↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和レトロ自販機来客簿〜迷えるお客様の癒しの夕食〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/17

第8話 お茶漬け

 ここはベンダーショップ・天国。昭和レトロな自動販売機の店だ。うどん、ラーメン、トーストサンドなどの食事が自動販売機で買える。店の窓から夕陽が差し込み、より一層昭和レトロな自動販売機たちを照らしている。


「はぁ……。落ち着くわー」


 そこに一人、大原達希という客がきていた。年齢は二十代半ば。ラフな服装で、髪もボサつき、無精髭も生えていた。特にイケメンでもないがブスでもない。「平均点」を具現化したような男で、普段は都心の健康飲料会社で営業マンをしていたが、今は有給をとり、実家で休暇中だ。


 実家は限界集落とも噂されるような田舎だが、近所にはベンダーショップ・天国がある。子供の頃は個人経営のコンビニだったが、いつのまにか改装され、無人営業状態になっていたが、これも過疎化の煽りだろうか。ただ、昭和レトロな自動販売機は当時からあり、達希も幼い頃から馴染みがある。時々、うどんやトーストサンドを食べにきたり、ダラダラ休憩する日もあった。


 そう、今の達希はまさにそんな感じだった。多くの人に知られていない隠れ家。自由に、疲れた時は、いつでも逃げ込める。そんな場所。


「しかし、今日は山菜そば売り切れ? 案外、人気あるの?」


 達希はそばの自動販売機の前に立つと、ため息がでた。この店の看板メニュー、山菜そばは売り切れだった。かといってうどんやハンバーガーは今の気分ではないが。


「ちょっと、店主に文句でも書いておくか」


 店主の存在は一応知っている。実家から近くに住んでいる。直接文句を言ってもいいが、この店には客が自由にコメントやイラスト、クレームまで書けるノートもある。そこに山菜そばが売り切れだと文句を書き込むが。


「あれ、けっこうヘビィなコメントもあるね……」


 ノートをペラペラめくると驚いた。店への好意的なコメントや旅行の感想などのコメントが多い。いつもそんな感じだったが、この近くの自殺スポットへ向かい、どうしようかと悩んでいる客の言葉がある。


「まあ、今の世の中、生きにくいね……」


 なんとなく気持ちはわかる。平均点を安定的に取り続けていた達希だったが、今後どうなるかは誰もわからない。赤点をとったり、落第したり、登校拒否をしている他人を責める気分にもなれない。特にこんな昭和レトロな自動販売機の店にいたら、余計にそう思ってしまうから、不思議なものだ。


 ついつい、おせっかいだと思いつつも、ノートにコメントを残した。「逃げろってあのポスターにも書いてあるよ。苦しめているものから逃げても良いんじゃないかな?」と。


 ちょっと無責任な気もしたが、それ以上の言葉は思いつかない。


 そして翌日、夕方。またこのベンダーショップ・天国に休憩しにきたが、真っ先に新しい自動販売機が目に飛び込んできた。


 新しいといっても令和のものじゃない。どこか廃棄予定の自動販売機をメンテナンスし、復活させたものようだ。


「お茶漬けの自動販売機か。珍しいな。そんなのアリか?」


 昭和レトロな自動販売機に馴染みがある達希だったが、お茶漬けの自動販売機は珍しい。イエローに塗装された自動販売機は、色合いも華やか。ぱっと花が咲いたみたいだ。それにお茶漬けのイラストも、なんともレトロで味がある。


 チャリン、チャリンとお金を入れると、一分もしないうちに完成した。器はプラスチックで安っぽいが、ちゃんと鮭も乗ってる。ごろっと大きめ。鮭の焼き色も綺麗だし、それに温かい。


 テーブルに向かい、座って食べる。サラサラと口当たりが優しい。塩加減もいい。手作り感覚も溢れ、素朴な味わい。確かに本格グルメじゃない。でも隠れ家みたいな昭和レトロな店で、こっそり一人で食べるのに、ピッタリな味わいだ。


 ちょっと行儀が悪いと思いつつも、例のノートを開きながら食べる。


 店主からのコメントもあった。お茶漬けの自動販売機についてだ。元々、お茶漬けの自動販売機は知り合いの店から入手していたらしい。でも機械の状態が悪く、直すのに、数年、試行錯誤していたという。それでも知恵と工夫を絞りだし、どうにか復活させた。他にもカレーやかき氷の自動販売機も直している途中だとか。


「へえ。自動販売機にも歴史ありか」


 そんな背景を知ると、余計にお茶漬けがおいしくなってくる。


 その上、店主のコメントはこう締め括られていた。「今、人生うまくいかない人も神様がメンテナンス中かもしれない。その間、少し逃げたり、休んだり、食ったり、寝てれば良いんじゃないか? とにかく心配するな!」という。


「ゆるいな。良いのか、それで……」


 つっこみを入れたくなったが、さらにページをめくると、例のあの自殺スポットへの客へのコメントが溢れていた。他の客も達希同様、コメントを残しているらしい。説教風のコメントは一つもなく、イラストや漫画で励ましているにもあり、関係ない達希が見ていても、心がじんとしてきた。


 今のところ、その客からの返事は書いていない。といっても、近所の自殺スポットで何かあったというニュースも聞いていないので、無事に帰れたのかもしれない。


「うん、そうだよな。休めばいいんだよな……」


 普段は他人のことなど関心は薄いが、今はその客の無事まで祈ってしまうから、不思議な気分だ。あのお茶漬け、人の心を柔らかくするような成分でも入っていたのだろうか。


 気づくと、そんなお茶漬けも綺麗に完食してしまった。


「お、帰るかー」


 時計を見たら、もうすぐ夜だ。帰る時間だ。そして明日は都内に戻り、いつもの日常に帰る。達希の短い休暇も終わりだ。


「ま、カレーやかき氷も自動販売機、復活するといいけどねー」


 そっとノートを閉じ、立ち上がると店を後にする。


「夏休みにまた来るよ」


 少し後ろ髪を引かれる気もしたが、また、ここに来ればいい。こうして達希の休暇は終わりを告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。