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左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした  作者: アズマユージ
第二章 古代防衛機構編

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第七十八話 静かな異変

 東へ向かう街道を進み始めて、五日目。


 一行は丘陵地帯を越え、その先に広がる光景へ足を止めた。


 巨大だった。


 山肌へ張り付くように築かれた、古代の巨大施設。


 幾重にも連なる外壁。


 斜面を這う太い導力管。


 空へ伸びる塔状構造物。


 そして。


 施設全体を流れる、青白い光。


 脈動するように、ゆっくりと明滅している。


「……でけぇな」


 マックスが素直に呟く。


 誰も否定しなかった。


 旧アルトス監視塔も巨大だった。


 旧リューデン観測所も異様だった。


 だが。


 目の前の施設は規模そのものが違う。


 まるで、一つの都市だった。


「旧ヴァルム精製所」


 ユリオンが静かに言う。


「古代防衛網へ魔力を供給していた施設だ」


 低い振動音が、地面を通して微かに伝わってくる。


 施設は今も確かに動いていた。


 だが。


 問題はそこではない。


 カイが静かに口を開く。


「ユリオンさん」


「私はやはり、最近の古代遺跡の異常には大きな関連性があると思います」


「まあ、その可能性は高いだろうな」


 ユリオンも施設から視線を離さない。


「旧アルトス監視塔は、防衛施設だった」


「旧リューデン観測所は、観測と同期管理」


「そうなると――」


 一拍。


「旧ヴァルム精製所は、一体何を担っているのか、という話になる」


「ええ」


 カイは頷く。


「それを解明することこそ、今回の調査目的です」


「発光現象は、その結果として起きているに過ぎない可能性が高い」


 ユリオンが腕を組んだ。


「つまり、症状ではなく原因を探れということか」


「はい」


 カイは静かに施設を見上げる。


「問題は、あの施設が今も何を続けているのかです」


 誰も言葉を発しなかった。


 青い光は、今も静かに脈打っている。


 まるで巨大な何かが、眠りながら呼吸しているようだった。


 その日の夕方。


 一行は精製所近隣の小村へ立ち寄っていた。


 街道沿いに築かれた宿場村らしく、人の出入りは多い。


 商人。


 旅人。


 湯治客。


 村の中央には、小さな温泉宿まであった。


「……温泉?」


 リリアが目を瞬かせる。


 宿の主人が笑った。


「おう」


「この辺じゃ昔から有名なんだ」


「精製所の山から流れてくる温水でな」


 その言葉に、ユリオンが反応する。


「温水?」


「ああ」


 主人は頷いた。


「昔っから山の上の川が温かいんだよ」


「おかげで村も潤ってる」


 マックスが感心したように声を漏らす。


「へぇ」


「遺跡の近くなのに、案外いい場所じゃねぇか」


「まあ、最近はそうでもないがな」


 主人が苦笑した。


「最近、湯が熱くなりすぎてるんだ」


「前は丁度良かったんだが、今じゃ差し湯しねぇと入れねぇ」


 カイとユリオンが顔を見合わせる。


「熱く?」


「ああ」


 主人は頷いた。


「最初は皆、効能が上がったとか言って喜んでたんだけどな」


「最近は流石に熱すぎる」


「子供なんか、とても入れねぇよ」


 その後。


 食事を終えたマックスとグレンは、さっそく温泉へ向かっていた。


「おぉ……!」


 マックスが目を輝かせる。


「旅先の温泉って最高だよな!」


「騒ぐなよ」


 グレンが呆れながら湯へ足を入れる。


 次の瞬間。


「熱ッッッ!?」


 マックスが飛び上がった。


 湯船から盛大に湯が跳ねる。


「なんだこれ!?」


「煮えてんじゃねぇのか!?」


「騒ぐな」


 グレンは顔をしかめながらも湯に浸かる。


「……確かに熱いが、入れないほどじゃない」


「いや絶対おかしいだろこれ!」


 マックスは湯船の縁へ避難していた。


 だが。


 数秒後、負けず嫌いが発動する。


「……上等だ」


「勝負しようぜグレン」


「何のだ」


「熱さ我慢競争」


「馬鹿かお前は」


 ――数分後。


 宿の休憩処。


「…………」


「…………」


 マックスとグレンは、並んで長椅子へ沈んでいた。


 二人とも顔が真っ赤である。


 完全にのぼせていた。


 マックスが虚ろな目で天井を見る。


「……熱かった……」


「だから言っただろう」


 グレンも同じくらい危ない顔色だった。


「お前が勝負とか言い出すからだ……」


「いや、お前も普通に最後まで浸かってたじゃねぇか……」


 グレンが、ふらついたまま低く呟く。


「……小僧に負けるわけにはいかん」


 一瞬、沈黙。


 次の瞬間。


 リリアが吹き出した。


「張り合ってたんですか!?」


「大人気ないですね……」


 エルナも小さく肩を震わせている。


 ヴァレリアは呆れたように腕を組んだ。


「馬鹿だな」


「うるせぇ……」


 マックスはぐったりしたまま反論した。


「でもあれ絶対熱すぎるって……」


 その時。


 宿の女将が苦笑しながら桶を運んでくる。


「最近ほんと熱いんだよ」


「前はもっと入りやすかったんだけどねぇ」


 カイとユリオンの視線が自然と交わる。


 ――やはり。


 異常は確実に広がっている。


 その夜。


 宿の一室。


 机の上には周辺地図が広げられていた。


「温泉温度の上昇……」


 ユリオンが低く呟く。


「精製炉側の排熱増加か」


「可能性は高いですね」


 カイも頷いた。


「本来なら、冷却水によって熱は一定に保たれていたはずです」


「それが崩れ始めている」


 ユリオンは地図上の川筋へ指を走らせる。


「問題は原因だな」


「精製炉出力上昇か」


「あるいは冷却機構側か」


「後者かもしれません」


 カイが静かに言った。


「冷却水路が長期間放置されていた場合、堆積物による流量低下が起きていても不思議ではありません」


 ユリオンが顔を上げる。


「……なるほど」


「水量不足で冷却効率が落ちている可能性か」


「ええ」


 カイは頷いた。


「そして余剰熱が、温泉側へ流れている」


 その瞬間。


 ゴォォォォン――


 低い振動音が響いた。


 窓が微かに震える。


 二人は同時に東の山を見る。


 夜空の向こう。


 山肌を青白い光がゆっくりと脈打っていた。


 静かだった。


 だが。


 だからこそ、不気味だった。


 ユリオンが低く呟く。


「……限界が近いのかもしれんな」


 カイは答えなかった。


 だが。


 胸の奥に、嫌な予感だけが静かに広がっていた。

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