第八十七話 過負荷
旧フォルド中継所の解析は、その後もしばらく続いた。
巨大モニターには複雑な図形や数値が次々と表示されている。
その内容を理解できる者はほとんどいない。
だが、ユリオンとイリスだけは真剣な表情で情報を追っていた。
「何かわかりましたか?」
カイが尋ねる。
ユリオンは腕を組んだまま答えた。
「この施設の役割だ」
「名前の通り、中継所らしい」
「中継、ですか」
「ああ」
ユリオンはモニターを指差した。
「ヴァルム精製所で生成された魔力は、一度ここを経由する」
「その後、各施設へ振り分けられる仕組みになっているようだ」
イリスが補足する。
「主要供給先を確認」
「玉衡」
「旧アーカム貯蔵庫です」
モニターの表示が切り替わる。
旧ヴァルム精製所から流れ出た魔力が、旧フォルド中継所を経由し、一つの巨大施設へ流れ込んでいる様子が映し出された。
「貯蔵庫か」
アルトリウスが呟く。
「名前の通りですね」
カイは頷いた。
だが、ユリオンの表情は浮かない。
「問題がある」
短い一言だった。
全員の視線が集まる。
「観測所は本来、施設全体の状態を監視していた」
「異常があれば供給量を調整し、全体の均衡を維持する役割も担っていたらしい」
「ですが、観測所は停止しています」
カイが言う。
「ああ」
ユリオンは頷いた。
「さらに監視塔は限定稼働」
「精製所も応急運転だ」
そこでカイも気付いた。
「なるほど」
「本来の運用状態ではなくなっているのですね」
「そうだ」
ユリオンはモニターへ視線を向ける。
「我々がここまで見てきた施設は、どれも状態異常だった」
「その結果、本来消費されるはずだった魔力の流れが変わっている」
イリスが操作を続ける。
そして新たな表示が現れた。
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玉衡
蓄積率 92%
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マックスが肩をすくめた。
「なんだ」
「まだ余裕あるじゃねえか」
誰も答えない。
数秒後。
表示が一度だけ点滅した。
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92%
↓
93%
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小さな電子音が響く。
「……おい」
マックスが眉をひそめた。
「なんかヤバくねーか?」
「現在も蓄積中です」
イリスが答える。
ユリオンが低く呟いた。
「不味いな」
「どのくらいです?」
カイが尋ねる。
イリスは即座に計算を開始した。
数秒後、結果が表示される。
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推定容量限界到達まで
76時間
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広間に沈黙が落ちた。
「待て」
マックスが思わず声を上げる。
「システムダウンまで四百二十九時間じゃなかったのか?」
「その通りです」
イリスは頷く。
「システムダウン予測時間は四百二十九時間です」
「ですが、旧アーカム貯蔵庫はそれより先に限界へ到達します」
アルトリウスが顔をしかめた。
「限界に達するとどうなる?」
「詳細不明」
イリスは答える。
代わりにユリオンが口を開いた。
「膨大な魔力だ」
「何が起きてもおかしくない」
「最悪の場合は?」
カイの問いに、ユリオンは短く答えた。
「爆発だな」
「とてつもない量の魔力が解放される」
それを聞いたカイは、小さく言った。
「魔力汚染」
「ああ、とても人類が棲息できる環境ではなくなるだろうな」
誰も冗談だとは思わなかった。
旧ヴァルム精製所で見た魔力量を思い出せば、それだけで十分だった。
カイは表示を見つめながら整理する。
「つまり――」
「監視塔、観測所、精製所の状態異常によって、本来の魔力循環が崩れている」
「その結果、余剰魔力が貯蔵庫へ流れ続けている」
「ああ」
ユリオンは頷いた。
「皮肉な話だ」
「我々の活動の結果、人類全体の危機を速めてしまった」
それを聞いたマックスが叫ぶ。
「なんでだよ!俺たちはこの国を守るために戦っていたんじゃないのかよ?」
「いえ、状態異常を放置していても、いずれ各施設は崩壊していました」
「どういうことだよ?」
ユリオンが興奮するマックスを宥めるように言う。
「放置するということは、問題の先送りに過ぎないということだ」
マックスは、ユリオンの言った意味がよくわからず、きょとんとしている。
「つまり、遅かれ早かれ人類生存の危機は訪れていたということか」
アルトリウスが呟く。
「そういうことだ」
ユリオンは肯定した。
「しかし、悪いことだけではありません」
「これで原因がはっきりしました」
「原因が分からない問題の方が厄介ですから」
その時、イリスが再び口を開いた。
「緊急停止権限の存在を確認」
全員が振り向く。
「どこです?」
カイが尋ねた。
「天枢」
「旧オルフェア管理院です」
その名を聞き、一同の表情が引き締まる。
残る三施設の一つ。
古代遺跡群の中枢に最も近い場所だ。
カイはゆっくりと頷いた。
「なるほど」
そしてモニターを見上げる。
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玉衡
蓄積率 93%
推定容量限界到達まで 76時間
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減り続ける時間。
待ってはくれない数字。
カイは静かに言った。
「もはや、議論している時間はありません」
全員の視線が集まる。
「まずは貯蔵庫の爆発を止めましょう」
誰も異論を挟まなかった。
ユリオンも短く頷く。
「ああ」
「急ぐぞ」
カイは立ち上がった。
「行きましょう」
「旧オルフェア管理院へ」
こうして調査隊は、新たな目的地へ向かう。
システムダウンまで四百二十九時間。
だが、彼らに残された猶予は、それより遥かに短かった。
静かに進み続ける数字が、迫り来る危機を告げていた。




