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021 この戦法、初見で防げる奴は、滅多にいないんだけど

 沙門と沙紗の間合いは、七歩程離れている(七歩は十メートル五十センチ)。

 遠距離という程では無いが、雷神功による攻撃が届く間合いでは無い。


 しかし、二十歳前後の若年にして、多数の部下を任される程の、女侠として扱われる場合も多い凄腕の女武術家……沙紗は、雷神功の光を見て警戒する(この場にいるのは、部下の一部に過ぎない)。

 届かぬ筈の間合いで、沙門が雷神功を発動した事に、沙紗は警戒すべき嫌な予感を覚えたのだ。


 沙紗は即座に、内功を軽功から硬功に切り替え、防御を固める。

 そして、その判断は正解だった。


「さてと……仕掛けるか」


 沙門は小声で呟きながら、全身に満ちている雷神功の功気……雷神気らいじんきを、右手に集める。

 右手には先程、腰包から取り出した筒状の小さな滑車が一つ、握りしめられている。


 滑車の回転する胴の部分には、糸巻きの様に糸が巻かれている。

 つまり、滑車型の糸車といった感じの、小道具なのだ。


 滑車からは、注意深く見ていても、気付くのは難しい程に細い、仄かに赤味を帯びた糸が伸びている。

 沙門と槐花を取り囲む、沙紗達の方に向かって。


「食らえ!」


 鋭い声と共に、沙門は右手に集めた雷神気を、右手の指先で触れている糸に、一気に流し込む。

 功気は通常、身体や身体と繋がった状態の体液、そして生きた武器……妖銘や竜銘などを伝わる事はあっても、糸の様な普通の物体を、伝わって流れる事は無い。


 しかし、沙門の操る糸は、沙門の血を混ぜた特殊な染料で染め上げられた、血糸けっし

 それ故、沙門の功気は沙門の意志に従い、身体や身体から流れた血を伝わる場合と同様に、血糸を伝わって行く。


 血糸は沙紗達の身体の各所に、既に絡み付いている。

 跳んだり駆けたりして逃げ回る振りをしながら、沙門は血糸を大量にまき散らし、さり気なく沙紗達の身体に、絡み付かせていたのである。


 沙門と沙紗達の間に、稲妻の如き黄色い閃光が走る。

 沙門が流した雷神気が、稲光りを発しながら血糸を伝い、沙紗達に襲い掛かったのだ。


 雷神気を身体に受けた人間は、雷に打たれた様な衝撃……雷撃を、全身に受ける事になる。

 雷光に全身を包まれた、七人の沙紗の部下達は、雷の直撃を受けたかの様に、無様に崩れ落ちて気を失う。


 気絶で済んだのは、その程度に沙門が威力を抑えていたから。

 殭屍眼という謎の存在を持ち出されはしたが、武術家達が槐花の命を狙う事情や理由は、沙門にとっては明確とは言えない状態。


 そんな状態で、相手に手酷い傷を負わせる気に、沙門はなれなかった。

 故に、沙門は相手が気絶する程度に威力を抑えて、雷撃を放ったのだ。


 雷撃を直接食らった肌は、軽く火傷を負った程度の状態にはなっただろう。

 だが、その程度の損傷なら、まともな武術家であれば、あとも残さずに内功で治療が出来てしまうので、後で問題になる様な事も無い。


 沙紗の七人の部下達は気絶したが、硬功を発動していた沙紗だけは、無事であった。

 無論、引き連れていた部下達を、一瞬で全滅させられてしまった沙紗は、驚きの表情を浮かべてはいたのだが。


「俺の雷神功を、防いだのか?」


 驚いたのは、自分の奇襲が通じなかった、沙門も同じであった。

 沙門は驚きと口惜しさが入り混じった表情で、言葉を続ける。


「この戦法、初見しょけんで防げる奴は、滅多にいないんだけど」


「嫌な予感がしたのでね、念の為に硬功を発動しておいたのだが、正解だったようだな」


 沙門の言葉に応じながら、沙紗は自分の身体の各所を確かめて、右の足首に絡み付いている黒い糸……血糸の存在に気付く。

 沙紗は血糸を左手で掴むと、引きちぎる。


「功気が伝わる奇妙な糸を使って、雷神気を伝わせる戦法を使う少年か……」


 驚きの表情を浮かべたまま、沙紗は続ける。


「蒼界には一人しかいない筈だな、そんな少年は」


 血を混ぜた独自の染料で染め上げた血糸を使い、功気を伝わせる戦法は、沙門が独自に開発したのだ。

 血を混ぜた染料の製造法は難しいので、血糸の製造自体が困難な上、経絡が全開となっている者でなければ、血糸に伝わせられる程の、強力な功気を放てない。


 それ故、血糸を使う戦法は、蒼界では沙門以外に使う人間はいない。

 糸に功気を伝わせて戦う少年を見れば、武林に身を置く耳聡みみざとい人間には、それが誰であるのか見当がついてしまう。


蒼竜八傑そうりゅうはっけつに匹敵する力を持つと言われる竜銘……滅絶竜姫の竜銘主である四季王沙門が、糸や綱と雷神功を組み合わせた、怪しげな武術を使うと、武林の噂で耳にした事がある」


 血糸などを相手に絡ませ、功気を伝わせて攻撃する沙門の存在を、沙紗は武林の噂で聞いて知っていたのだ。

 沙門が離れた間合いで雷神功を発動させたのを目にして、何となく嫌な予感を感じ取ったのは、沙門の存在と戦法を、噂で聞いて知っていたからだった。


 ちなみに蒼竜八傑とは、蒼界で最強と呼ばれる程の傑出した実力を持つ、八匹の竜銘の尊称である(蒼界では竜は匹で数える。竜銘は匹で数えてもにんで数えても構わない)。

 滅絶竜姫は竜であった頃、蒼界最強と呼ばれていた竜の中の一匹だったのだが、初めての竜銘主として沙門を選ぶまで、竜銘としての戦いの経験が一切無かった。


 それ故、能力的には蒼竜八傑に匹敵するだろうと言われる、滅絶竜姫であっても、竜銘としての格においては、蒼竜八傑に劣る為、蒼竜八傑には数えられていないのだ。

 ちなみに、滅絶竜姫を封銘した無双蘭の、当時の竜銘……蒼界竜王は、蒼竜八傑に数えられている。



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