第6話 山菜そば
とにかくバズりたい。SNSで目立てば何でもいい。松戸井旬はそう、思っていた。
「視聴者のみなさん、ここが幽霊の噂がある防空壕ですね。見てください、ここに何か影でしょうか?」
旬は大学生だったが、SNSで動画投稿に熱中していた。特に幽霊、廃墟、オカルト系の動画は人気が出やすい。ネットで人気が出ると、たくさんの「いいね!」とと共に収入もある。最近では、SNSだけでも十分生活できるぐらいで、バイトも辞め、動画撮影に熱中していた。
今日はとある田舎に来ていた。一応関東圏にあったが、山に囲まれ、人口も流出中の田舎。いわゆる限界集落としても有名だったが、SNSでは幽霊の噂も多く、動画撮影のために来ていた。
薄暗い防空壕だ。木々に囲まれ、中も本当に不気味だが、別に怖くはない。それよりも投稿した動画の人気が出ない方が嫌だ。
「こ、これ、人影……?」
わざと恐怖心を煽るような言葉も使う。動画編集する時はもっと恐怖を煽るように演出するつもりだ。
この動画もネットでバズる、人気が出る、いいねがたくさんつく様子を想像していたら、旬の口元はニヤニヤと歪んでいく。
今の時代、先行きは不安だ。会社員になっても安定するとは限らない。だとしたら、SNSで人気者になり、どんな手段をつかっても目立つ方がいい。迷惑系、デマ、陰謀論のSNSも問題になっていたが、旬は気持ちはわかる。SNSにずっといると、倫理観や道徳感は薄れてしまう。
その時だった。呑気に動画を撮影しているつもりだったが、カラスの鳴き声が響く。カア、カアと不気味な響きで、思わず後ずさる。
「な、何だよ?」
同時に背中もぞくっとしてきた。もう春なのに、肌寒く、二の腕には鳥肌も浮いているのはなぜか。
「は?」
しかも背中には視線も感じた。誰もいないはずだが、どういうことか。旬のこめかみに汗が流れていく。油ぽい汗だ。決していい汗じゃない。
「だ、誰かいるのか?」
思い切って振り返ってみるが、誰もいない。それでも、耳を澄ますと、人の声がするような?
「ちょ、やば。ここやっぱりガチの心霊スポットか?」
見た目は二十歳の大学生の旬だったが、今は子供のように怯えていた。SNSで人気を得るためだけに来ていたが、本当にオカルト的な土地だったか?
『ねえ、旬くん』
「は、誰だ?」
さらに何者かに声をかけられた気がし、逃げた。一目散に逃げた。やはり面白半分に曰く付きの土地に行くもんじゃない。公開した。この動画も後で削除するしかないだろう。
「うん? ここどこだ?」
適当に走って逃げた為、道に迷ってしまった。息も切れ、汗だく状態。顔も真っ赤だ。喉も乾いた。すぐにペットボトルの水を飲んだが、ここは一体どこだろう。なぜかスマホの電気も切れて使えない。モバイルバッテリーも使えなかった。壊れてしまったらしい。
「え、まじか。スマホ故障?」
急に身体の一部が壊れた感覚がした。そういえば毎日SNSをチェックし、風呂にもトイレにもスマホを持ち込んだいた。依存性と言われたら、何も否定できない。
「困ったな。どうしよう」
ふと、顔を上げると、個人経営のコンビニが見えた。チェーン店ではない。ベンダーショップ・天国という店らしいが、店員に道を聞こう。スマホが壊れた今は他に選択肢がない。
しかし慌てて店に入ると、驚いた。店は無人経営だった。商品は全部自動販売機で売っているらしい。ハンバーガー、トーストサンド、うどん、弁当なども自動販売機で買える。しかもこの自動販売機、妙だ。
デザインが古めかしい。ロゴも昭和レトロで、サイズ感も今の自動販売機と比べてスマート感がない。しかも千円札や五百円玉も使えない。クレジットカード、交通系IC、PayPayなども当然のように使えないらしい。つまりこの自動販売機、昭和時代の遺物らしい。しれでも現役で動いているから、不思議。
「あー、スマホがあれば! 動画にしてバズるの狙えたにに!」
今は昭和レトロなブームらしい。後悔したが、たまにはSNSやスマホから離れてもいいのだろうか。
店の窓からオレンジ色の夕陽が差し込む。静かだ。さっきは心霊現象にビクビクしていたが、ようやく安全地帯に戻れたらしい。
店には地図も貼ってあり、駅やバス停へのルートもわかりやすい。これから帰れそうだ。変なポスターも貼ってあった。「逃げろ! 食え! 寝ろ!」とはどんな意味かは不明だが、お腹が減ってきた。何か食べよう。
自動販売機の前に立つ。ずらりと並んだ自動販売機は圧がある。デザインも多種多様で鮮やか。目がチカチカするぐらいだが、今と違い、小話時代は自由で豊かだったのだろう。
「何かいいな」
SNSやスマホに縛られている旬。急に自動販売機が眩しく見えたが、この店のイチオシは山菜そばらしい。地元の山菜を使いファンも多いとか。うどんとそばの自動販売機にそんなポップがあった。
「山菜そばか。本当に自販機で食える? どうせ麺が伸びたりしてるんでは?」
半信半疑だったが、チャリン、チャリンと百円玉を投入し、三十秒ほどで完成。取り出し口には熱々の山菜蕎麦があった。
器はチープ。白いプラスチックで、ペラペラ。それでも出汁のいい匂いがし、そばはツルッとしている。のびた様子はない。むしろ見た目もいい。どっさりと大盛りの山菜は食欲を誘う。
「はー、嘘。本当に山菜そばかよ?」
なんか騙されたような気がするが、テーブルにつき、ソファに座る。テーブルの上には割り箸や七味もあり、サービス精神溢れてる。
「いただきます」
まずはスープを啜るが、出汁が効いていた。山菜も種類豊富で新鮮だ。歯応えも楽しく、蕎麦もツルッと美味しい。
「う、嘘だ。こんな見た目なのに、味は品格派じゃん。っていうか、山菜がうまい!」
気づくと、あっと言う間に完食してしまった。
見た目はチープだが、味は案外本格派。このギャップ、悪くない。
「お? ノートがある」
テーブルの端にはなぜかノートがあった。客が自由に感想、クレーム、独り言などを書き込めるらしい。引退したアイドルへの労いの言葉などもあったが、この山菜そばには熱心なファンがいるらしい。推しコメントやイラストまであった。「誰がなんといおうと、私は山菜そばしか勝たん!」という力強いコメントもあった。
「俺も山菜そば派だよ!」
なぜか対抗心まで芽生え、旬も手書きでコメントを入れていた。
これが案外、楽しい。SNSではコメント投稿などすぐ終わる。故に何も考えずに悪口や適当なコメントもできてしまうが、手書きだとそうもかない。頭を捻り、気も使い、手間もかけてコメントを書いた。
「お、かけた!」
おかげで達成感まである。SNSでは決して味わえない達成感。少し不便だったが、逆にそこがいいのかもしれない。昭和レトロな自動販売機の店には、ピッタリな行為だろう。
たまにはSNSから離れてみるのも悪くない。便利さだけが正解でも無いらしい。不便さ、めんどくささ、手間。そういったものも、たまには愛おしいのかもしれない。
「はは、イラストまで描いちゃったけど楽しい」
気づくと、旬は心から笑っていた。こんな風に笑ってしまうのはいつ以来だろう。
「さ、でも帰るか」
楽しいがずっといるわけにはいかない。夜になる時間だった。ソファから立ち上がり、もう一度地図をチェックし、帰ることにした。
また、こよう。その時も、スマホの電源を切ってもいいかもしれない。
「ごちそうさま。また来るわ」
旬は笑顔でそう言い、店を後にしていた。




