第7話 ハムカツトーストサンド
鳥居をくぐると、大きな招き猫のオブジェがあった。一見可愛いが、サイズも大きく、案外、鋭い顔をしている。夜見たら、少し怖いかもしれない。ネットで見た画像よりは可愛くなかった。
他の観光客たちは、ワイワイと騒ぎながら招き猫のオブジェの写真を撮っていたが、船瀬汐名の顔は冴えない。一応スマホで写真を撮ってみたが、全く笑えなかった。
今、旅行中だった。といっても一応関東と呼ばれている土地だ。汐名の自宅は都内にあるので、旅行というよりは、遠出という感覚だったが、一応ビジネスホテルも予約し、こうしてパワースポットとして有名な猫神社にも来ていた。
「カワイイ!」
目の前にいる外国人観光客は下手な日本語で騒いでいたが、汐名の顔はどんどん曇っていき、結局、猫神社から出てきてしまった。
ぶらぶらと周辺の田舎道を歩く。小さな山に囲まれた田舎。のどかな風景を眺めても、汐名の表情は明るくはない。
今、大学生の汐名だったが、去年、飼っていた猫が死んだ。老衰だったが、心にぽっかりと穴が空いてしまった。一年たっても、どうもそんな調子。ネットではパワースポットも猫神社へ行くと、死んだ猫にも会えるという噂があり、こうして来てみたが、あり得ない話だろう。観光客の騒ぎ声がかえってストレスまで感じてしまう。
「はあ、ホテルに帰るか……」
田舎の風景も特に癒されず、バスに乗り、ホテルに帰ろうとしたが、土地勘のないせいか、反対方向のバスに乗ってしまった。すぐに降りるが、ここはどこだろう。
「え、逆方面のバスが来るまであと一時間半もあるの?」
バス停の時刻表を見て絶望した。憂鬱な気持ちがより一層強くなってしまう。強い風も吹く。花粉症の汐名はくしゃみを数回してしまった。目も少し痛い。しかも蚊も飛んできて手に刺されてしまった。
「はぁ、何なの……」
せっかくの旅行もなんだか上手くいない。思えば、人生何事もそんな調子だった。受験、部活、バイト、恋愛も飛び抜けて上手くいかず、何だか微妙な結果に終わる。おそらく就活もそうなりそうな予感しかしない。猫の死も単なるきっかけ。根本原因ではなかったのかもしれないが、何とも冴えない人生。まるで薄暗い雲に包まれているみたい。
「まあ、しょうがない。適当にぶらぶら歩くか」
一時間以上、バス停でじっとしているのも違う。今は夕方に近いが、まあ、夜までにはバスに乗って帰れるだろうと思うと、少し楽観的になってきた時。
目の前にコンビニが見えた。コンビニといってもセブンイレブンやローソン、ファミマやっミニストップでもなかった。個人経営のコンビニらしい。ベンダーショップ・天国という看板が出ていた。それが妙に古めかしく、レトロな雰囲気。
「何このコンビニ」
吸い寄せられるように店に入ると、驚いた。無人のコンビニだった。そう言うと最新のコンビニみたいだが、趣きは全く違う。むしろ昭和レトロな店だ。
自動販売機で商品が提供されているらしいが、その全てが昭和レトロ調だった。特にうどんやそばの自動販売機も目立っていた。パネルがステンドグラス調のデザインで、落ち着いた渋さもある。古めかしいのに、かえってセンス良く見えるから不思議だ。
「へえ、何この店……」
しばらく自動販売機を見つめてしまった。面白い。ハンバーガーの自動販売機はイラストがシュールだ。ニワトリのキャラクターがチキン料理を作っているイラストだった。お弁当の自動販売機だけは少しボロいが、逆にどんな弁当が出てくるか気になる。
「へえ……」
それに、一番目を引くのがトーストサンドの自動販売機だった。オレンジ色に塗装され、その色が華やかだ。食欲をそそる色合い。確かに少し色落ちしている部分もあったが、令和には決して見られない生命力のある色にも見えた。
冴えない人生を自覚し、薄暗い雲に包まれたような感覚もあった。しかし、このオレンジ色を見ていたら、心がぱっと明るくなって来るから不思議。昭和というと、不便で荒々しいイメージも強いが、それだけではなかったのかもしれない。
何だか少しだけ楽しくなってきた。こんな偶然、何かの縁かもしれない。汐名は少しだけ笑い、トーストサンドの自動販売機の前に立つ。
店の窓からは夕陽が差し込んできた。より一層、トーストサンドの自動販売機の色合いが派手に見えてきた。
「ど、どれ頼もうかな」
トーストサンドはピザ、カツサンド、ツナマヨ、ハムチーズとある。
「な、悩む!」
この時ばかりは、すっかり悩みも忘れ、うんうんと唸りながら、結局、カツサンドのトーストサンドを選んだ。チャリン、チャリンと百円玉を入れると、一分もしないうちに完成。
「うそ? 早くない?」
しかも、トーストサンドは熱々。アルミホイルで包まれていたが、素手で持つのは危険だ。と思ったが、自動販売機にはトングも装備されていた。これで持ち運べということか。
さっそくトングでつかみ、店の中央にあるテーブルへ。ソファもあり、ゆっくり食事できるらしい。このインテリアも昭和レトロ風だった。
そして、しばらく冷ました後、カツサンドトーストサンドのアルミホイルを剥がす。くしゃくしゃとしたアルミホイル。手作り感しかないが、かえってドキドキしてきた。こんなトーストサンド、コンビニやスーパーに売っていると思えない。
中を開けると、トーストサンドが出てきた。少し焼きむらがある。端の方はちょっと焦げていたが、それはそれでアリ。それに、いい匂いもする。それだけで、全部許せそう。
中のカツサンドはペラペラ。マヨネーズの味も濃いめ。パンはサクサク。別に高級なグルメじゃない。むしろチープ。でも、それがいい。ジャッジではなく、チープさを許容する味。そんな許しの味がする。
そうか。食べながら、汐名は気づく。冴えない人生の自分。自分が一番許せていなかったのかもしれない。猫の死も、単なるきっかけ。さらに自分を責める材料にしていたのか。そんな気がした。
「そっかぁ。まあ、別に冴えなくても、なんか上手くいかなくても、それはそれで許せってことかな……」
気づくと、ハムカツトーストサンドは完食してしまった。目の前にはぐしゃぐしゃになったアルミホイルとパンクズしか見えなかった。
急に眠気も襲ってきたが、ふと、顔を上げると、店のポスターに目が止まる。「逃げろ! 食え! 寝ろ!」と書いてあったが、何のことだかさっぱりわからない。それでも、「成功しろ! 金稼げ! 恋愛しろ!」とかより良い気がする。たぶん、世の中にはそんなスローガンの方が多いだろうが。
「そっか……」
満腹感もあいまり、余計に気が抜けてきてしまった。
しかし、気づくと時間が進んでいた。窓の外を見ると、さらに夕陽が濃くなっていた。バスがやってくる時間も近い。
「やば、早く行かないと」
慌ただしく、店を出る準備をする。本当はもう少しいたい気分だが、まあ、それも許そう。また、ここに遊びに来ればいいだけのことだ。
「ごちそうさま!」
最後に自動販売機に声をかけ、慌ただしく出ていく。店を出た後の汐名は、もう憂鬱ではなくなっていた。




