第七十三話 夜明け
轟音を背に、一行は崩落する通路を駆け抜けていた。
天井が落ちる。
壁面が裂ける。
背後では、制御核の暴走音がなお響き続けていた。
「急げ!」
グレンが先導する。
崩れた瓦礫を飛び越え、狭い通路を抜ける。
マックスは黒衣の人物を担いだまま走っていた。
「おいおい……!」
「最後の最後で重労働かよ!」
ぼやきながらも、足は止めない。
その後方で、ヴァレリアが振り返る。
暗い通路の奥。
まだ赤い眼光が揺れていた。
「しつこいな……!」
リリアが即座に魔法陣を展開する。
「通路ごと塞ぎます!」
爆炎。
轟音。
通路後方が崩落し、追撃していた銀色機体群が瓦礫へ埋もれる。
ユリオンが荒く息を吐いた。
「止まったか……?」
「完全ではありません」
イリスが即答する。
「ですが、追跡速度は大きく低下しています」
「十分だ!」
さらに先へ。
冷たい風が吹き込んできた。
出口が近い。
グレンが叫ぶ。
「見えた!」
次の瞬間。
一行は、崩れかけた観測所外壁を飛び出した。
冷気。
山の空気。
そして。
背後で、巨大な崩落音が響いた。
ゴォォォォン――!!
旧リューデン観測所が、大きく沈み込む。
外壁が崩れ、山肌へ土煙が広がっていく。
青白い光が、亀裂の奥で何度も明滅していた。
マックスがその場へ座り込む。
「はぁ……ッ」
「マジで死ぬかと思った……」
エルナも障壁を解除し、大きく息を吐く。
「……心臓に悪すぎます」
リリアは無言のまま崩落する観測所を見つめていた。
ヴァレリアが剣を収める。
「ひとまず、生き残ったな」
誰も否定しなかった。
しばらくは、崩落音だけが響いていた。
やがて。
カイがふと空を見上げる。
東の空が、僅かに白み始めていた。
長い夜が終わろうとしている。
山の稜線の向こうから、淡い朝光が差し込み始めていた。
その光が、崩れ落ちた観測所跡を静かに照らしていく。
ユリオンが疲れたように地面へ腰を下ろした。
「……痛すぎるな」
「中継施設を丸ごと一つ失った」
カイが静かに問う。
「国家防衛網への影響は?」
「小さくはない」
ユリオンは崩落した観測所跡を睨んだまま答える。
「間違いなく防衛精度は落ちる」
「周辺領域の負荷分散も崩れるだろう」
マックスが顔をしかめた。
「つまり、かなりヤバいってことか」
「ああ」
ユリオンは短く頷く。
「正直、想定以上だ」
だが。
そこで彼は、小さく息を吐いた。
「……ただ、収穫もあった」
全員の視線が向く。
「今回ので見えたんだ」
「回路連結構造」
「同期方式」
「出力分散の流れ」
ユリオンの目には、疲労と同時に研究者特有の熱が戻り始めていた。
「今までの解析は、ほとんど推測だった」
「だが今回は違う」
「実際に中枢制御を見た」
「防衛機構との同期も確認できた」
イリスも静かに続ける。
「記録データ量は過去最大です」
「同期波形も相当数取得できています」
ユリオンが頷く。
「時間はかかる」
「だが……修復そのものは不可能じゃないかもしれん」
その言葉に、張り詰めていた空気が僅かに緩む。
完全な絶望ではない。
まだ道は残っている。
その時だった。
マックスが、ふと眉を寄せる。
「……ん?」
肩が軽い。
反射的に振り返る。
そして。
「おい」
周囲を見回す。
「黒いの、どこ行った?」
空気が止まった。
カイも即座に視線を巡らせる。
だが。
いない。
あれほど限界状態だった黒衣の人物の姿が、どこにも見当たらなかった。
ヴァレリアが眉をひそめる。
「いつ消えた?」
「分からん」
グレンも周囲を警戒する。
「気配も残ってねえ」
エルナが小さく息を呑む。
「まさか、崩落に……?」
「……いや」
カイが静かに否定する。
もし巻き込まれていたなら、気づかないはずがない。
あの状態で、自力で動けたとも思えない。
だが現実として、姿は消えている。
その時だった。
イリスが、足元へ視線を落とした。
「……これは」
全員の視線が向く。
岩場の上。
そこに、小さな金属片が落ちていた。
細長い。
黒銀色の奇妙な材質。
表面には、複雑な古代文字が刻まれている。
ユリオンの目が見開かれた。
「……制御鍵」
黒衣の人物が、自律兵器へ突き立てていたものだった。
カイは静かにそれを拾い上げる。
ひやりと冷たい。
だが。
その奥で、微かに赤い光が脈動していた。
ユリオンが、食い入るように制御鍵を見つめる。
「……信じられん」
「実物の制御媒体だぞ、これ」
イリスも測定器を向ける。
「内部術式、現在も微弱動作を確認」
「完全停止していません」
ユリオンの声に、わずかな興奮が混じる。
「もしこれを解析できれば――」
そこで一度言葉を切る。
そして。
「同期制御精度そのものを引き上げられる可能性がある」
「防衛網修復の難度が変わるぞ……」
崩れ落ちた観測所。
失われた中継施設。
だが。
その代わりに、一行は確かに何かを持ち帰っていた。
東の空から差し込む朝日が、制御鍵の赤い光を静かに照らしていた。




