第四十話 アリスと変態と
選手控室につくとすでにラグナロクも戻っていた。
表情はキラキラで俺を見ていて、褒めて褒めてという表情が見て取れる。
あの試合を褒めてと言われても、どちらかというと実力差を出しすぎてドン引きというのが正解なのだが……。
「ハジメ!ハジメ!ラグ強い?強い?」
しびれを切らしたラグナロクは俺に小走りで駆け寄ってきて定位置につく。
「うんうん。強かったね。ほんともう大人と子供の感じだったね」
体をほとんど動かしていないからか、汗一滴ないラグナロクの少し低めの体温と甘い香りが背中越しに伝わってくる。
俺は肩口から顔をのぞかせるラグナロクの頭を軽く撫でて話を合わせる。
へへへと笑うラグナロクは、可愛らしくあるのだけど、あの戦闘だもんなぁ。
「ら、ラグちゃんさんはそんなに圧勝だったのですか……」
「圧勝というか、あれは勝負とか試合じゃなかったな……。飛んできた虫をはたき落としましたみたいな感じだったよ」
「そう、ですか」
アリスは自身の試合が近づいているのもあって緊張しているところに、ラグナロクの話もあってさらに緊張感が高まってしまったようだ。
「アリス。緊張?」
「はい。こういう大会形式のものは人生初なので、口から心臓が出てしまいそうです」
「緊張すると。勝てなくなる」
「わかってはいるのですが、心が追いつかずで……」
ん〜とラグナロクが少し悩む表情をすると、定位置から離れて自身の左手の袖に右手を突っ込んだ。
なにかごそごそ探しているようなのだが、その姿は武士かと思う動作だ。
それでいいのかラグナロクよ。
「これかしてあげる」
そう言ってラグナロクは裾から引っ張り出した何かをアリスの鎧の隙間に突っ込んだ。
なによなによ。
まさかの暗器ですか?
「ありがとうございます」
両手を額の前で合わせて祈るようにしているアリスは、今はそれどころではないという感じだった。
ここの試合は一試合がだいぶ短い間隔で進むようで、今こうして話している間にも試合の実況がうっすら聞こえてくる。
同じ控室にいる選手が次々に出ていくのを見ると、アリスの順番もそろそろという感じだ。
「アリス。準備運動は?」
ラグナロクがそんな気遣いをするなんてハジメ感動。
「お、お願いします」
立ち上がったアリスとラグナロクの軽い組手が始まる。
ガチガチだったアリスの動きも少しはマシになったかなというところでアリスの順番がやってきた。
「それでは、ハジメ様、ラグちゃんさん。行ってまいります」
それでも硬い表情のアリスは、死刑台にでも行くのかという表情で控室をあとにした。
ここの闘技場には、セコンド席のようなものがない。
そのため、必然的に観客席に移動しなければならないのだが、今度は座れるだろうか?
俺とラグナロクは観客席に移動して、不審者と勇者のいない側に来たものの、ざっと見渡しても空いているところはなかった。
まぁここでいいかと立ち見できそうな場所を決めて、ラグナロクに問いかける。
「ラグちゃん。場所がないからここでいいか?」
「……」
普段なら無視したりというのはないのだけど、なぜか返答がなかった。
「ラグちゃん?」
「ハジメ。ラグあれ嫌い」
そういう視線の先にはあの不審者がこちらを見つめていた。
ラグナロクも同じことを思ったようだが、ここまで明確に嫌いという表現を使うのは珍しい。
「あの人なにかあるのか?」
「あれ、嫌い」
それしか言わない上に、心なしか俺の首に回る腕の締め付けきつくなっている気がした。
話題をそらしたほうが良さそうだな。
「ラグちゃん、ひとまず変なのは気にしないで、ほらアリスが出てきたぞ」
「……うん」
俺とラグナロクはアリスに視線を落とす。
「相手は随分とステレオタイプな騎士様だなこりゃ」
白銀の鎧に聖剣と言われても納得してしまいそうな剣。
それでいて、顔はこの世界で見てきた中では明らかにトップクラスのイケメン。
「なんか嫌いだな」
「アリス、多分勝てない」
「えっ?」
「それでは試合開始ーーー!!」
実況の声で途切れたが、アリスが負ける予告?
そういうことは言わなそうなのにラグナロクがそこまで言うのならなにかあるのかもしれない。
試合はアリスが特攻して攻めに徹する形になる。
攻めて攻めてと進んでいくのだが、相手はうまく捌いている状態だ。
「はははは!ご婦人!悪くなり切り込みだ!しかしこうされたらどうなる!?」
そう言うと剣の動きが変わった。
捌いていた剣が明らかに攻めに転じている。
アリスの躱しきれない箇所に的確に剣を当てていくのだが、どうも音が軽い。
「もっと真剣にやれ!!!」
アリスも相手が手を抜いていることに気づいたようだ。
「これは失礼。貴女のような綺麗なご婦人に傷をつけたくないのだが……」
そう言って立ち止まると、自身の剣の刃を指でなぞる。
「まぁ刃引きであれば命までは届かまいか。ではお望み通り真剣に挑ませていただく!」
するとその騎士から明らかに威圧のようなオーラを感じた。
観客席の俺まで感じるのだから、当事者のアリスはどれほどのものだろうか。
「ふんっ!!!」
横薙ぎにされた剣がアリスの胴を掠め、アリスの鎧が少し割れている。
「さあどうだご婦人!これが貴女の望まれた真剣勝負であるぞ!わはははは!」
こっちが本性かよ。
こりゃ確かにアリスはまずいかもしれないな。
どんどん押されて、装備品が壊れあたりに散らばり始めた。
「この一撃でその軽やかな足さばきを奪ってみせよう」
その一言とともに、胴に剣が完全なクリーンヒットをしている。
鎧の脇が完全に砕け、さっきラグナロクが突っ込んだと思しきものが地面に転がっている。
遠くてなにかまでは見えないな。
「そしてこれがドドメの一撃である!」
唐竹割りに剣が振り下ろされる。
「アリス。ちゃんと教えたでしょ」
その時だった。
アリスが何かを拾い上げたのが見えた。
バキッッ!!!
ものすごい轟音とともに左手の剣で相手の唐竹割りを受け止め、右手は……。
「ラグちゃん。もしかして、アリスにメリケンとかナックルとかそういう類のものをあげたの?」
「あげた」
そういうことですか。
アリスの右フックが騎士様の左脇腹に突き刺さっていた。
身体強化魔法を右腕だけにかけたのか、剣を受け止めた方の腕は、おそらく骨が折れているだろう。
「これは意外。勝ったけど負けた」
「ラグちゃんそれちょっと意味わかんないよ」
多分、相手を仕留めたけど自身もやられてるやーんとかそういう意味だと読み取ることにした。
当事者たちに少しずつ動きがあった。
騎士が少しずつ前のめりに倒れて、今はアリスに覆いかぶさるような状態になっている。
「ご婦人。素晴らしい一撃だ。この私がこれほどまでに綺麗な一撃をもらうことになるとは、ぐぅっ。思わなんだ」
「はぁはぁ。貴方も、一撃一撃が重く鋭く、とても勉強になりました」
「なにをいうか。勝ったのは貴女だ。それに」
「それに?」
「とても」
「とても?」
「気持ちよかった…。次お会いしたときはその拳でぜひ我輩を躾けていただきたいのです主さま……」
「……あ、主様!?」
おやおや、なんか観客席には聞こえないがなんかアリスがイヤイヤしているように見えるぞ。
「申し遅れた。我輩はエクスカ……ぐっ」
「ちょ、ちょっと、なんか変なところで止めて倒れるのやめていただけます!?い、いたた。我に返ったら一気に痛みが……」
なんやかんやでアリスが勝ったようだが、一体何を話していたのだろうか。
ラグナロクも聞こえないという仕草をしているし、後で控室で聞いてみるとしよう




