第七十四話 帰還報告
辺境ギルドへ戻った時には、空はすっかり朝焼けに染まっていた。
門前では、待機していた職員たちが慌ただしく駆け寄ってくる。
「ギルド長!」
「ご無事でしたか!」
セリーヌも足早に近づいてきた。
その表情に、露骨な安堵が浮かぶ。
「皆さん……!」
カイは小さく頷いた。
「負傷者はいますが、全員生還しました」
その言葉に、周囲の空気が一気に緩む。
オスカーが胸を撫で下ろした。
「いや本当に良かったですよ……」
「途中から観測所方面の魔力反応がおかしくなって、こっちもかなり騒ぎになってたんですから」
ユリオンが疲れ切った顔で呟く。
「騒ぎ程度で済んで良かったと思え」
「あと少し遅ければ、山ごと吹き飛んでいた可能性もある」
職員たちの顔が引きつった。
「えぇ……」
マックスが苦笑する。
「まあ、だいたいそんな感じだったな」
その後、一行は最低限の応急処置と休息を取った後、辺境伯邸へ呼び出された。
応接室。
重厚な空気。
アレク――ローエンベルク辺境伯は、まず静かに一行を見渡した。
そして。
「まずは礼を言わせてくれ」
低い声だった。
「何はともあれ、全員無事に帰還できたことが一番だ」
カイが短く答える。
「任務ですから」
「それでもだ」
辺境伯は静かに続けた。
「今回の件は、誰一人戻れなくても不思議ではなかった」
「よく戻った」
その言葉に、室内の空気がわずかに緩む。
辺境伯は一度目を閉じ、そして表情を引き締めた。
「……では、報告を聞こう」
カイたちは、観測所内部で起きた出来事を順に説明していく。
同期不全。
暴走した防衛機構。
黒衣の人物たち。
そして、施設崩壊。
全てを聞き終えた後。
辺境伯は、ゆっくりと目を閉じた。
「……やはり、そこまで進行していたか」
低い声だった。
その響きには、重い疲労が滲んでいた。
カイが静かに続ける。
「リューデン観測所は崩壊しました」
「国家防衛網への影響も小さくないと思われます」
「ああ」
辺境伯は短く頷く。
「リューデン観測所は、防衛網全体を観測し、各施設の状態を調整するための拠点だった可能性が高い」
「観測所という名の通り、ですか」
カイが言うと、辺境伯は頷いた。
「各施設の異常を検知し、同期を取り、負荷の偏りを調整する」
「言わば、防衛網全体の監視中枢だ」
室内に重い沈黙が落ちる。
「それを失った以上、各施設の異常検知は遅れる」
「同期精度も落ちる」
「負荷分散の均衡も崩れる」
一拍。
「放置すれば、防衛網そのものが徐々に暴走し始める可能性がある」
マックスが小さく呻いた。
「……思った以上にまずいな」
「まずい」
ユリオンが短く答える。
「だが、収穫もあった」
辺境伯の視線が向く。
「今回の件で、回路連結構造と同期方式の一部が確認できています」
「さらに――」
ユリオンは、机上へ黒銀色の制御鍵を置いた。
朝光を受け、表面の古代文字が淡く輝く。
「実物の制御媒体まで手に入った」
辺境伯の目が、僅かに細められる。
「……それが」
「はい」
ユリオンの声には、研究者特有の熱が戻っていた。
「これを解析できれば、防衛網制御の精度を引き上げられる可能性があります」
「少なくとも、今までのような手探り状態からは脱却できる」
イリスも静かに補足する。
「内部術式は現在も微弱動作を継続しています」
「完全停止していません」
辺境伯は制御鍵を見つめたまま、しばらく沈黙していた。
やがて。
「……痛手ではある」
静かな声。
「だが、完全な後退でもないか」
その言葉に、室内の空気が僅かに緩む。
だが。
辺境伯は続けた。
「カイ・アークライト」
「ユリオン・マクスウェル」
二人が視線を向ける。
「お前たちは残れ」
他の者たちが退室した後。
応接室には、辺境伯とカイ、ユリオンだけが残った。
辺境伯は窓の外を見たまま、静かに口を開く。
「今回崩壊したリューデン観測所は、防衛網全体から見れば一機能に過ぎん」
ユリオンが小さく息を吐く。
「……まあ、そうだろうな」
「回路構造の仕組みからしても、単独施設では無理がある」
「負荷分散」
「同期制御」
「出力循環――」
「あれは明らかに、複数施設連動を前提に作られている」
辺境伯は静かに頷いた。
「第一部でお前たちが停止した塔」
「あれは、防衛機構の制御拠点だった可能性が高い」
「迎撃、兵装管理、緊急防衛」
「いわば、武装側の施設だ」
カイが目を細める。
「そして、リューデン観測所は監視と調整」
「ああ」
辺境伯は頷く。
「つまり、役割が違う」
「同じ防衛網に属していても、各施設は同じ機能を持っているわけではない」
ユリオンが腕を組む。
「観測」
「制御」
「同期」
「出力循環」
「結界維持」
「……なるほど」
低く呟く。
「思ったより厄介だな」
「その通りだ」
辺境伯は振り返った。
「今後、他施設の調査も進める必要がある」
「各施設の異常を確認し、必要に応じて調整を行う」
「同時に、一刻も早く観測所の機能を取り戻さねばならん」
一拍。
「カイ」
「ユリオン」
「お前たちが中心となれ」
「防衛網の全容解明に努めてほしい」
静かな沈黙。
やがて。
「了解しました」
カイが答える。
ユリオンも苦笑混じりに肩を竦めた。
「断れる空気じゃないな」
「最初からそのつもりだろう」
辺境伯は、その問いに答えるかわりに、僅かに口元を緩め、肩をすくめて言った。
「頼んだぞ」




