王都10
「友情の芽生えかしら。まあ、初々しいわねえ。可愛らしいわ」
「あらターシャ、嫌味なの、それは。ええ、私は初々しくもなく、いわば二人を叩きのめした烈女よね」
「アリアルネったら。そうなるように立ち回ったのでしょうに、自ら傷ついていらっしゃるの?」
「それはそうよ。まだそんなに年も離れていないのに、まるで冷酷な権力者を見る目をされてはね」
退室したあとで、隣室の覗き鏡から様子を伺っていた貴婦人たちは、まるで人が違ったかのような気負わない会話を小声で交わしている。くすくすと笑いさざめく声にうっかりとほっこりしそうになるが、これは歴戦の勇者が戦の後に昂った自分を宥めているようなものだ。そう認識すれば、セウスは戦慄すら感じる。
「それはだって、ねえ」
「ええ、わかってる。予定通り、お子さま相手に何の手加減もしなかった。必要だったからね。
潰すと決めたなら、弱いところを、徹底的に叩かないと。
同じような話はやんわりとながら社交場でも飽きるほどしてきたのに、老獪な貴族たちは都合のいいことしか聞こうとしない。あの年頃なら、まだ聞く耳を持っているはずよ。柔らかいところを叩くのは、定石よね」
「その通りね、アリアルネ。そしてせめてあの子たちには、自分たちの言動に注意深さを持って欲しいし、自分で考えてほしいし、いずれはミリアンネ様ご自身と作品そのものを見て欲しいって思ってらしたことも、わかっているつもりよ」
伯爵夫人は、流石の年の功で、穏やかに若い勇者を宥めている。それなりの年齢差があるようだったが、それを感じさせない親しみぶりに、セウスはまたしてもうっかり、ほっこりとした。
「ミリアンネ様は、幸せ者でいらっしゃると思うわ。——それに、あの子たちだって、強いのよ。貴女を含め、長年たくさんの若い子たちを見ていると、よくわかるの。彼らは今日貴女に恐れを感じたとしても、きっとそれを前に進む力に変えるわよ」
「……そう、ならよいけど」
「そうよ。あの世代で特に優秀な子たちよ。貴女が、この未成年者たちだけの場限りで、ことを納めてくれたこと、わからないはずがないわ。——貴重な薫陶を受けたこともね」
噂が人を害すると言いながら、噂をするな、ではなく、噂の効果を見定めよ、とは。時に自身でも噂を有効に使う権力者としての覚悟ある言葉だったことに、何人が気づくのだろうか。
敵味方はわからないけれど、きっと舞台に上がってくるわ、楽しみね。と優しげに小首を傾げて微笑む夫人もまた、恐ろしい。
セウスは、ほっこりから一転、背筋が凍れる気がした。
「さ、そろそろ、あちらへ行きましょうか」
伯爵夫人がそっと手を打ち合わせて、促した。とたんにサリンガー次期女侯爵の眉間に縦皺が寄り、そこだけキュッと赤みが差した。
「あー、子供達と遊んでるだけで済めばよいのに」
「そうもいかないでしょう? 殿方だけだと、すぐに殺気立つのですもの」
そうだろうか。そうなのか? 男だけだと……? 本当に??
もやもやとしながら、セウスは二人を案内する体で、もう一つ扉をくぐった先の、薄暗い部屋へと先導した。
屈強な戦士たちに囲まれて、先程のホールを別の角度で見通せる巨大な覗き鏡の真前に、椅子に座らされた男がいた。日に焼けた肌とがっしりと厚みのある体を豪華な衣服と太々しい態度で覆っているのは、先の少女の父親、豪商のウルスラ・セジームだ。
まだ若々しい頬をわずかに強張らせながらも、背もたれに身を任せ、不満げに黙している。
「彼女達の声は、ここまで聞こえていたかしら?」
次期女侯爵が立ち止まって声をかけたのは、彼が急に立ち上がっても、手の届かない位置だ。彼女は自分の守り方を知っているようだ。それでも、セジームを囲んだ戦士たちは緊張を高めた。
「面白いお話が聞けたでしょう? よかったではないの、セジームどの。お嬢さんは、信頼できる強い友人と出会えたようよ」
「ご用件は娘のことだとおっしゃる? まさか、このように手荒に連行され、肝心の話がそれでは。拍子抜けですな」
セジームは飄々としておちょくるような物言いをした。対して次期女侯爵は、動じる様子も見せず、完璧な笑みを浮かべた。
王宮では王妃の懐刀と一目置かれる次期女侯爵も、見かけはうら若い女性だ。初対面の者、特に己に自信のある叩き上げの男は舐めてかかりがちだが、セジームもまた、その罠にひっかかったようだった。
さきほどのやりとりを見聞きしていながら、いささかも察することがないほど鈍感な男でもなさそうなので、戦略的な態度なのかもしれないが。
「まあ。逆に尋ねたいくらいよ。一体何を期待していたの? 連行の理由としては、娘さんの緊急事態だからと説明があったはずよ。当然一番に知りたいでしょう?
——ああ、それとも野心家と評判の貴殿のこと、この連行が箱庭に関わるものだと察して、あわよくば逆境を逆手にとって、販売する権利を手に入れたい。と思ってらしたとか?」
セジームの顔から、強張りが失われた。表情は変わらない。まるで興味のないことを話されているかのように、ふう、と息をつく。
その息を吸ったところに、もう一言、被せた。
「すでに、三つの箱庭を手に入れているのですものね。堂々と売り出しができるようになれば、安くもない元手を回収できるかもしれないわね」
セジームの喉から、意図せず奇妙な音が漏れた。吸い込む息を、どこに吸い込むか忘れてしまった。おかしな場所に無理やり押し入った空気が、勢いよく吐き出され、彼はしばらく咽せた。
「ち、ちがう! いや、確かに、こちらにも断りきれない縁でいくつか箱庭を譲られてはいるが」
咄嗟に、嘘は避けることにしたようだ。さすがというべきだろうか。
凄腕と言われる商人は、切り替えも早く、潔かった。姿勢を正して次期女侯爵に対してまっすぐと顔を向けた。
「サリンガー侯爵家が箱庭を金銭でやりとりされていないことは把握していましたので、箱庭はすべて屋敷で厳重に保管し、周囲にその存在も明かしていません。許可も得ず、貴家の目をかすめて取引をしようなど、決して」
「ふふ、セジームどの、ご家族にも秘するのはさすがと言うべきでしょうが。……お嬢さんが外であのように箱庭を否定している中、三つもお持ちであることが知れては、具合が悪いことね。お嬢さんが貴方の言説を真似した——というわけでもないようだけれど」
心外そうに、セジームは顔を歪めた。表情が大袈裟すぎる、とは、セウスの内心だが。
「私が箱庭を貶めることはありません。……正直に申せば、精霊云々という点は眉唾とは思っていますが……その、どうでもよいと言うか。その、精霊の真偽など関係なく、愛らしいと言いますか……。いえ、まさか私が愛でているわけではないです。ないですが、目が離せなくなるというか、在るだけで良いというか」
「…………」
徐々に俯いた背中は、力強い雄牛の如く筋肉がついている。商人とは思えない岩のような首は赤く染まり、うっすら汗までかいているようだ。そこに、室内の全員の視線が降り積もった。
「そうだったの。なるほどね。それで、箱庭は倉庫でも宝物庫でもなく、あなたの執務室の隠し戸の中にあるのね……」
「ふ、ぐう……」
セジームはすでに呼吸困難な様子だったにも関わらず、躊躇いもなくトドメを刺す次期女侯爵を、セウスは決して敵に回すまいと誓った。
「お茶でも淹れてあげてちょうだい。彼は箱庭の正しき愛好家のようだから。きっと、快く協力してくれるでしょう。
——あなたの知らないところで娘さんに、箱庭は神への冒涜だなどと教え込んだのは誰か。ぜひ証言してちょうだい」




