第五章:思考
もし彼らの不死の身体を打ち破るのなら、その力の源を探らねばならない。つまり――李沐子は遠くにある陰鬱で薄暗い石室に目を向けた。そこは、彼らの一族の内部に隠された最大の秘密が潜む場所――『火雲洞』であるはずだった。
それは、彼がまだ一度も足を踏み入れたことのない場所でもあった。
李沐子はその苦難から解放されるかもしれない場所を見つめ、心がむずむずと疼いた。探求心がまったく湧かないと言えば、それは嘘になる。
紙人形の奴隷としての身分を活かし、李沐子はここのかなりの場所に行き来していた。
倉庫、物置、台所、地下牢、菜園、その他重要な場所――それらのほとんどは、どの洞穴にあるのか推測できている。
しかし、三か所だけ、決して入ったことのない場所があった。一つ目は育児室兼産室である。一族の数を維持するため、この猿たちは暇さえあれば繁殖に励んでおり、妊娠したメス猿の大きな腹からも、新たな命が宿っているのがわかる。
だが、李沐子はメス猿の出産現場を一度も見たことがなかった。どうやら彼女たちは産期が近づくと、秘密の場所に連れて行かれるらしい。
その場所はこの石窟洞天のどこかにあるはずで、まだ発見には至っていない。
出入りするたびに半日を費やす。
生まれたばかりの石猿も、ある程度大きくなるまでそこに隠され、その後で外界に出されて集団活動に参加する。
出産を終えたメス猿は、どこへ行くのか消息を絶つ。李沐子は独自に統計を取っていたが、石猿の群れにおけるメス猿の数は一定であり、一定間隔で数匹ずつ減少していることがわかった。しかし彼女たちは対外戦争にも参加せず、無駄に消耗されることもない。これは極めて不可解なことだった。
ここには、必ず何か大きな問題がある。
李沐子が二つ目に入れなかった場所は、彼らが何らかの家族宗教的な儀式を行う場所だった。どうやらこの猿たちは人間と同じく、捕らえた人間の捕虜を定期的に神に捧げる祭祀の習慣を持っているらしい。
最上級の捕虜と戦利品は祖先や神々への供物とし、優等品は族長、王、長老、勇士たちが享受し、それより劣るものや最下等品は部族の民たちが自ら楽しむ。こうした点から言えば、その部族の習慣は人類の原始~封建社会と似ている。
族長は部族の長としてすべての内政を取り仕切り、長老たちは巫女や道士のような存在で、部族の勇士は外での採集や狩猟を担当し、その他の老若男女の部族民は洞窟に留まって家事や簡単な紡績機械の整備、武具の修繕、後方支援などを行い、前線の戦士たちを支えていた。
彼らが宗教儀式を行う場所には、李沐子は立ち入ることを許されず、ただ外で待機するか、別の仕事をこなすしかなかった。この待機時間は、しばしば数時間に及んだ。
そして、儀式が終わった後の猿たちの中には、興奮している者もいれば、ひどく落ち込んでいる者もおり、さらには全身傷だらけで戻ってくる者もいた。まるで激しい戦いを終えたばかりのように。それらの傷が癒えるまでには何日もかかり、そうなると、彼らのあの超回復力はまるで消え去ったかのようだった。李沐子はひそかにこれらの異常を考え続けたが、確かな答えは得られなかった。まさか彼らは、御前試合のような決闘を行っているのだろうか?
さらに、李沐子が立ち入ることのできなかった三つ目の場所は、封蔵庫である。これは理解できる。敵から奪った武器や物資、そして一族の重要な秘宝や伝承が収められた宝物庫だ。
石猿たちは人間のチームを襲撃し、その装備や物資を奪う。使えるものは部族の武士たちに分配し、使えないものは封蔵庫のような内部の倉庫に保管する。時には他の敵対部族との物資交易に使われることもあり、どうやら彼らは武器の価値を見極める術を持っているらしい。
もちろん、時には特定の武器を取り出して、敵にそれを持たせて戦わせ、部族の民たちに戦闘を観賞させることもある。
あの祭壇――彼の記憶が正しければ、百科事典に記載されていた。あの様式と図案は、明らかに簒奪タイプの祭壇だった。
石猿たちには、どうやら二つの祭祀制度があるらしい。一つは日常生活や戦闘の祈りに使うもの、もう一つは特殊な時期や祭典に用いるものだ。
李沐子は以前、石猿たちに強制されて日常用の祭壇の清掃をさせられたことがあり、その時に祭壇の規格や細部をしっかりと記憶していた。
石猿たちは、生け贄の人間の心臓をまず取り出して最優先の位置に置き、さらにその他の五臓六腑をかき出して供物とする。それを祖先や神々への捧げものとするのだ。
李沐子は目を閉じ、脳内にこの洞天内部の構造図を描く。優れた記憶力と収集した情報を駆使し、強引にリアルな立体地図を構築する。
石猿たちが毎日欠かさず行う生活パターンをすべて考慮に入れる。瞬時に、武士猿、平民猿、警備猿、長老、そして族長の行動スケジュールを脳内の枠組みに叩き込む。
それぞれの集団が何時に何をし、何をすべきか、そして一般的な行動パターンを、李沐子は強引に頭の中でシミュレーション地図に描き込み、実行の時を待つ。
霸下学院に来てから、自分の成績はひどいものだった。特に肉体強度や技術の実践面では、まるで普通の人間、いや、それ以下だった。
しかし、学びにおいて何の進歩もなかったわけではない。文化知識の授業では良好な成績を収め、術法理論の面では非凡な才能を示し、推演や廟算もなかなかのものだった。
今こそ、これらの教科書や授業で学んだ理論を実際に応用し、模擬演習を行う時だ。
大多数の石猿が紙人形の光幕と場での戦闘に気を取られている隙に――
李沐子はこっそりと数度の手印を結び、手首に仕込んだ微縮模擬法盤の針をいくつかの目盛りだけ回し、自分が望む位置に合わせる。
李沐子がこれから繰り出す術法は、王の道を歩む者だけが使える天賦の法术――『スケープゴート』である。その効果は非常に広範かつ強力で、さまざまな場面に応用できる。
この術法の効果は、自らが犯した罪を無実の子羊に肩代わりさせ、その上で社会のすべての者にそれを広く受け入れさせるというものだ。
言うなれば、かなり邪悪な術法である。使い方を誤れば、とてつもない大災厄を招きかねない。
しかし、それでも王者たちが時にやむを得ず使う必須の術法の一つでもある。王は辱められるべからず、また罪を負い裁判を受けるべからず。そんな時に必要とされるのがスケープゴートの術である。
古今東西、上司の濡れ衣を着ることは、部下の忠誠心や寵愛の度合いを測る手段だった。
例えば曹操。昔、建安二年、曹操が袁術を征討した際、王垕という者が糧食官・任峻の部下である倉官を務めていた。
旱魃によって軍糧が不足し、彼は命を受けて小さい枡で兵士に糧食を分配したため、兵士たちの間に怨嗟が広がった。
曹操は兵士の怒りを鎮めるため、王垕を「官糧を盗んだ」という罪で斬首して晒し者にし、その家族の面倒を見ることを約束した。
もし曹操がこの時、王垕をスケープゴートにせず、兵士たちの不満が広がるままに任せ、ついには営中で反乱(営嘯)が起きていたなら、戦役全体が頓挫し、敗北に終わっていたかもしれない。
そうなれば、曹操の北方統一の歩みは遅れ、漢末の軍閥支配下の民衆はいつまで経っても苦しい生活から抜け出せず、北方統一は果たせなかったかもしれない。
それ以降、中華の大地は長期間にわたって分裂・割拠の状態に陥り、何千万もの黎民百姓が地獄のような境遇に置かれたまま逃げ出せなくなる――これらの惨憺たる代償は、誰が負うべきなのか。歴史の汚名は誰がかぶるべきなのか。それは曹操ではない。なぜなら彼が最大の人物だからだ。
だから曹操が無実の者の首を借りて兵士の怨嗟を鎮めたことは、決して理由のないことではなく、大いなる道理と大義がそこにあったのだ。すべては天下の蒼生をこれ以上の苦しみから救うため、全体の大局を考慮した上での、個を犠牲にするという代償だったのだ。
今、李沐子は先輩である曹操に倣い、天賦術法――スケープゴートを発動しようとしている。これにも大義と大道理があるのだ。
彼はすでに自分のスケープゴートとなる子羊を選び終えていた。術法の楔を標的に打ち込み、決して事故など起こり得ない。
今はただ、定められたプログラムを起動し、煩雑な術法の機械を正常に稼働させるだけだ。術法に内包された【理】をこの時空に干渉させ、それが創造する【理想の現実】でここでの現実空間を上書きする。これから行う粛正の儀式のための準備作業である。
李沐子は心の中で軽く笑う。この術法をどれだけこっそり練習してきたか、その習熟度がどの程度に達しているのかは、自分でもよくわからない。
たとえ高学年の学院の先輩たちであっても、自分の術法を看破したり解読したりすることはできない。李沐子にはその自信があった。
ただ、学生の規則では、学生同士の殺し合いや陥れ合いは禁じられており、違反すれば十悪不赦の罪として処罰されることになっている。
李沐子は自分の手の甲に目をやる。そこには古風で深い色の印が存在していた。数本の剣のような模様が絡み合い、印の主体を構成している。主体の外側には五色の雲紋と十二章紋の一部があしらわれていた。
印は全体的に、玄妙で神秘的な印象を与える。
印の中央には、黄豆ほどの大きさの半透明な菱形結晶体がある。時機が熟せば脱落し、王者の最大の助力となる。
この王者の身分を象徴する天心の印は、王者の快速な成長と発展を補助するアクセラレーターであり、同時に王者同士の殺し合いを防ぐ制限装置と監視装置でもある。
まさに、自分が確かにこの天命の印を持っているからこそ――正確に言えば、万民碑の前でこれを覚醒させてしまったからこそ、やむを得ずこの学院に来て、こんな面倒な出来事に巻き込まれているのだ。
李沐子はまぶたを垂らし、あの時の無謀で軽率だった自身の行動を追憶し、反省する。もしもう一度チャンスが与えられるなら、絶対に同じ轍は踏まない。こんな結果にはならないだろう。
自分はただの瓜を育てる農家に過ぎなかった。人帝城に来て、隣の瓜売りの店番を手伝っていたら、人混みに巻き込まれ、その流れで万民碑の前に押し出されてしまい、わけもわからず碑に認められ、城内中に名前を知らしめられてしまった。
あの時の自分の心の内がどれほど恐れおののき、途方に暮れていたか、天のみぞ知る。自分はただの野次馬で、他人の検査を見物して瓜を食べていただけだったのに、わけもわからず天道の意志に選ばれてしまったのだ。
あの検査を受けていた者たちの中には、自分より優れた者が大勢いたというのに。結局、選ばれたのは自分だけで、その後は役人たちに強制されて霸下学院に連れてこられ、王者になるための修行をさせられている。
はあ、言えば涙が出る。
自分はただの瓜売りの金持ちになって、一生をのんびり楽しく過ごしたいだけだったのに、今や封王冢で生死の試練を味わい、明日の太陽が見られるかどうかもわからない。
まったく、ついてなさすぎる。
深くため息をつき、自分の悲惨な経験に扼腕して長叹する。しかしすぐに、李沐子は気持ちを切り替えた。
手で自分の頬を叩き、気合を入れ直す。こんな生死の瀬戸際で、しくじるわけにはいかない。必ず生き延びる。
李沐子の目に一瞬鋭い光が走り、すぐにそれを収める。全身は再びぼんやりとした様子になり、まるで中国の学校でよく見かける普通の冴えない少年のように、本来の無害な姿に戻った。
あとは、適切な瞬間を待つだけだ。
スケープゴートの楔はすでに打ち込まれ、準備は整った。残るは、これから起こる大騒乱に身を委ね、その中で例の忌々しい紙人形とこの猿どもを滅ぼす好機を掴むことだけだ。
この奇跡を宿した左手で――。
李沐子の口元に、微かに見えるか見えないかの弧が描かれる。心の中で、これから起こるかもしれない大事件に向けて、最も真挚な祈りと祝福を捧げるのだった。




