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左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした  作者: アズマユージ
第二章 古代防衛機構編

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第八十二話 水源

 重い振動音が、炉心室へ響いていた。


 ゴォォォォォン――


 まるで巨大な心臓の鼓動だった。


 青白い光が脈打つたび、空気そのものが震える。


「今の導水量の二十倍……」


 マックスが頭を抱える。


「無理だろ、そんなの」


 誰もすぐには反論できなかった。


 現在の導水路ですら、長年の放置によって半ば機能を失っている。


 そこからさらに二十倍。


 現実的な数字には思えなかった。


 だが。


 ユリオンは腕を組んだまま、じっと記録媒体を見つめていた。


「……いや」


 低い声だった。


「あるはずだ」


 カイが顔を上げる。


「何がです?」


「水源だ」


 ユリオンは即答した。


「古代人は炉心融解を想定していた」


「だから非常冷却設備も作った」


「ならば、そのための水も確保していたはずだ」


 カイも頷く。


「確かに」


「二十倍もの水量を自然河川だけで賄う設計とは考えにくいですね」


 イリスが記録媒体を解析する。


 淡い光が壁面を走った。


「施設北東区域に巨大な施設がある模様です」


「ただし、用途は不明」


「これ以上は記録破損により判読不能です」


 ユリオンが目を細める。


「巨大な施設か……」


「行ってみる価値はありますね」


 カイも同意した。


 他に手掛かりはない。


 ならば動くしかない。


 炉心を後にし、一行は再び施設の外へ出た。


 北東区域。


 そこは精製所の裏手に広がる深い森だった。


 人の手が入らなくなって久しいのだろう。


 木々は鬱蒼と生い茂り、かつて道だった場所さえ判別しづらい。


「ほんとにこんなところに何かあるのか?」


 マックスが周囲を見回す。


「分かりません」


 カイは足元へ視線を落とした。


「ですが――」


 そこには石畳があった。


 半ば土に埋もれ、苔に覆われている。


 だが確かに人工物だった。


「道ですね」


「古代のか」


 ユリオンが呟く。


「ああ」


 一行は石畳を辿る。


 進むにつれ、古代文明の痕跡が増えていった。


 崩れた石柱。


 倒壊した橋脚。


 樹木の根に絡み取られた巨大導力管。


 今は森に呑まれているが、かつては整備された施設群だったのだろう。


「昔は相当栄えてたんだな」


 マックスが感心したように言う。


「それだけの文明だったということだ」


 ユリオンが答えた。


「監視塔だけじゃない」


「観測所もそうだった」


「そして、この精製所だ」


 一拍。


「どうやら、全部繋がっているらしい」


 その言葉に、一同は静かになる。


 監視塔。


 観測所。


 精製所。


 ここまで見てきた施設だけでも、その規模は現代王国を遥かに上回っていた。


 どれほど繁栄していたのか。


 今となっては想像するしかない。


 やがて。


 森が途切れた。


「……おい」


 マックスが呆然と呟く。


「嘘だろ」


 視界が一気に開ける。


 そこには。


 巨大な水面が広がっていた。


 まるで海だった。


 対岸など見えない。


 空と水面の境界すら曖昧だった。


 リリアも思わず息を呑む。


「湖……?」


「いや」


 カイは首を横に振った。


「自然湖ではありません」


 足元を見る。


 湖岸には規則正しく積み上げられた巨石。


 護岸設備。


 崩れかけた石造構造物。


 そして水路。


 すべてが人工的だった。


 ユリオンも周囲を見回す。


「導水路の起点か」


「いや……」


 彼は途中で言葉を止めた。


 その視線は湖の中央へ向いている。


 一同も釣られて視線を向けた。


 そして。


 言葉を失う。


 湖の中央。


 巨大な石造構造物がそびえていた。


 城壁のような外観。


 幾重にも重なる巨大アーチ。


 そして、その足元からは巨大な溝が山の彼方へ向かって伸びている。


 今は草木に覆われ、ほとんど水も流れていない。


 だが、その規模だけは分かった。


 川そのものを人工的に作ったかのような巨大水路だった。


 ユリオンが息を呑む。


「……水門か」


 誰も答えない。


 あまりにも巨大だった。


 数百年。


 いや、千年近い時を経てもなお。


 その威容は失われていない。


 ヴァレリアが低く呟く。


「頑丈だな」


「ああ」


 ユリオンは頷く。


「古代文明製だ」


「今の技術じゃ再現できん」


 一行は湖岸沿いを進み、水門基部へ向かった。


 近くで見ると、その巨大さはさらに際立っていた。


 石壁一枚で城壁ほどの厚みがある。


 苔と蔦に覆われてはいるが、崩落らしい崩落は見当たらない。


「ほんとに化け物みたいな建物だな……」


 マックスが見上げる。


 ユリオンも静かに頷いた。


「古代文明の技術力を甘く見ていたかもしれんな」


 やがて、一行は広場らしき場所へ辿り着いた。


 だが長い年月の間に土砂が積もり、半ば森に呑み込まれている。


「何かありそうですね」


 カイは周囲を見回した。


「手分けして探してみましょう」


 探索が始まる。


 しばらくして。


「おーい!」


 マックスの声が響いた。


「こっち来てくれ!」


 一同が駆け寄る。


 そこには、土と苔を払い落とされた石造構造物があった。


「なんだこれ?」


 マックスが首を傾げる。


 半ば地面へ埋まっている。


 だが表面には細かな溝が刻まれ、複雑な模様が走っていた。


 ユリオンがしゃがみ込む。


 苔を払う。


 古代文字が現れた。


 そして。


 導力回路。


 カイが目を細める。


「間違いありません」


「制御盤ですね」


 その時だった。


 イリスが突然身を乗り出した。


「あっ、ここ!」


 一同が振り返る。


 イリスが指差していたのは制御盤中央部だった。


 苔を払う。


 そこには円形の窪みがあった。


 見覚えのある形状。


 マックスが目を丸くする。


「今、声大きくなかったか?」


「気のせいです」


 イリスは即答した。


 一切表情を変えずに。


 だが耳だけ、ほんの少し赤い。


 エルナが小さく肩を震わせた。


 ユリオンは苦笑しながら制御盤へ視線を戻す。


「なるほどな」


 そして。


 全員が同じ結論へ辿り着く。


 カイは無言で腰のポーチへ手を伸ばした。


 そこにあるのは。


 旧リューデン観測所で回収した制御鍵。


 イリスが静かに告げる。


「形状一致」


「適合率九八・七%」


 静寂。


 ユリオンが小さく笑った。


「全部繋がっていたわけだ」


 夕陽を受けて。


 青い制御鍵が静かに輝いていた。

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