第八十八話 権限
旧オルフェア管理院への道中、一行はほとんど休憩を取らなかった。
旧アーカム貯蔵庫の限界到達まで残された時間は、決して多くない。
誰もがそれを理解していた。
二日後。
一行は目的地へ到着した。
それは今まで訪れたどの施設とも異なる建物だった。
監視塔のような威圧感はない。
観測所のような神秘性もない。
精製所のような巨大設備も見当たらない。
広大な敷地の中央に、白い石造りの建造物が静かに佇んでいた。
「なんか普通だな」
マックスが拍子抜けしたように言う。
「管理施設ですからね」
カイは苦笑した。
「むしろ、それらしいと言えばそれらしいです」
一行は内部へ足を踏み入れた。
長い廊下。
規則正しく並ぶ部屋。
無数の扉。
壁面には古代文字による標識らしきものが刻まれている。
内容までは読めない。
だが、その配置には妙な既視感があった。
「研究施設じゃないな」
ユリオンが呟く。
「役所だ」
アルトリウスが即答した。
その一言に、妙な説得力があった。
会議室らしき空間。
大量の保管棚。
受付台のような設備。
文明は違えど、人が組織を運営するための建物であることだけは理解できた。
「昔の人も苦労したんですね」
カイが苦笑する。
「文明が違っても、管理する人間は必要ということですか」
「どこの時代も同じらしいな」
アルトリウスも肩をすくめた。
幸い、大きな戦闘はなかった。
代わりに行く手を阻んだのは幾重もの認証装置だった。
だが、そのほとんどはイリスによって解除された。
やがて一行は最深部へ到達する。
中央制御室。
そこには巨大な制御端末が鎮座していた。
周囲を取り囲むように無数のモニターが並んでいる。
「ここですね」
カイが呟く。
イリスが前へ出た。
「接続を開始します」
端末へ触れる。
直後。
無数のモニターが一斉に起動した。
膨大な情報が流れ始める。
やがて一つの画面が拡大された。
―――
施設情報確認
天枢
―――
統括管理
権限管理
施設制御
緊急停止指令
―――
マックスが拳を握った。
「当たりじゃねえか!」
アルトリウスも頷く。
「どうやら正解だったようだな」
旧アーカム貯蔵庫の暴走。
その解決手段がここにある。
誰もがそう思った。
だが。
イリスは無言のまま操作を続けている。
数秒後。
モニター表示が変化した。
―――
緊急停止権限
認証中
―――
全員が固唾を飲んで見守る。
そして。
―――
権限がありません
―――
沈黙。
「……は?」
最初に声を出したのはマックスだった。
イリスは再度認証を試みる。
―――
認証中
―――
権限がありません
―――
再び同じ表示。
空気が重くなる。
「もう一度お願いします」
カイが言う。
「了解」
三度目。
―――
権限がありません
―――
ユリオンが眉をひそめた。
「おかしいな」
「管理院でしょう?」
カイも違和感を覚える。
「ああ」
ユリオンは腕を組んだ。
「普通ならここが最上位だ」
イリスはなおも操作を続ける。
四度目。
五度目。
そして。
警告音が鳴り響いた。
―――
ERROR
連続認証失敗
セキュリティロックを実行します
―――
嫌な予感が走る。
モニター表示が切り替わった。
―――
ロック解除が必要な場合は
揺光へお問い合わせください
―――
広間に沈黙が落ちた。
「……お問い合わせ?」
マックスが呆然と呟く。
「なんだそれ」
「妙に丁寧ですね」
カイも思わず苦笑した。
「趣味が悪い」
ユリオンが吐き捨てる。
イリスが表示内容を確認する。
「ロック解除権限」
「揺光に存在」
それを聞き、ユリオンはしばらく考え込んだ。
やがて静かに口を開く。
「なるほどな」
「何かわかったんですか?」
カイが尋ねる。
「ここは言ってみれば行政機関だ」
ユリオンは管理院の内部を見渡した。
「各施設を管理し、運営する組織」
「つまり役所ですね」
「ああ」
ユリオンは頷く。
「だが役所には上がいる」
マックスが首を傾げる。
「上?」
「国王だ」
その場が静まり返る。
「宰相でもいい」
「元老院でもいい」
「呼び名は何でも構わん」
ユリオンはモニターに表示された文字を指差した。
―――
揺光
―――
「重要なのは、管理する者を管理する存在がいるということだ」
カイは静かに頷いた。
「つまり」
「天枢は運営組織」
「揺光は、そのさらに上位組織ということですか」
「恐らくな」
ユリオンは答えた。
「封鎖区画という名前も気になる」
「何かを閉じ込めるための施設なのか」
「あるいは古代文明の中枢そのものかもしれん」
誰も口を挟まなかった。
これまで謎だった最後の施設。
だが今、その重要性だけははっきりした。
天枢ですら従う場所。
それが揺光。
旧エデン封鎖区画。
その時だった。
イリスが別の画面を呼び出す。
―――
推定容量限界到達まで
40時間
―――
広間に沈黙が落ちた。
誰も、その数字の意味を説明する必要はなかった。
「半分近く減ってるじゃねえか……」
マックスが顔を引きつらせる。
時間は待ってくれない。
カイは静かに頷いた。
「行き先は決まりましたね」
ユリオンも短く答える。
「ああ」
「最後の施設だ」
カイは仲間たちを見渡した。
「行きましょう」
「旧エデン封鎖区画へ」
こうして調査隊は最後の遺跡へ向かう。
古代文明最大の謎。
全ての答えが眠る場所へ。
そしてその先で待つ運命を、まだ誰も知らなかった。




