第六十一話 第一調査地点
会議室に広げられた地図を前に、重い沈黙が続いていた。
王国北部一帯。
その各所に、赤い印が打たれている。
「これ全部が、防衛設備か」
グレンが低く呟く。
「正確には中継施設だ」
ユリオンが答えた。
「塔のような迎撃拠点もあるが、多くは結界維持用の補助設備だな」
「神殿跡や地下遺跡に偽装されている場合が多い」
マックスが地図を覗き込む。
「……つまり、これ全部回るのか?」
「最終的にはな」
ユリオンは淡々と言った。
「だが優先順位はある」
そう言って、北部地図の一角を指先で叩く。
辺境都市から北西。
山岳地帯寄り。
「まずはここだ」
「旧リューデン観測所跡」
セリーヌが資料を確認する。
「三十年前に放棄された観測施設……となっていますね」
「あくまで表向きだ」
ユリオンが言う。
「実際には防衛網中継施設の一つだ」
「現在、魔力循環の遅延値が最も悪化している」
カイは地図へ視線を落とした。
「接続規模は」
「北部中継群の中核に近い」
「止まれば周辺出力へ影響が出る」
「逆に言えば」
一拍。
「ここを安定化できれば、北部全体の負荷を多少軽減できる」
合理的だ。
カイはそう判断した。
「戦力は?」
「辺境軍が周辺警戒を担当する」
ユリオンは資料をめくる。
「だが内部調査は少人数になる」
「大規模投入は危険すぎる」
「理由は」
「防衛機構が完全停止していない可能性がある」
その場の空気がわずかに張る。
塔の記憶が蘇る。
暴走した迎撃機構。
無差別攻撃。
崩壊寸前の内部構造。
「また、ああなる可能性があるってことか」
マックスが顔をしかめる。
「可能性はある」
ユリオンは否定しない。
「だからこそ現場判断が必要になる」
そう言って、初めて真正面からカイを見る。
「レオンハルト局長は、お前をそこ込みで推薦した」
セリーヌが小さく目を見開く。
推薦。
つまり、今回の人選にはレオンハルトの意思が強く入っている。
「中央の研究連中だけでは危険だと?」
カイが問う。
「当然だ」
ユリオンは即答した。
「研究者は理論を見る」
「軍は脅威排除を優先する」
「だが、古代施設はそのどちらだけでも扱えん」
一拍。
「下手に刺激すれば、施設ごと吹き飛ぶ可能性もある」
オスカーが嫌そうな顔をした。
「随分物騒ですね……」
「物騒なんだよ」
ユリオンは疲れたように言う。
「だから今まで誰も深入りしたがらなかった」
その言葉に、カイは静かに考える。
なるほど。
だから辺境伯は、自分を呼んだ。
軍でもなく。
学者でもなく。
現場運用側として。
「調査隊の編成は?」
カイが問う。
ユリオンはすぐ答えた。
「お前」
「助手」
「最低限の護衛」
「そして私とイリスだ」
マックスがすぐに口を開いた。
「護衛なら俺たちが行く」
「天衝を使え」
「予定している」
ユリオンはあっさり頷いた。
「塔攻略経験者は貴重だからな」
マックスは少しだけ拍子抜けした顔をした。
もっと嫌味を言われると思っていたのだろう。
だがユリオンは合理性を優先していた。
「銀牙は?」
グレンが尋ねる。
「現在、中央周辺防衛へ回されている」
ユリオンが答える。
「呼べなくはないが、優先順位の問題だ」
「現状は辺境側主体になる」
カイは小さく頷いた。
妥当な配置だ。
中央も余裕がない。
「出発は」
「明後日」
ユリオンは即答した。
「本来なら明日と言いたいところだが、お前たちにも準備があるだろう」
「助かる」
「その代わり、資料には目を通しておけ」
大量の紙束が机へ置かれる。
マックスが露骨に嫌そうな顔をした。
「うわ……」
「安心しろ」
ユリオンが言う。
「お前向けじゃない」
「おい」
グレンが吹き出しそうになる。
だが、マックスが言い返す前に。
会議室の扉が軽く叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのは、辺境軍の伝令だった。
若い兵士だ。
だが顔色が悪い。
「ローエンベルク辺境伯より急報です」
その瞬間。
室内の空気が変わった。
伝令は、一枚の報告書を差し出す。
「北西山岳地帯にて、魔力流異常を確認」
「旧リューデン観測所周辺です」
ユリオンが舌打ちした。
「早すぎる……」
「被害は?」
カイが問う。
「現時点では周辺魔物の活性化のみ」
「ただし」
兵士が言葉を詰まらせる。
「遺跡周辺で、“青い発光現象”を確認したとの報告があります」
その言葉に。
ユリオンの表情が初めて変わった。
苛立ちでも、皮肉でもない。
明確な緊張。
「……まさか」
小さく呟く。
カイはその反応を見逃さなかった。
「心当たりがあるのか」
ユリオンは数秒黙った後。
静かに答えた。
「古い記録にだけ存在する現象だ」
「理論上の兆候に過ぎないと思っていた」
「何の兆候だ」
ユリオンはゆっくりと顔を上げた。
「――防衛網の位相崩壊前兆」
室内の空気が、完全に凍り付いた。




