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左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした  作者: アズマユージ
第二章 古代防衛機構編

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第七十六話 旧ヴァルム精製所

 観測所調査から三日後。


 辺境ギルド会議室には、朝から重い空気が漂っていた。


 机の上には報告書が積み上がり、その一枚一枚に目を通しながら、カイは静かに眉を寄せる。


「増えていますね」


 向かいに座るセリーヌが頷いた。


「はい」


「ここ三日で、北東方面の異常報告が急増しています」


 カイが顔を上げる。


「異常報告?」


「発光現象です」


 セリーヌは資料をめくる。


「夜間に空が光った」


「森の奥で青白い光を見た」


「地面から光が漏れていた」


「そういった報告が複数届いています」


 カイは資料を受け取り、目を通した。


 どれも以前なら単なる噂話として片付けられていたかもしれない。


 だが今は違う。


 旧リューデン観測所で確認された現象と酷似していた。


 その時だった。


 会議室の扉が叩かれる。


「失礼します」


 オスカーが封書を持って入ってきた。


「辺境伯様から急ぎの書簡です」


 室内の空気が変わる。


 カイは封書を受け取り、封蝋を確認した。


 ローエンベルク辺境伯家の印。


 すぐに開封する。


 数行読んだところで、その表情が僅かに引き締まった。


「どうしました?」


 セリーヌが尋ねる。


 カイは書簡を机へ置く。


「新たな異常です」


「古代施設で問題が発生したそうです」


 その瞬間。


 再び扉が開いた。


「その話なら、俺も聞いた」


 入ってきたのはユリオンだった。


 その後ろには、いつも通り無表情なイリスが続いている。


「辺境伯から連絡が来た」


 ユリオンは椅子へ腰掛ける。


「どうやら次の現場が決まったらしい」


 カイが書簡を差し出した。


 ユリオンは目を通し、小さく息を吐く。


「……旧ヴァルム精製所か」


 その名前に、マックスが首を傾げた。


 いつの間にか会議室へ入ってきていたらしい。


「なんだそれ?」


 続いてグレンたちも姿を見せる。


「聞いたことねえな」


 ユリオンが顔を上げる。


「旧ヴァルム精製所だ」


「古代防衛網の魔力供給施設だな」


「いや、だから知らねえって」


 マックスが眉をひそめる。


「お前ら研究者は、いちいち難しい名前を使うな」


 カイが苦笑した。


「正式名称ですよ」


「正式名称?」


「はい」


 カイは説明する。


「私たちが第一部で調査した“塔”も、正式には旧アルトス監視塔と呼ばれています」


 一瞬。


 室内が静かになった。


「……は?」


 マックスが固まる。


「塔に名前あったのか?」


「あります」


「初耳なんだが?」


「普通は塔としか呼びませんから」


 グレンが苦笑する。


「俺も知らなかったな」


 ユリオンは肩をすくめた。


「研究資料にはそう記載されている」


「旧アルトス監視塔」


「旧リューデン観測所」


「旧ヴァルム精製所」


「全て同じ系統の施設だ」


 マックスは納得したような、していないような顔をした。


「へぇ……」


「なんか急に大層になったな」


「もっとも」


 カイが続ける。


「それも現在の呼称に過ぎません」


「古代文明当時の正式名称は、別に存在したようですが」


「そっちは分かってるのか?」


 マックスが尋ねる。


 ユリオンが首を振った。


「まだ解読途中だ」


「古代文字の断片しか残っていない」


「残念ながらな」


「なんだよ」


「じゃあ結局分かってねえじゃねえか」


「だから調査するんだ」


 ユリオンは当然のように答えた。


 マックスが盛大にため息を吐く。


 周囲から小さな笑い声が漏れた。


 だが。


 カイは改めて書簡へ目を落とす。


「問題はそこではありません」


 空気が引き締まる。


「旧ヴァルム精製所で出力異常が確認されたそうです」


「出力異常?」


 リリアが聞き返す。


 ユリオンが頷いた。


「あそこは地脈から魔力を抽出し、利用可能な形へ精製して各施設へ供給する役割を担っていた」


「言わば、防衛網の発電所だ」


「そこが不安定になれば?」


 ヴァレリアの問い。


 ユリオンは腕を組む。


「供給不足」


「出力変動」


「周辺魔力濃度の異常上昇」


「最悪の場合、魔力暴走だ」


 セリーヌの顔が強張る。


「かなり危険なのでは……」


「危険だな」


 ユリオンはあっさり答えた。


 その横で、イリスが記録板を確認していた。


「制御鍵解析結果とも一致しています」


「東部方面の同期誤差は拡大傾向です」


「加えて――」


 一瞬だけ視線を落とす。


「ここ三日間で確認された発光現象件数は、通常月間発生数のおよそ半数に達しています」


 室内が静まり返った。


 マックスが顔を引きつらせる。


「……三日でか?」


「はい」


 イリスは淡々と答えた。


「異常速度です」


 ユリオンが低く呟く。


「……早すぎるな」


 旧リューデン観測所を失った影響が、予想以上の速度で広がっている。


 そんな嫌な確信があった。


 カイは静かに立ち上がる。


「出発準備を進めましょう」


 誰も反対しなかった。


 ユリオンが苦笑する。


「休暇は終わりだな」


「最初からありませんでしたよ」


 即答だった。


 一瞬遅れて、室内に笑いが広がる。


 だがその笑いの裏で。


 王国防衛網は静かに軋み始めていた。


 次なる調査先――旧ヴァルム精製所。


 そこで待つ異常が何なのか。


 まだ誰も知らなかった。


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