第3話 ピザトーストサンド
推しがいれば幸せ。鎌谷唯子はそう思っていた。それも永遠に続くと思っていた。
「はぁ……。なんで推し、引退しちゃうの……」
ため息が出た。
ここはベンダーショップ・天国という店だった。
田舎にある奇妙な店だ。一見、個人経営のコンビニもような店構えだったが。中は無人店舗。ラーメン、トーストサンド、うどん、ハンバーガーなど全て昭和レトロな自動販売機で提供される。
今から五十年ほど前の昭和時代、活躍していたらしい。平成生まれのアラサーの唯子は当時のことは知らないが、コンビニやスーパーの発展により、急速に廃られたらしい。
とはいえ、一部、全国にこういった自動販売機の店が残り、今でも現役で稼働している。外国人観光客にも人気。昨今では昭和レトロブームを受け、人気YouTuberが動画で紹介し、密かなマニアも増えているらしい。
唯子もその一人だった。推しのアイドル、星川圭人がブログや動画チャンネルで勧めていたことをきっかけに、唯子も遠征ついでに行くようになった。
この店、ベンダーショップ・天国も遠征がてらにきたが、唯子の表情は冴えない。昨日、圭人のコンサートだったが、突然、来年に芸能界引退すると発表され、魂の一部が抜けてしまった気分だ。ネットニュースやSNSでも圭人の電撃引退宣言で持ちきりで、正直今はスマホも触りたくない。
「はぁ……」
せっかくこんな昭和レトロな自動販売機の店に来ていたが、頭の中はそればっかりになってしまう。
今の時刻は夕方。店の窓からはオレンジ色の光が差し込む。昭和レトロな自動販売機もそんな光に照らされていく。一方、唯子の表情は冴えない。
圭人の引宣言というよりも、何かほっとしていた事もショックだった。「推しがいれば幸せ」。そう言っていたはずなのに、給料がグッズ代、チケット代に消えていく負担。ファン同士の言い争いやマウント。運営への不満。そんなものからも解放されると思うと、少々ほっとしてしまうのも事実。そんな自分に戸惑い、今までの推し活って何だったのかと思う。虚しくなってきてしまう……。
「まあ、しょうがないっていえばしょうがないけど……」
何事も永遠はない。推し活に関してもそうだ。季節はめぐる。美しい花はいつか散る。そう思うと、どうにか立ち直れそうになり、昭和レトロな自動販売機の前に立つ。
壁一面に並んだ自動販売機は圧倒されそう。昭和時代の豊かさ、勢い、生命力みたいなものもの残っている気がする。
特にトーストサンドの自動販売機は派手だ。オレンジ色の塗装は、夕陽にも負けないぐらい鮮やか。
そう、花はいつか散るのだ。永遠はない。推しも引退してしまうが、こんな自動販売機を見てうたら、少し慰められてきた。こんな風に昭和から残っている自動販売機を思えば、全てが儚くもない?
「今日はトーストサンド買うかな……」
そしてサイフから百円玉を取り出し、チャリン、チャリンと投入。ピザトーストサンドのボタンを押すと、一分もしないうちに出てきた。
いつも思うが、こんな早くに出てくるのが謎。手品みたい。全く慣れない。それに全面をアルミホイルで包まれたトーストサンドは、手作り感が溢れ、コンビニやスーパーでも決してお目にかかれない趣きがある。
それを備え付けのトングで掴み、テーブルの方へ持っていく。トーストサンドは想像以上に熱々だ。素手で持ったら火傷しそう。
ソファに座り、少し冷めるのを待ってから食べ始めた。
「ここのもちょっと、焼きむらがあるね。でも、そこがいいのかも?」
端の方は少し焦げていた。焼きむらがある。チーズもピザソースも薄め。パンも薄いし、完璧ではないトーストサンド。それはそれでアリかもしれない。
「もしかしたら、推しも完璧でいるのが嫌になったのかな?」
こんなトーストサンドを食べていたら、そんな気がしてきた。ストイックで仕事に真面目。スキャンダルもゼロだった圭人だったが、そんな完璧な偶像を演じていたことに疲れたのかもしれない。
人々の期待に応え続けていくのは、想像以上にプレッシャーだったのかもしれない。唯子自身もその一人だったと思うと、心はチクチクとしてきた。知らず知らずのうちにプレッシャーを与えていた可能性だってある。
「まあ、美味しくはないけどね……。美味しくないのがかえっていい」
完璧じゃないピザトーストサンドを食べていたら、圭人の決断も受け入れられそう。完璧じゃなくても大丈夫。圭人も、誰でもそうだ。肩の荷を下ろす時間があってもいい。休んでもいい。失敗しても、未熟でもいい。適当に生きるだって悪くない。たぶん、昭和時代はそういう時代でもあった気がする。
「あれ、この店もノートがあるね」
隣もテーブルを見たら、ノートがあった。客が自由にコメントや感想、クレームなどを書き込めるらしい。他の昭和レトロな自動販売機の店でも見たことあったが、ここにもあるのか。
ノートはまだ新しい。他にコメントはほとんど書かれていなかった。店主が「逃げろ! 食え! 寝ろ!」というコメントを残しいたが、どういう意味かはわからない。この言葉はなぜか店のポスターにも貼ってあったが、格言か何かだろうか。
「謎だ……」
とはいえ、こんな昭和レトロな自動販売機の店にいると、解けない謎があっても良い気がした。今は完璧さよりも、未熟でも、未完成でも、受け入れられそう。あのピザトーストサンドを食べたら、心が寛容になってしまったらしい。
「まあ、せっかくだからノートに書くか」
唯子はノートに圭人のコンサートの遠征で来ていたこと書いた。それに圭人への労いのコメントも残す。「今までお疲れ様でした。ありがとう」。それ以上の言葉は出てこなかったが、心はスッキリと晴れてきた。もう大丈夫。推しが引退しても、世界が終わるわけじゃない。受け入れて、明日も生きるしかないんだ。
「でもちょっと、物足りなかったかな。コーヒーとチーズトーストサンドも買うか」
ノートを閉じると、再び自動販売機の前に立つ。さて何を買おうか。選ぶ時間も楽しんでいると、少し笑顔になってきた。




