第8話 お茶漬け
ここはベンダーショップ・天国。昭和レトロな自動販売機の店だ。うどん、ラーメン、トーストサンドなどの食事が自動販売機で買える。店の窓から夕陽が差し込み、より一層昭和レトロな自動販売機たちを照らしている。
「はぁ……。落ち着くわー」
そこに一人、大原達希という客がきていた。年齢は二十代半ば。ラフな服装で、髪もボサつき、無精髭も生えていた。特にイケメンでもないがブスでもない。「平均点」を具現化したような男で、普段は都心の健康飲料会社で営業マンをしていたが、今は有給をとり、実家で休暇中だ。
実家は限界集落とも噂されるような田舎だが、近所にはベンダーショップ・天国がある。子供の頃は個人経営のコンビニだったが、いつのまにか改装され、無人営業状態になっていたが、これも過疎化の煽りだろうか。ただ、昭和レトロな自動販売機は当時からあり、達希も幼い頃から馴染みがある。時々、うどんやトーストサンドを食べにきたり、ダラダラ休憩する日もあった。
そう、今の達希はまさにそんな感じだった。多くの人に知られていない隠れ家。自由に、疲れた時は、いつでも逃げ込める。そんな場所。
「しかし、今日は山菜そば売り切れ? 案外、人気あるの?」
達希はそばの自動販売機の前に立つと、ため息がでた。この店の看板メニュー、山菜そばは売り切れだった。かといってうどんやハンバーガーは今の気分ではないが。
「ちょっと、店主に文句でも書いておくか」
店主の存在は一応知っている。実家から近くに住んでいる。直接文句を言ってもいいが、この店には客が自由にコメントやイラスト、クレームまで書けるノートもある。そこに山菜そばが売り切れだと文句を書き込むが。
「あれ、けっこうヘビィなコメントもあるね……」
ノートをペラペラめくると驚いた。店への好意的なコメントや旅行の感想などのコメントが多い。いつもそんな感じだったが、この近くの自殺スポットへ向かい、どうしようかと悩んでいる客の言葉がある。
「まあ、今の世の中、生きにくいね……」
なんとなく気持ちはわかる。平均点を安定的に取り続けていた達希だったが、今後どうなるかは誰もわからない。赤点をとったり、落第したり、登校拒否をしている他人を責める気分にもなれない。特にこんな昭和レトロな自動販売機の店にいたら、余計にそう思ってしまうから、不思議なものだ。
ついつい、おせっかいだと思いつつも、ノートにコメントを残した。「逃げろってあのポスターにも書いてあるよ。苦しめているものから逃げても良いんじゃないかな?」と。
ちょっと無責任な気もしたが、それ以上の言葉は思いつかない。
そして翌日、夕方。またこのベンダーショップ・天国に休憩しにきたが、真っ先に新しい自動販売機が目に飛び込んできた。
新しいといっても令和のものじゃない。どこか廃棄予定の自動販売機をメンテナンスし、復活させたものようだ。
「お茶漬けの自動販売機か。珍しいな。そんなのアリか?」
昭和レトロな自動販売機に馴染みがある達希だったが、お茶漬けの自動販売機は珍しい。イエローに塗装された自動販売機は、色合いも華やか。ぱっと花が咲いたみたいだ。それにお茶漬けのイラストも、なんともレトロで味がある。
チャリン、チャリンとお金を入れると、一分もしないうちに完成した。器はプラスチックで安っぽいが、ちゃんと鮭も乗ってる。ごろっと大きめ。鮭の焼き色も綺麗だし、それに温かい。
テーブルに向かい、座って食べる。サラサラと口当たりが優しい。塩加減もいい。手作り感覚も溢れ、素朴な味わい。確かに本格グルメじゃない。でも隠れ家みたいな昭和レトロな店で、こっそり一人で食べるのに、ピッタリな味わいだ。
ちょっと行儀が悪いと思いつつも、例のノートを開きながら食べる。
店主からのコメントもあった。お茶漬けの自動販売機についてだ。元々、お茶漬けの自動販売機は知り合いの店から入手していたらしい。でも機械の状態が悪く、直すのに、数年、試行錯誤していたという。それでも知恵と工夫を絞りだし、どうにか復活させた。他にもカレーやかき氷の自動販売機も直している途中だとか。
「へえ。自動販売機にも歴史ありか」
そんな背景を知ると、余計にお茶漬けがおいしくなってくる。
その上、店主のコメントはこう締め括られていた。「今、人生うまくいかない人も神様がメンテナンス中かもしれない。その間、少し逃げたり、休んだり、食ったり、寝てれば良いんじゃないか? とにかく心配するな!」という。
「ゆるいな。良いのか、それで……」
つっこみを入れたくなったが、さらにページをめくると、例のあの自殺スポットへの客へのコメントが溢れていた。他の客も達希同様、コメントを残しているらしい。説教風のコメントは一つもなく、イラストや漫画で励ましているにもあり、関係ない達希が見ていても、心がじんとしてきた。
今のところ、その客からの返事は書いていない。といっても、近所の自殺スポットで何かあったというニュースも聞いていないので、無事に帰れたのかもしれない。
「うん、そうだよな。休めばいいんだよな……」
普段は他人のことなど関心は薄いが、今はその客の無事まで祈ってしまうから、不思議な気分だ。あのお茶漬け、人の心を柔らかくするような成分でも入っていたのだろうか。
気づくと、そんなお茶漬けも綺麗に完食してしまった。
「お、帰るかー」
時計を見たら、もうすぐ夜だ。帰る時間だ。そして明日は都内に戻り、いつもの日常に帰る。達希の短い休暇も終わりだ。
「ま、カレーやかき氷も自動販売機、復活するといいけどねー」
そっとノートを閉じ、立ち上がると店を後にする。
「夏休みにまた来るよ」
少し後ろ髪を引かれる気もしたが、また、ここに来ればいい。こうして達希の休暇は終わりを告げていた。




