第二十八話 ルードの平穏?な一日
「ハジメ!ハジメ!ラグ頑張ったっ??頑張ったっ??」
ラグナロクを自称するこのやたら美人な長身の姉ちゃんは俺を抱きしめている。
俺の足が、実は数センチ浮き上がっていることは秘密である。
「おん?お、おうあ!待てラグナロク!俺を振り回すな!!目が回る!!!」
振り回すのだ。
あーよくあるお買い物に食事に浮気にって彼女に振り回されるみたいな?
いやいや、物理的に。
ラグナロクは前から俺を抱きしめ、浮き上がって地面とバイバイした俺を左右に振り回しているのだ。
うん。こいつラグナロクだ。
振り回してるのが自身の刀身から俺に変わったのね。
「うっぷ……。待ってラグナロク。ほんとちょっと待って。お願いラグちゃんちょっと待って……」
ミートパイ事件でも感じた吐き気が俺を襲ってきている。
「……ラグちゃん??」
そういって急にラグナロクの動きが止まる。
急停止された俺は反動で体が横にくの字になる。
「ぐぁぁあっ」
俺はストッと地面に降ろされると、ラグナロクは俺の服の裾を掴みもじもじしている。
「アタシ、ラグちゃん……?」
おっと、気に障る呼び方だったかな?
「……ラグちゃん」
ラグナロクはやたらと嬉しそうに、顔を赤くして俺と目を合わせようとしない。
ははーん。これはあれだな。不意打ちの愛称が刺さったやつだな。
「そうそう。ラグちゃん!ラグちゃんほんとスゲーわ!もう勇者とか人かどうかわからない感じになっちゃったし、最強ですわラグちゃん!」
「ラグ、ラグちゃん、好き……」
口調が戻りましたな。
すると、息はあるものの、おそらく勇者だったんだろうなぁという姿に形を変えられてしまった物体の周りに黒装束の何かが取り囲んでいるのが見えた。
いつの間にこんなに集まったんだと素直に驚いていると、そのうちの一人が俺をまっすぐ見て一言。
「このことは、魔王様に報告させていただく。この恨みを我々は必ず晴らす。そのこと努々お忘れなきよう」
恨みも何も、突然奇襲かけられたのはこちらなのだが。
一瞬でその黒装束の集団は、勇者を抱えると、ワープでもしたかのようにその場から姿を消してしまった。
「あいつら、なんだったんだ」
ボソッと本音が漏れてしまう。
「やべぇ!そういえばアリス!!」
忘れていたとはなんと失礼な事か。
「アリス!生きてるか!?」
俺は、アリスに駆け寄る。
激闘をしていたのだ、アリスの装備はボロボロになり、額からは血が流れている。
「……ハジメ様。ご無事だったのですね。よかった」
「ああ。アリスのおかげで、死なずにすんだ。それよりお前」
「私は大丈夫です。ひとまずギルドに行きましょう。あそこならば治療もできます……」
「わかった。ラグナロク!」
俺はラグナロクを呼んだが、遠くに見えるラグナロクは、ぴしゃぁーーんと雷を打たれたように衝撃を受けて落ち込んでいる。
「……ラグちゃん」
呼び方が気に食わなかったようだ。
「いまはいいから、はい、駆け足!!!」
それでもラグナロクはゆっくりとぼとぼとこちらに来た。
「ラグナロク、俺らを連れて冒険者ギルドに行けるか?」
「……いける」
するとラグナロクは俺をアリスを両脇に軽々と抱え、冒険者ギルドに向かって歩き出した。
もうちょっと丁寧な運び方は無いのかね。
ラグナロクに脇に抱えられて冒険者ギルドについた俺たちだが、そこまでにさらされた住人達の奇異の目を俺は忘れない。
俺とアリスは見た目には重症ではあるものの、回復魔法とポーションで傷自体はすぐ塞がった。
アリスは打撃戦までしていた都合で、今はベッドで横になっている。
「さて小僧。説明してもらおうか」
いまは応接室に通されて、目の前にはギルドマスターのルードが俺に厳しい視線を向けている。
「説明と言われてもな。門までへパさんの手紙を持って行ったんだ。そしたら突然光の玉が飛んできた」
「それを信じろってのか?」
「疑われても、それが事実だからな」
「ふーむ。相手は誰だったかわかるのか?」
「あー。たしか、魔王軍がとか、所属の勇者だとか言ってた気がするな」
するとルードの目がカッと開いた。
「本当に魔王軍所属の勇者と言ったんだな!?!?」
「あ、ああ。言ってたと思う」
「そりゃあ、一大事だ!あのな小僧。魔王ってのは不定期で勇者を召喚して、我々人間側を攻めてくんだ。勇者の戦闘力は、まぁ実体験で分かっただろ。それが攻めてきたとなるとこれは戦争が始まる報せにほかならん」
確かに勇者は強いんだろうけど、うちのラグナロク大先生がボッコボコにしてしまったからなぁ。
「小僧。あのキモイ魔剣はどうした?」
「あぁラグナロクは勇者と戦って折れちまってな、それで……」
「折れたのか!?魔剣はそんなことじゃ折れないぐらいの戦闘力なはずだが、こりゃそれだけ今回の勇者が強敵ってことか、それと小僧、その後ろからお前の首に抱き着いて羽交い絞めにしてるやたら綺麗な姉ちゃんは誰だ?」
人が言いかけたのを遮るのはよくないと思います。
「だから説明しようとしたらアンタが遮ったんだろうがよ。ラグナロクだよ」
「ラグナロク……?おお??あのキモイ魔剣か!?いや、確かにその腕!そのネイル!それとお前の首に巻き付いているところを見るに……」
それもそのはず。
ラグナロクは椅子の後ろから俺の背中にピタリをくっつき腕を俺の首に回して抱き着いているのだ。
確かに、いままで首にぶら下がっていた剣が人になったと考えれば、あるあ、ねーよ。
「でもお前折れたって言ってなかったか?」
「言ったよ。確かに折れたんだわ。そしたらこの綺麗な姉ちゃんが飛び出てきて、勇者ボッコボコにして今これよ」
「……ラグ、綺麗??」
うんうん。綺麗だねぇ。そこ、口裂け女みたいとか言わない。
「ボコボコにしただと!?」
「うん。ボコボコに。もう人型かどうかわからないぐらいになってたよ」
「んなっ、なんだってぇぇぇぇえええ!?」
ルードの驚きの声は出会ってから始めての声量だった。




