第七十九話 導水路
翌朝。
カイたちは村を出て、旧ヴァルム精製所の外周調査を開始していた。
朝だというのに、山の空気はどこか温い。
谷間を流れる川からは白い湯気が立ち上っている。
「ほんとに温泉みてぇだな」
マックスが川面を覗き込む。
湯気の向こうで、水はゆっくりと流れていた。
カイは膝をつき、川へ手を入れる。
「……熱いですね」
普通の川ではあり得ない温度だった。
ユリオンも腕を組む。
「精製炉の排熱だろうな」
「問題は、その熱量が増え続けていることか」
イリスが測定器へ視線を落とす。
「水温、過去記録値を大きく上回っています」
「周辺魔力濃度も上昇傾向です」
カイは川上を見上げた。
温水は、さらに上流――精製所側から流れてきている。
「まずは水の流れを追いましょう」
「冷却系統を確認します」
ユリオンも頷く。
「本来、これほど大規模な施設なら大量の冷却水が必要だったはずだ」
「どこかで異常が起きている可能性が高い」
一行は川沿いを進み始める。
しばらく歩くと、自然の川とは明らかに違う構造が現れた。
巨大な石造水路。
山肌へ沿うように築かれた人工導水路だった。
「これか……」
グレンが低く呟く。
水路幅は馬車二台分以上ある。
古代文明時代、この施設へどれほど大量の水が必要だったのか想像もつかない。
ヴァレリアが壁面へ触れた。
「頑丈だな」
「ああ」
ユリオンが壁面を見上げる。
「古代文明製だ」
「下手な現代建築より、遥かに質がいい」
だが。
カイは導水路を見つめながら、静かに眉を寄せた。
「……妙ですね」
「何がだ?」
マックスが聞き返す。
「水量が少ない」
カイは即答した。
「この規模の施設なら、もっと大量の水が流れていてもおかしくありません」
ユリオンも周囲を見回す。
「確かに少ないな」
「流速も弱い」
カイは立ち上がった。
「上流側を確認しましょう」
さらに山道を登る。
やがて。
一行は、導水路が大きく湾曲する地点へ辿り着いた。
そこで全員が足を止める。
「…………」
「…………」
巨大導水路が。
完全に塞がっていた。
大量の木材。
泥。
枝。
石。
それらが複雑に絡み合い、巨大な堰を形成している。
わずかな隙間からしか水が流れていない。
「なんだこれ……」
マックスが呆然と呟く。
「ダム?」
その時だった。
ガサガサ、と茂みが揺れる。
一同が反射的に身構えた。
現れたのは――
丸太を抱えた巨大ビーバーだった。
「…………」
「…………」
沈黙。
ビーバーも固まる。
丸太を抱えたまま、こちらを見ていた。
マックスがゆっくり口を開く。
「……ビーバー?」
「正確には、温水域に適応した魔獣種だな」
ユリオンが淡々と訂正する。
「温暖化した水域を好む習性がある」
ビーバーは警戒する様子もなく、再び木材を運び始めた。
どうやら完全に生活圏らしい。
マックスが頭を抱える。
「俺たち、命懸けでここまで来たんだぞ……」
「原因ビーバーかよ……」
「いえ」
カイは静かに導水路内壁を観察していた。
「これだけが原因ではありませんね」
「堆積層を見る限り、流量低下自体はかなり前から始まっています」
壁面には青白い結晶が幾重にも沈着している。
長い年月をかけて堆積したものだろう。
ユリオンも頷いた。
「施設側の劣化も限界だったということか」
「ええ」
カイは上流を見上げた。
「おそらく、彼らがいなくても遅かれ早かれ閉塞していたでしょう」
「長年積み重なっていた問題です」
一瞬、沈黙。
その後。
マックスがビーバーを指差して叫んだ。
「でも最後の一押ししたの、やっぱお前じゃねぇかよ!!」
巨大ビーバーは、きょとんとした顔で枝を抱えていた。
リリアが思わず吹き出す。
エルナも小さく肩を震わせていた。
だが。
次の瞬間。
ゴォォォォォン――!!
山全体を震わせるような重低音が響いた。
空気が揺れる。
同時に。
遥か上方。
旧ヴァルム精製所の外壁を流れていた青白い光が、一瞬だけ激しく脈動した。
イリスが即座に測定器を確認する。
「精製炉出力上昇!」
「内部反応、急増しています!」
ユリオンの顔色が変わった。
「まずい……!」
「冷却が限界に近い!」
カイは即座に判断する。
「まず導水路の流れを回復させます」
「同時に、内部調査班を編成しましょう」
青い光は、今も山肌を脈打っている。
静かに。
だが確実に。
限界へ向かいながら。




