかもしれへん」
そういって玉藻はカラカラと笑っていた。
「俺の腕、くっつくのか?」
「誰にモノ言ってんねん。うちにできること、むしろそれだけは神にだって負けないと自負できるもの。それはこの癒しの力や!!!!」
玉藻が俺の肩と、俺の右腕に触れると、先ほどまで玉藻が包まれていた炎が俺の傷口を包んだ。
冷た、い?
炎の見た目からしてかなりの高温に思えるが実際は、ひんやりとした感触だった。
みるみるうちに俺の腕は塞がっていき、指先に感覚まで戻ってきている。
「マジかよ。嬢ちゃん、いやもうお姉さまって感じだが、俺の好みドストレートだ」
このおっさん、こんな場面で人の娘口説こうとしてんじゃねーよ。
医務室に、つかの間の安息が来ると誰もが思っていた。
「これで、問題ないはずや。オトン。うごかしてみ」
俺は指先から少しずつ力を入れていく。
さっきまで俺から断絶していた反応が指先に返ってくる。
そこからは早かった。
手を握ることも、上半身を起こすこともできる。
「ああ。まだ指先がボケてる感じはするけど……。……ゲホッ」
な、なんだこれ。
目の前が、赤い……。
繋いだ傷口から血が滲み、俺の目と鼻、口からも血が流れ出した。
「ゲホゲホッ。ぐはぁっ!!!」
繋がっていた腕は再度分離し、傍らに落ちてしまった。
俺は体のどの部位も制御が効かないという状態でそのままベッドに倒れこんでしまった。
かろうじて左手が動くかどうかという状況まで、一瞬の出来事だった。
「なんやなんや!さっき完全に治したんやで!?こんなんありかいな!!アカン。このままやとオトンの命の方が危ない!!」
玉藻は再度俺の腕に触れて炎が立ち上る。
今度は俺の全身を包むほどにだ。
「ヴェルダンディ!!時限式の呪いまで仕込んでたんやな。オトン!心配せんでも大丈夫やで、私がすぐ治したるからな」
それでも俺の全身が崩壊しはじめ、それを玉藻の炎がもとに戻して繋ぎ止める。
そういう状況になって行った。
これ、さすがに俺駄目かもな。
「おっちゃん!もうこうなったら、オカンたたき起こしてでも大元を叩くしかない!勝ち負けがどうやない。とにかく大元をどうにかせんとオトンがヤバイ!」
「わ、分かった!!!伝えてくる!」
ドリトンはラグナロクのもとへ走って行った。
玉藻は大丈夫と言って笑顔だが、その顔には隠し切れない不安と焦りが顔に書いてあるほどに見て取れた。
俺のやれること、やっておかないとな。
俺は左手の拳を額に押し当てた。
左手にはあのコインが握られている。
「オトン、動いたらアカン。アカンのや……」
そう泣きそうな顔にならないでくれ。
大丈夫だよ。
俺は強靭スキル持ちなんだぜ?
今から秘密兵器、呼ぶからよ。
――――ロキ、こんな早くて悪いが、助けてくれ。仲間が、都市のみんなが、ラグナロクが……危ない。
『その願い。このロキが確かに聞き届けたわ。ハジメ。よくラグナロクを守ったわね。今は休みなさい』
お前に褒められると、なんか体が痒くなるよ。




