第八十一話 安全装置
青白い光が脈打っていた。
巨大な炉心。
無数の導力管。
そして絶えず響く低い振動音。
まるで巨大な心臓だった。
その鼓動は、明らかに異常だった。
「炉心融解……」
マックスが顔を引きつらせる。
「つまり、このままだと国が一つ吹っ飛ぶってことか?」
「爆発するわけじゃない」
ユリオンは炉心から目を離さず答えた。
「だが、それ以上に厄介だ」
一拍。
「高濃度魔素が地脈へ流出する」
「周辺一帯は汚染されるだろう」
マックスが顔をしかめる。
「違いが分からん」
「要するに終わりだ」
ユリオンは即答した。
誰も反論できなかった。
その時だった。
イリスが壁面へ視線を向ける。
「……記録媒体を発見」
カイが振り返る。
「読めますか?」
「解析します」
イリスの瞳が淡く光る。
しばらくして。
壁面へ文字列が浮かび上がった。
ユリオンが目を細める。
「運用記録か」
一同が集まる。
そこには施設概要が記されていた。
⸻
旧ヴァルム精製所。
セプテントリオ第三施設。
役割――魔力精製および供給。
⸻
「第三施設……」
リリアが呟く。
ユリオンは頷いた。
「やはりそうか」
「監視塔や観測所と同じ系列施設だ」
さらに記録を読み進める。
⸻
通常運転時。
冷却系統による炉心温度管理を行う。
異常発生時。
観測施設との同期による負荷分散を実施する。
⸻
ユリオンの眉が寄る。
「観測施設との同期……」
「リューデン観測所ですね」
カイが言った。
「ああ」
ユリオンは苦々しく頷く。
「本来なら精製所単独で抱えきれない負荷を、観測所が調整していたんだろう」
「だが今は、それが無い」
重い沈黙が落ちる。
観測所崩壊の影響は、思った以上に大きかった。
イリスが再び声を上げる。
「追加記録を検出」
新たな文字列が浮かび上がる。
⸻
非常時対応手順。
炉心融解危険域到達時。
緊急冷却手順を実施せよ。
⸻
ユリオンの表情が変わった。
「……あったか」
「何です?」
カイが尋ねる。
ユリオンは記録を読み進める。
そして。
小さく息を吐いた。
「古代人も馬鹿じゃなかったということだ」
「最終安全装置がある」
全員が顔を上げる。
「本来の冷却設備が失われた場合」
「外部冷却系統へ切り替える仕組みだ」
「外部冷却系統……」
リリアが呟く。
「つまり非常用ってことですか?」
「そういうことだ」
ユリオンは頷いた。
「炉心融解なんて事態は、古代人も当然想定していた」
「だから対策も用意していた」
マックスの顔が少し明るくなる。
「じゃあ助かるじゃねぇか!」
だが。
ユリオンは首を横に振った。
「問題は、その安全装置も動いていないことだ」
空気が凍り付く。
「……何故です?」
カイが尋ねる。
ユリオンは壁面の一文を指差した。
⸻
緊急冷却施設起動権限。
観測施設管理者のみ。
⸻
沈黙。
誰も言葉を発さない。
リューデン観測所。
既に崩壊した施設の名が、再び目の前へ現れた。
「なるほどな……」
ユリオンが低く呟く。
「安全装置そのものは生きている」
「だが起動権限が失われている」
「だから誰も触れない」
カイも理解した。
本来なら観測所から起動するはずだったのだ。
しかし観測所は失われた。
ならば。
イリスが静かに言う。
「……制御鍵」
全員の視線が集まる。
「リューデン観測所で回収した制御鍵」
「権限代替の可能性があります」
静寂。
そして。
カイはゆっくり頷いた。
「試してみる価値はあります」
ユリオンも同意した。
「他に手は無いな」
観測所で得たものが。
ここへ繋がる。
誰もがそう感じていた。
だが。
問題はまだ残っている。
ユリオンは再び記録へ目を落とした。
そして。
その表情が険しくなる。
「どうしました?」
カイが尋ねる。
ユリオンは無言で壁面を指差した。
そこには冷却装置起動時の必要流量が記されていた。
しばらく計算していたカイも、やがて表情を曇らせる。
「……足りませんね」
「ああ」
ユリオンは頷いた。
「全く足りん」
マックスが嫌な予感を覚えた。
「どれくらいだ?」
一拍。
「今の導水量の二十倍だ」
絶句。
誰も言葉を発せない。
外の導水路を回復させても足りない。
ビーバーダムを撤去しても足りない。
圧倒的に足りない。
その時だった。
ゴォォォォォン――
重い振動が施設全体を揺らした。
炉心が再び脈動する。
先程よりも強く。
先程よりも激しく。
まるで。
残された時間を削るように。
青白い光が、巨大な炉心の奥で不気味に揺れていた。
※お知らせ
6/1(日)22時より、
『【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う』
第三部を開始予定です。
完結後もたくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございました。
いよいよ第三部スタートです。
また面倒事に巻き込まれるユージたちを、温かく見守っていただければ幸いです。
なお、明日は『左遷された辺境のギルド長』はお休みします。
その代わり、おっさんが頑張ります。




