067 烈鬼に続き、剛鬼までも……竜銘無しで仕留めるとはねぇ
沙門を飲み込んだ土砂岩石の津波は、轟音で大気を震わせつつ、大地を破壊し尽くしながら突き進み、地裂怒涛と大差無い広範囲を破壊した上で、勢いを失い収まる。
戦いが始まる前は、凹凸があるとはいえ、基本は平らな荒野だったのが、既に見る影も無い惨状。
大小様々な岩石や亀裂による、凹凸だらけの状態に、辺りの光景は変えられてしまった。
初撃を上回る量の、膨大な砂埃が宙に舞い上がったせいで、視界は良くは無いのだが、荒野を吹き抜ける風に砂埃は流され、見えないという程では無い。
風向きは北から南、大岩の陰に隠れている艶鬼や剛鬼の方にも、砂埃は流れて来る。
「やったのかい?」
訝しげな顔で、艶鬼は剛鬼に問いかける。
「――仕留めた筈だ」
硬直が解けた直後の、地裂填星の視覚を使い、正面方向の様子を見回しながら、剛鬼は続ける。
「地裂海嘯に捉えられ、竜銘や妖銘無しで、仕留め損ねた相手はいない。俺も……過去の地裂填星の術者の時代にも」
その言葉に偽りは無く、地裂海嘯で捉えた以上、単体で行動している沙門を、仕留め損なっている筈が無いと、剛鬼は自信を持っていた。
その自信が自分の中に、致命的な油断を生み出している事に、剛鬼は気付けない。
風に流されて消えつつあるとはいえ、砂埃のせいで、視界は良くはない。
しかも、風は北から南へ……地裂海嘯が破壊した範囲から、地裂填星や自分がいる方に向って、吹き寄せている。
剛鬼が自分の攻撃に自信を持たず、その自信が油断を生まなければ、風と砂埃が作り出す状況が、自分の敵に回り得る事に気付けていただろう。
だが、剛鬼は油断のせいで、砂埃と共に風に流されて来た存在に気付くのが、僅かに遅れてしまった。
「――!」
そして、砂埃に隠され、風に流されて来た何かの存在に、剛鬼は気付く。
風に流されて来たのが、沙門が撒き散らした血糸である事にも。
剛鬼が気付いたのは、正面方向の岩陰の方から、地裂填星の方に向って、黄色い閃光が伸びて来るのを目にしたから。
血糸が地裂填星の身体に、絡み付いているのを悟った剛鬼は、血糸を切る為、慌てて地裂填星を動かそうとするが、既に雷神気が放たれた後であり、動きが敏捷では無い地裂填星にとっては、手遅れの状況。
稲妻の如き雷神気は、あっという間に地裂填星を直撃。
全身の数箇所に絡み付き、触れていた血糸から、地裂填星に雷神気が流れ、その殆どは不朽装甲に弾かれる。
だが、地裂填星は硬直が解けていたのに、地裂狼牙を振り下ろしたままだったので、両腕の肘の内側が、正面に近い方向を向いていた。
その為、地裂填星は左腕の肘関節の隙間に、血糸の侵入を許してしまった。
雷神気が左肘の内側部分から、地裂填星の殭屍に襲い掛かる。
強烈な落雷の如き威力で、雷神気は一撃で殭屍の左腕を爆砕。
雷神気は殭屍の全身にも伝わり、爆砕までには至らぬものの、行動不可能になる程に、破壊し尽くしてしまう。
不朽装甲は倚天太白の時と同様に、破壊はされないが接続部分が外れ、ばらばらになって辺りに散らばる。
剛鬼は悲鳴を上げる余裕すらなく、地裂填星とほぼ同時に、崩れ落ちる様に地に伏せる。
既に完全に意識は失われたのだろう、剛鬼は白目を剥いて、口から泡を吹いている。
驚きと焦りの入り混じった顔で、艶鬼は呟く。
「烈鬼に続き、剛鬼までも……竜銘無しで仕留めるとはねぇ」
そして、感覚を同調している胡蝶熒惑を通じて、艶鬼は正面方向からの風を感じ取る。
「――成る程、糸を風に流して地裂填星に絡め、関節部分から雷神気を流したって訳かい」
地裂填星が雷神気に倒された状況と、北から吹いて来る風から、艶鬼は沙門がどうやって地裂填星を仕留めたのかを、推測する。
艶鬼の推測は、外れてはいない。
艶鬼は沙門がいるだろう、風上に目をやる。
岩だらけの荒れ放題となっている景色の何処かに、沙門が隠れている筈だと考え、警戒しているのだ。
沙門は実際、艶鬼が目をやった辺りの岩陰に隠れていた。
地裂填星の残骸から、対して離れてはいない場所に。
(何とか狼牙棒の奴も倒せたか、風に助けられたな)
滑輪巻筒を二つ右手に持つだけでなく、口にも一つ咥えて、血糸を風下に流していた沙門は、激痛を堪えながら心の中で呟く。
沙門の全身は傷だらけであり、功夫服も破れ放題になっている。
地裂海嘯に襲われた沙門は、硬気を流した花錘で身を守った。
数秒間ではあったのだが、花錘は沙門の身体を、土砂岩石群の直撃から守った上で破られ、飛錘は破壊された。
直後、ありったけの気を硬気に変えて全身に満たし、沙門は身を守った。
洗濯機に洗われる洗濯物の様に、津波の中で身体を転がされつつ、全身を土砂岩石群に打たれながら、弾弓の弾を全身に浴びたかの如き激痛に、沙門は苛まれた。
そして、意識を失いそうになりながらも、地裂海嘯が収まるまで、沙門は何とか堪え切り、生き延びるのに成功したのである。
地裂海嘯が収まった時、沙門は満身創痍となり、身体の殆どが地中に埋まった状態ではあったのだが。
何とかぎりぎりの所で、命を繋いだといえる流れ。
数秒間ではあったが、花錘である程度……地裂海嘯の威力を殺げたからこそ、生き延びれたといえる状況。
身体の上に圧し掛かる岩や土砂を、硬功で得た力で除け、地上に這い出した沙門は、風が北から南に吹いている事に気付いた。
(この強さの風なら、糸を流せる!)
強運に感謝しつつ、岩や地割れなどに身を隠して、沙門は密かに前進。
強風に吹き飛ばされる砂埃に紛れて、腰包から取り出した滑輪巻筒で、血糸を風に流したのだ。
右手に持った二本の滑輪巻筒だけでなく、左手が使えないので、滑輪巻筒を口に咥えた上で、風に流した三本の血糸は、地裂填星の各所に絡み付いた。
そして、その中の一本が、地裂填星の左腕の関節から、内部への侵入に成功。
沙門は血糸に雷神気を流し、地裂填星を攻撃。
強力な雷神気を放った際、満身創痍の身体には、相当な負荷がかかってしまい、激痛に気を失いそうになりながらも、沙門は地裂填星を破壊し、剛鬼を倒したのである。
風に救われた運による辛勝というのが、実際のところ。
沙門自身も相当な深手を負い、体力も気も使い果たす寸前といえる状態で、戦い続けられる時間は、殆ど残されてはいなかった。




