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【完結】左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした  作者: アズマユージ
第一章  辺境ギルド再建編

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第五十五話 新総務局長

 中央ギルド本館、最上階会議室。


 重厚な扉に閉ざされた室内には、普段とは異なる静けさがあった。


 円卓を囲む幹部たちの前に置かれているのは、わずか一枚の書簡。


 辺境ギルド長、カイ・アークライトから届いたものだった。


 文面は簡潔。


 余計な装飾も、言い訳もない。


 ただ事実だけが記されている。


 ――総務局長への昇任要請を辞退する。


 その一文が。


 中央ギルドの常識を、静かに揺るがしていた。


「……断った、だと?」


 総務局次長が、信じられないという表情で呟く。


「中央の総務局長だぞ」


「実質的に組織運営の中枢だ」


「辺境から中央へ戻れる機会でもある」


「それを……断る理由があるのか?」


 困惑が広がる。


 中央ギルドにおいて、昇任要請を辞退する例は極めて少ない。


 まして、左遷された立場からの復帰の機会でもある。


 通常であれば、断る理由など存在しない。


「理由は何と?」


 中央ギルド長が静かに問う。


 秘書室長が、書面を読み上げた。


「仕組みが、まだ自律していない」


「現場の安定を最優先すべき段階にある」


「よって、今ここを離れることは無責任であると考える」


 円卓に、小さなざわめきが走る。


「無責任、とは」


「中央の要職より、辺境の運営を優先するというのか」


「理解しがたいな」


 幹部たちの反応は、戸惑いが多かった。


 中央の価値観において。


 より大きな裁量を持つ位置へ移ることは、当然の選択だ。


 より多くの人間に影響を与えられる。


 より広い範囲を改善できる。


 それが合理的だと考えられている。


 だが、カイの判断は違った。


 目の前の現場。


 構築途中の仕組み。


 それを優先した。


 その発想は、中央の論理とは一致しない。


「……彼らしいな」


 小さく呟いたのは、秘書室長だった。


 誰に向けた言葉でもない。


 ただ事実としての感想。


 中央ギルド長は、しばらく書簡を眺めていた。


 簡潔な文章。


 だが、その裏にある判断の重さは理解できる。


 現場を知る者の文面だった。


「……総務局長の席を空けておくわけにはいかん」


 やがて、静かに言った。


 組織は継続する。


 個人の事情で止めることはできない。


「次の候補を」


 視線が、円卓の一角へ向けられる。


 レオンハルト・クラウス。


 総務局次長。


 今回の監査対応でも中心的役割を担った人物だ。


 まだ若い。


 だが実務能力は高い。


「レオンハルト」


 名を呼ばれ、背筋を伸ばす。


「はい」


「総務局長を任せる」


 静かな決定だった。


 だが意味は重い。


 中央ギルド史上でも、若い部類に入る就任だった。


 幹部の一人が口を開く。


「ギルド長、いささか早計では」


「経験が不足しているとの声もあるでしょう」


 当然の懸念だった。


 中央の要職は、単なる能力だけでは務まらない。


 調整力。


 根回し。


 責任の所在。


 複雑な要素が絡む。


 だが中央ギルド長は表情を変えない。


「ならば、他に適任がいるか」


 短い問い。


 誰も即答できない。


 総務局は、現在もっとも負担の大きい部署だ。


 監査対応の余波も残っている。


 責任だけが集中する状況。


 引き受けたい者は多くない。


「……レオンハルトならば、現状を把握している」


「引き継ぎも円滑だ」


「異論はあるか」


 反対の声は上がらなかった。


 現実的な判断だった。


 レオンハルトは静かに頭を下げる。


「謹んで、お受けいたします」


 簡潔な返答。


 余計な言葉はない。


 中央らしい応答だった。


 ◇


 会議終了後。


 廊下を歩くレオンハルトへ、周囲の視線が向けられる。


 評価は様々だった。


 順当。


 抜擢。


 時期尚早。


 様々な言葉が小さく交わされている。


 だが、レオンハルトは気に留めない。


 自分の立場は理解している。


 今回の人事は、単純な昇進ではない。


 状況の結果だ。


 カイ・アークライトが断った。


 その結果、空席が生じた。


 そこに自分が入った。


 それだけの話だ。


(……あの人らしい)


 胸中で呟く。


 名誉よりも。


 権限よりも。


 現場の安定を選ぶ。


 合理的かどうかは、評価が分かれるだろう。


 だが一貫している。


 それは間違いない。


 総務局長室の前で足を止める。


 新しい名札が取り付けられていた。


 レオンハルト・クラウス。


 短く息を整える。


 扉を開ける。


 室内は整然としていた。


 前任者の痕跡は、ほとんど残っていない。


 必要なものだけがある。


 中央らしい空間だった。


 机の前に立つ。


 椅子を見下ろす。


 責任の象徴。


 座れば、すべての決裁がここへ集まる。


 ゆっくりと腰を下ろす。


 違和感はない。


 だが、軽くもない。


(ここが持ち場か)


 視線を机の上へ落とす。


 最初の決裁書類がすでに届いている。


 業務は待ってくれない。


 ペンを取る。


 署名欄を確認する。


 総務局長。


 肩書は変わった。


 だが、やるべきことは変わらない。


 組織を機能させる。


 現場を止めない。


 秩序を維持する。


 それが中央の役割だ。


 カイとは違う方法で。


 だが同じく、組織のために。


 ◇


 文書整理室。


 かつて総務局長として組織運営の中枢にいた男は、静かに書類へ目を通していた。


 オーワダ・ジョムー。


 降格人事。


 左遷。


 その事実は変わらない。


 だが、彼の表情に焦りはない。


「……現場主義、か」


 小さく呟く。


 カイ・アークライト。


 レオンハルト・クラウス。


 二人の名が頭に浮かぶ。


 どちらも優秀だ。


 それは認めている。


 だが。


「組織は理想だけでは動かん」


 整然と積み上げられた制度。


 責任分担。


 手続き。


 それらは、過去の失敗の蓄積によって形作られている。


 一つの成功例だけで、原則を曲げることは危うい。


「……いずれ分かる」


 感情ではない。


 信念だった。


 彼は立ち上がる。


 肩書は変わった。


 権限も失った。


 だが。


 組織は続く。


 時間は積み重なる。


「さて」


 古い書類を整える。


「文書整理も、重要な仕事だ」


 皮肉ではない。


 事実だった。


 過去を知る者がいなければ、同じ過ちを繰り返す。


 それもまた、組織の現実だった。


 中央では、新しい体制が動き始めている。


 辺境では、静かな日常が続いている。


 二つの場所で。


 それぞれのやり方で。


 物語は、次の局面へ進もうとしていた。


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