王都13
少し顎を上げて、つんとした顔は、意地悪げだ。
アリアルネは妹夫妻二人が出会った頃は王宮勤めで屋敷におらず、その後も多忙を極め、セーヴィル辺境伯が遠方から訪れるわずかな滞在日にも都合が合わず、結局二人の婚姻式まで、あまり語らう機会もなかったらしい。
妹が知らぬ間に結婚して去っていく、と、嘆いていたのを思い出して、声を出して笑ってしまうのをなんとか耐えた。つまり、この切れ者と評判の次期女侯爵は、妹婿に対抗心を見せているのだ。
これを愛らしいと言わず、なにを愛らしいと言えようか。
「どうぞクラークと呼んでください、義姉上。
ええ、少し、様子がわかってきました。あの小神殿に所属する神官のおよその関係図を手に入れました。見習いは含まれませんが」
セーヴィル辺境伯はさらりと言って、食卓の白いリネンの上に紙片を置いた。
十数人の名前が並んでいる。
「所属神官は十三人、一人は小神殿の長を勤める上位神官、もう一人の上位神官は役職は持たないが老齢で最年長です。ほか十一人は正式神官。うち、この老齢の上位神官の弟子にあたるのが、五人です」
「半数が、師弟関係にあるということ? それは、普通なのかしら」
「そもそも、弟子をとる神官は、少数だそうです。見習いとして入った者は、集団の中で学んでいくのが通常で、特定の神官と師弟になることはあまりないとか。つまりは、王都では、異例でしょう」
セジーム家と懇意の若い神官の名は、と確認されて、アリアルネが白い指でひとつの名を示した。
「弟子の一人、というわけですね。先日の緑の使徒と名乗っていた見習い二人は、主にこの弟子二人に細々と使われているそうです」
「ということは、この神官たちも、緑の使徒のように過激な思想を持っているのかしら。正式な神官たちが、魔女などと……?」
証拠はまだありませんが、とセーヴィル辺境伯は静かに答えた。
「小神殿内では、この師弟のみが、過激な思想を持っていると考えています。理由はみっつ。ひとつは、小神殿近くの子供に探りを入れても、精霊という言葉を知る様子の者はいなかったこと」
地域の子供の多くは、小神殿で読み書きを習う。そこで教育に紛れて精霊を貶めることを教わっていれば、問いかけに対して何某かの反応は見られるだろう。
それがなかったということは、小神殿での教育には、精霊についての異端な思想は反映されていないということだ。
「小神殿における地域住民との交流の責任者はあくまで小神殿の長で、この老齢の神官とは別人。老齢の神官はほぼ隠遁して表に出ずにいるようです。
そして、ふたつ目の理由は、弟子たちは日々、地域奉仕のためと出かけていること。
……さきほど、セジーム家にも来るとのことでしたが、そのように、小神殿以外の場所で、人を集めてなにかしら活動をしているようです」
まどろっこしくないかしら? と首を傾げたアリアルネに、フェイリントンは優しく囁いてみた。そろそろこっちを向いて欲しい。
「小神殿だと、万人に開かれている建前なので、誰でも受け入れなければならない。他の場所であれば、参加者を限定できる。秘密の活動を隠すには、断然後者だね」
アリアルネの緑の目が、フェイリントンを見た。それに見入っている間に、セーヴィル辺境伯が紙片を侯爵へ手渡した気配がした。
「フェイリントン卿のおっしゃる通り、彼らの活動は、慎重に隠されている。それが、理由の最後のひとつでもあります。
弟子たちが目的地へ行くのも、まわり道をしたり、途中で外套を着込んだり、店舗を通り抜けたり。参加者も、屋敷内部に限ったり、紹介状が必須だったりすることがわかっています。
緑の使徒と名乗った彼らも、それに同行しています。……そうした秘した集会のやり口を見ていた故に、初めての演説に、周到な用意をすることも可能だったのでしょう。といって、緑の使徒の主張は今までより大きく変貌しているので、どこまで意志を同じくしているのかは不明ですが」
そして何より、と青い目がしばし、瞼に隠れた。
「まだ、すべて推測に過ぎません」
それは、フェイリントンから見ると、決して後ろ向きな態度でもなく、むしろ牙を研いでいる獣を見たような、ヒヤリとした心地がしたのだが。
及び腰と見てとったのか、神官を相手取るのにはどれほどの証拠が必要でしょうかと、アリアルネが猛然と侯爵に尋ねて、相手を苦笑させた。
「王家と神殿とは、不干渉。それが慣わしであり、貴族もまたできうる限り遵守すべきだ。この場合、貴族間のような力比べも裁判も使えない。
ただ、神殿は異端に厳しい。今の首座様は歴代よりさらにと聞く。この神官どもが民を巻き込んで異端の教義を密かに広めようとしていることを、首座様に訴えるのが有効であろうな」
「神殿の、首座様に」
「どのような処罰になるかは知れぬが、軽くは済まないことは確かだ。以前一度、箱庭を謹呈したであろう。その縁があれば、接見を申し入れてもおかしくなかろう」
とすれば、要件は、首座に示すべき証拠となる。
襲撃犯たちの聞き取り調査記録から、この小神殿に通っていたものが数人いることは確認できている。だが、地区に住まう以上、そこの小神殿に通うこと自体は、なんら特異なことではないため、その点は掘り下げられないままだった。
だが、小神殿以外の場所で密かに異端の教えを説いていたなら。
尋問の仕方も異なってくる。
「あの襲撃犯たちは、それが異端と呼ばれる思想であることも、その集会が秘密の集会であることも知らない。つまり、尋問に対して黙秘しているのではなく、自身が秘密を持つことすら自覚していないのかも知れません。
洗脳されている者は、洗脳されていることなど、疑いもしないものです」
アリアルネは、勾留しているものたち、そしてセジーム家においても、洗脳についての専門知識を持つ者による聞き取り調査を行うことを決め、そしてふと侯爵を振り向いた。沈黙していたのは、紙片を見たまま何やら考え込んでいたらしい。
「お父様?」
「うむ、この名前、昔聞いた覚えがあってな」
思案顔で指し示したのは、老齢だという神官の名前だ。リガチェ、とだけある。神官は家名を捨てるし、終生持つことはない。
「確か、神殿から小神殿に終生配属されたのだ。神殿の首座様の御許に戻ることが許されぬという、重い処罰の意味があると聞いたように思う。十年、いや、二十年は昔だろうか。当時、神殿内の派閥争いは激しく、あろうことか、王都や貴族たちをも巻き込む勢いだった。
——そうだ、前辺境伯、婿殿の父君が、ふとこぼした名だったか……」
セーヴィル辺境伯が驚いた顔をした。わずかに目を見開いた顔は、常になく幼げだ。年齢は二十半ばだが、爵位を受けたのは若く、すでに経験豊富な大領主として、いつも隙のない立居振る舞いの男なのだが。
「いや、すまんな、あやふやなことを言った」
義父は片手を挙げて皆の視線を遮り、それ以上口を開くことはなかったが、彼のことだ、きっとあやふやというほど適当ではない。
そしてそれは、セーヴィル辺境伯も同様に感じたらしい。
「いえ、重要な事項です。
……この師弟が、箱庭を貶め破壊する一派の大元でしょう。それは、疑いようがない。けれど、他の小神殿にも弟子や同調する者がいる可能性がある。他地区ではたまたま、実際の襲撃をするに至っていなかっただけかもしれません。都合上、それは今回は見逃そうかと思っていたのですが」
ふと、セーヴィル辺境伯は黙り込み、だがそう長くかからずに、きっぱりと顔を上げた。
潔い、決断をした顔だ。何を決断したのか、興味深い。
けれど彼は、それをここで詳かにするつもりはないようだった。
「少し、予定を変更します。王家の許可を取り、神殿に入ってみます。神殿の上層部が、これにどれだけ拘っているのか、その動向を知るのは不可欠のようですので」
明日、散歩に行きます。そんな勢いで言われたことは、おいそれと叶うことではないはずだが。不思議と、侯爵は黙っていた。
「皆さんには、ご協力いただきたいことがあります」
打ち合わせを終えて、疲れの見えない機敏な動作で屋敷を後にしたのを見送って、アリアルネは少し唇を尖らせている。対抗心も揶揄いもまともに受け取ってもらえず、歴然とした能力の高さを立て続けに示していく様子は、可愛げのかけらもない。
だが明らかに、アリアルネにとって好ましいものだ。
「妹婿殿が気に入ったのかい?」
「まあまあね」
誘導すれば、ツンツンと返事をする。
「お前達もいい加減にして、下がりなさい」
呆れた様子の義父に言われて、嬉々として白い手を取り、エスコートした。
お気に入りだなど、妹婿とはいえ許し難い。とはいえ、直接文句を言うのは面白くない。では、どうやってお仕置きをしようか、と、背筋が震えるほどわくわくするのである。




