第四十九話 トンボ
「いいこと?前にも言ったけど、地球にいないものを見たら危険と思え。いいわね?忘れるんじゃないわよ?」
「ロキ、俺が眠るまえ、ヴァルの都市で羽音がうるさかったんだ。関係しているか?」
「……チッ。もう手が回ってるのか。ヴェルのことだからもうラグナロクがまずいわね」
「ラグちゃんに何かあるのか!?」
「ちゃんと可愛がってるじゃない。そのラグちゃんについて教えてあげたいけど、そこまでしたらルール違反でアタシは神格を取り上げられるから無理よ。神様同士が相手の不利益になることは原則できないの。ヴェルを除いてね」
ということは、ヴェルってのも神様の中のどれかか。
「えっと、確かここに……」
ロキはパソコンが置いてあるデスクをガサガサと漁り始めた。
「ロキよ。だからいつもクリーンデスクを意識しろと言ってるだろう」
「申し訳ございませんっ!!ですがそのことはまた後で謝罪しますので」
なんかこのやり取り、エンジニアの無駄に意識高い会社を感じて嫌なのだが。
「あったわ!!これよこれ!」
そういうとロキは俺の手に一枚のコインを握らせた。
「アタシに出来るこれが最大限よ。アタシの世界に住まうアンタに一度だけ効力を発揮するアイテムを渡しておくわ」
俺の手のひらには、ロキの横顔がかたどられた金色のコインがおさまっていた。
「どうしようもなくなって手詰まりになった時、そのコインを握ってアタシを呼びなさい。能力は減衰するけどその時だけは信者を守る神としてアタシの世界に降臨することができる。いい?手詰まりと思った時よ?」
「どうしてここまでしてくれる?」
「あんたは初めてラグナロクが懐いた人間なのよ。それなのに、こっちのいざこざで泣かせるのは主義じゃないわ」
「お前、たまに真人間になるよな」
「アタシを人間と同列にしないでほしいわね。でも今はそれどころじゃないわ。すぐに戻ってラグナロクの側にいなさい。こっちもヘカテに声をかけておくわ」
ロキは俺の額に再度指を添えると、ピンとデコピンをした。
痛くはないが、すぐに意識が消えて、気が付くとそこは宿屋のベッドの上だった。
周りにはラグナロクも玉藻もアリスもいる。
「まだ大丈夫だったか」
「ハジメ大丈夫?すごい汗」
額を拭うと、かなりの汗をかいているようだ。
心なしか、あの時の映像の影響で心拍も高い気がする。
「みんな。聞いてほしい。俺はさっきまでロキと話をしていた。あれはおそらく神界だろう」
「ハジメ様が御遣い様としてのお仕事を与えられたのですね??」
「今回はちょっと違う。ラグちゃん!」
「何?」
「ラグちゃんが、何かから狙われているらしい」
「ラグちゃんさんが!?どうしてです?」
「それは俺にもわからない。とにかくロキにはラグちゃんの側にいるように言われた。ドリトンの件もある。ドリトンならいざという時に力になってくれるはずだギルドへ急ごう」
「わかりました!」
「なんや、いきなりすごい展開やなぁ」
俺たちは急ぎギルドに向かうことにした。
「アルマさん!ドリトンさんはいますか!?」
「ハジメ様!お待ちしておりました。こちらへ」
アルマさんも状況は説明されているようで、少し強張った硬い表情で奥へ通された。
「遅かったな。ハジメ」
「わるかった。ちょっと神様のお告げがあったもんでね」
「そうか。俺たち転生者は、この世界に来る前にロキ様の説明を受けてから来るからな。お告げって言うぐらいだ。よほどのことなんだろう」
「察してもらえるとたすかる」
ドリトンも今は笑顔一つない。
「本当はアンタと地球の話で盛り上がれればと思ったんだけどな。悪いけどこっちの状況を先に伝えたい」
「それがいいだろう。そもそも俺にもお告げがあったんだからな」
「アンタにも?」
「ああ。それこそロキ様からな。ヴェルに気をつけろ、とだけな」
「さっきロキが言ってたな。そのヴェルってのはいったい何なんだ?」
「思い出せないか?北欧神話に一柱そういう名前のやつがいなかったか?」
俺はそれほど詳しいわけではないんだけどな。
「ヴェル?おとーちゃん。それはヴェルダンディやな」
「ヴェルダンディ?確かいたようないなかったような。てか玉藻。なんでそんなこと知ってるんだ?」
玉藻は、しまったという顔をしたが顔を横に振り、話をつづけた。
「いまはそういう状況やないねん。ヴェルダンディってのはノルン三姉妹の一人や。管轄は現在そのものや」
流暢に語る玉藻からは幼女の雰囲気は無く、知識豊かな才女のように見えた。
「うちが知ってるのはそれだけやけど、話が通じる相手ではないってのはロキから聞かされてるわ」
「お前もロキを知ってるのか」
「うちも元日本の妖怪やからな」
「聖霊じゃなかったのかよ」
「それは、こっちでの設定やねん。その方がふぁんたじーな感じがするやろ?」
幼女の舌足らずな感じで、大人のようなことをいうアンバランスさが玉藻が本当に玉藻なのだと感じさせた。
「おいハジメ、その狐のお嬢ちゃんはもしかして?」
「ああ。アンタにもらった卵から生まれた玉藻だ」
「くぁぁぁ。今度は幼女かよ。ハジメ、お前ロリコンまで極めるとか、正直ないわ」
「ロリコン違うわ!!!へんな考えはよせ!!」
ふと出たドリトンの言葉にその場が一時ではあるが和んだのを感じた。
ひとしきり笑った後、ラグナロクが口を開いた。
「そのヴェルダンディからハジメを守ればいいの?」
「いや、今回は違うんだラグちゃん。狙われてるのはラグちゃんだから、今回は守られる側だな」
「ラグ負けないよ?」
そういって右フックをブンブンと振っているが、俺は違和感を感じた。
ラグナロクが怯えている……?
どこか、体の端々が震えている。
俺の見間違いだろうか。
「黒い姉ちゃん無理すんな。わかってるだろ?この世界に住まう者はみんな、神の下に生きている。つまり、いくら姉ちゃんが強かろうが何だろうが、神には勝てない。これは絶対のルールだ」
「……負けない」
「ラグちゃん……」
「では、ラグちゃんさんと私たちはどうしたらよいのですか??」
「狙ってきてるのがヴェルダンディってことは、この世界の外の神様だ。ここに来るとしたら相当力が減衰する。うまく躱せばしばらくは逃げることもできない、こともないかもしれない」
「またなんとも、頼りないなぁ」
「この世界に対する神様の影響力ってのはそれだけつえーーんだよ」
パワーバランスを考えたら、世界を創造する側が、創造される側より弱いってことは無いか。
「お前ら、なんかそれっぽいのに会ったりしてないだろうな?」
「それっぽいやつかぁ。ん?それって、見るからに怪しいやつとかじゃないか?そういえばここに闘技場の中で俺ぶつかったし、決勝戦の直前の時も……」
「会ってる。回収するって。楔を排除って言ってた」
ラグナロクの震えがさらに強くなる。
「くっ。もう会っちまってるのか。だとするともうこのメンツの面は割れてるとみていいな」
「どうしたらいい?」
「だとしても、逃げるしかない。ハジメ、お前ロキ様からなんか秘密のアイテムとかそういうチートっぽいもんもらってねーのかよ??」
「あ、あるぞ!ほら!」
そういって俺は手の中のコインを見せようと左手を開こうとした瞬間に異質なものに目が奪われた。
――――ラグナロクの肩に、トンボが止まっている。
――――いい?ハジメ。地球にしかいないものが見えたら危険ってことよ!
考えるより体が先に動いた。
「ラグちゃんあぶねーーーーーっ!」
ラグナロクは、あからさまな恐怖の表情をした。
俺は右手でトンボを掴むとあたりを見回して人のいない部屋に投げ込んだ。
その瞬間だった。
トンボは縦に伸びた刃に姿を変えて、俺の右肩から右わき腹にかけて音もなく通り過ぎた。
すぐに状況を理解する。
――――俺の右腕が……落とされた……。




