第八十話 炉心融解
導水路の閉塞除去は、すぐに始まった。
巨大ビーバーたちは最初こそ抵抗したものの、マックスとヴァレリアが丸太を撤去し始めると、危険を察したのか上流側へ逃げていった。
「おらぁっ!」
マックスが丸太を蹴り飛ばす。
轟音と共に、水が一気に流れ始めた。
濁流が導水路を走る。
だが。
イリスはすぐに首を横へ振った。
「……精製炉出力、低下せず」
「反応継続中です」
ユリオンが顔をしかめる。
「やはり内部側か」
カイも頷いた。
「冷却不足だけではありません」
「制御系統そのものにも異常が起きています」
再び。
ゴォォォォン――
低い振動音。
地面が震える。
青白い光が山肌を脈打った。
今度は先ほどより明らかに強い。
マックスが嫌そうな顔をした。
「……なんか悪化してねぇか?」
「してるな」
ユリオンは即答した。
「導水路を戻しても出力が下がらん」
「内部制御が暴走状態に入っている可能性が高い」
カイはすぐに判断を下す。
「調査班を分けます」
「グレンさんとヴァレリアさんは、外部側の導水路確認を」
「さらなる閉塞箇所が無いか調べてください」
二人は頷いた。
「了解した」
「任せろ」
「マックスさん、リリアさん、エルナさん、イリス」
「内部へ向かいます」
ユリオンが付け加える。
「おそらく中枢制御室がある」
「そこへ辿り着ければ、出力異常の原因も見えるはずだ」
一行は、旧ヴァルム精製所の正面外壁へ向かった。
近づくほど、その巨大さが実感として圧し掛かってくる。
壁面を走る導力管は、青白く脈動していた。
まるで巨大生物の血管だった。
「生きてるみてぇだな……」
マックスが呟く。
誰も否定しない。
入口ゲートは半ば開いたままだった。
数百年、あるいはそれ以上。
人の管理を失ってなお、施設は稼働を続けている。
それだけで異様だった。
内部へ足を踏み入れた瞬間。
熱気が全身を包んだ。
「……暑い」
リリアが顔をしかめる。
空気そのものが熱を帯びている。
通路の両脇では巨大導力管が脈動し、低い駆動音が絶え間なく響いていた。
ゴウン……ゴウン……
まるで巨大な心臓音だった。
イリスが測定器を確認する。
「内部魔力濃度上昇」
「安全基準値を超過しています」
「長時間滞在は危険かもしれません」
ユリオンが低く呟く。
「……ここまで悪化していたか」
カイは周囲を観察しながら進んだ。
壁面には古代文字。
導力計器。
停止したままの制御盤。
だが、その一方で。
一部設備だけは今も稼働している。
しかも。
明らかに過負荷状態だった。
導力管の接続部から、時折火花のような青白い光が漏れている。
「なぁ」
マックスが不安そうに聞く。
「これ、ほんと大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないな」
ユリオンは即答した。
「かなり危険な状態だ」
さらに奥へ進む。
途中、巨大な冷却槽らしき空間も見えた。
だが。
その大半は空だった。
わずかに残った水が、煮え立つように泡立っている。
カイの表情が険しくなる。
「冷却系統の機能不全……」
「想像以上ですね」
ユリオンも頷いた。
「観測所喪失による同期異常も起きているんだろう」
「出力制御が噛み合っていない」
その時だった。
イリスが突然立ち止まる。
「……前方、高出力反応」
次の瞬間。
ゴォォォォォン――!!
施設全体が大きく震えた。
警告音のような低音が通路中へ響き渡る。
青白い光が、一気に強く脈動した。
マックスが思わず叫ぶ。
「うおっ!?」
ユリオンの顔色が変わる。
「まずい……!」
「炉心出力が危険域へ入ってる!」
カイは即座に前方を見据えた。
「急ぎます」
「中枢制御室を探してください」
通路の先。
巨大な円筒空間が見えてきた。
そして。
一行は言葉を失う。
そこにあったのは――
巨大な光だった。
青白く輝く巨大炉心。
脈動する魔力結晶群。
無数の導力管。
そして。
中心部で暴走する、膨大な魔力。
まるで山の中に、青い太陽が埋め込まれているようだった。
ユリオンが呆然と呟く。
「……これが」
「旧ヴァルム精製所の炉心か……」
イリスが測定器を見たまま告げる。
「炉心出力、臨界領域へ接近」
「このままでは――」
一拍。
「炉心融解が発生します」
静寂が落ちた。
マックスが乾いた声で聞く。
「……ろしんゆうかいって?」
ユリオンが青ざめた顔のまま答える。
「精製炉中心部が制御不能になる」
「最悪の場合、高濃度魔素が周辺地脈へ流出する」
「東部一帯が汚染されるだろうな」
リリアの表情が凍る。
「それって……」
「国が一つ死ぬ」
ユリオンは静かに言った。
「その程度には、まずい」
青い光が、再び脈動した。
まるで。
限界寸前の心臓のように。




