第2話 きつねうどん
「なんでこんな土地に来てしまったんだろ……」
野田旭のため息が溢れていた。なぜか今、とある田舎町にいた。いかにも限界集落っぽい山里に見えたが、個人経営のコンビニを発見した。他に商業施設も見当たらないし、立ちよっていくことにした。
旭はこんな田舎では珍しいスーツ姿だ。髪の毛もセットされ、ブランドものの時計もつけている。年齢はちょうど三十歳。働き盛りだ。でも、それは見かけだけだった。
そこそこ偏差値の高い大学を卒業後、とあるコンサル系の企業に入り、バリバリと出世していた。見た目もいい旭は、顧客というよりはファンも作り、成功していたと言っていい。元々完璧主義で手が抜けない旭。いつも上司や顧客の期待以上の仕事を提供し、休日もビジネス関連の勉強を頑張っていた。いつか独立し、起業するのも夢だった。こうして頑張っていればいつか報われると思い、プライベートも犠牲に仕事をしていた。上には上がいるし、少しでも休んだら、何か失敗をしてしまう恐怖感も消えなかった。
しかし、こんな生活は長く続かなかった。過労で倒れたことをきっかけに、パニック発作や適応障害も発症。ついに去年は休職してしまった。
そして復帰したわけだが、当時のように頭がまわらず、思った通りに働けず、今は経理部でファイリングの仕事などをしていた。見事な落ちぶれよう。陰では「没落貴族」というあだ名もつけられ、クスクス笑われていることも知っていた。今日も女子社員に笑われた。同時に何かが切れてしまい、有給をとり、適当に電車を乗っていたら、乗り過ごし、こんな田舎まで来てしまったらしい。
時計を見たらもう夕方。空もオレンジ色に染まっていたが、どうにも帰る気になれない。しばし、この個人経営のコンビニで買い物することにしたが。
「は?」
驚いた。コンビニだと思っていたが、中は無人だった。しかも全部自動販売機で商品が提供されているらしい。そのどれも昭和レトロな自動販売機だった。壁一面に並んだそのデザインは、ぱっと花咲くように派手。少なくとも、令和には決してない色使いだ。夢や希望にみちている。昭和の華やかな色。戦後のアメリカ文化の影響もあったのかもしれないが、トーストサンドの自動販売機のオレンジ色の塗装は、特に目立っていた。
「へえ、昭和レトロね……」
そういえば、昭和レトロな喫茶店や文房具などが人気というニュースも見たことがあったが、確かにこの自動販売機は趣きがある。デザインに統一性もなく、オシャレに見えないが、大事に扱われていた空気は濃厚だ。単なる自販機というより、博物館の展示物にも近い。今でも現役で動いているのが奇跡みたいだ。
「へえ……。後百円玉は使えないのか……」
とりあえず、うどんとそばの自動販売機も前に立ってみた。この中でデザインは一番落ち着いている。ステンドグラスのようなデザインは、渋い。昭和に活躍した演技派俳優のような風格さえ滲む。
きつねうどんを注文したが、一分も立たずにでてきた。しかも少し安っぽい器に入っていた。器も小さめだ。主食というより、スナックやおやつみたいだ。自動販売機の渋さとのギャップに、少し笑ってしまうほどだ。
店にはソファやテーブルもあった。特にソファはオレンジ色で昭和っぽい派手さがあった。窓からは夕陽が差し込み、余計にソファの色が派手に見えたが、テーブルの上には七味や割り箸もちゃんとある。田舎の妙な店だったが、日本人らしいおもてなし精神が隠せていない。
ソファはふかふかだった。座りやすい。どうやら見掛け倒しではなかったらしい。
「いただきます」
スープは関東風の濃いめの味だ。案外、油揚げが大きく、しみしみ。うどんも柔らかく、あっけなく完食してしまう。確かにスナックみたいなうどん。器も安っぽい。味もチェーン店のうどんの味と比べたら、すごく美味しいわけでもない。不完全で隙が多いうどんだ。
それでも、隙が悪くない。まるで、不完全さを丸ごと肯定しているようなうどんだった。完璧主義だった旭には、少々眩しい。不思議と厚揚げの色も、なんだかキラキラして見えてきた。
「そっか……」
現在の旭もそうだ。「没落貴族」などと笑われ、人生しくじり中だったが、完璧さをゴールにしなければ、それはそれでアリかもしれない?
ふと、自動販売機が置いていない方の壁を見ると、地図が張ってあった。その隣には「逃げろ! 食え! 休め!」と手書きのポスターが貼ってあった。どういう意味のポスターは全くわからないが、目につく。特に「逃げろ!」という文字から全く目が離せない。
「逃げてもいいのかな?」
返事はない。窓の外のザワザワとした風の音が響く。この店には旭以外は存在しなかったが、無言の自動販売機たち。当たり前のように否定はしない。
「ま、たまには逃げてもいいんかね?」
もう一回呟くは、やはり否定もされない。同時に、お腹がグゥとなる。確かのスナックみたいなうどんでは物足りなかったらしい。
もう一度立ち上がり、今度は山菜蕎麦を買ってみた。自動販売機にはポップも貼ってあり、地元の特産品の山菜を使用しているらしい。これが名物で密かなファンも多いという。
「うん、これも楽しみだな」
出来上がるまでの数十秒。少しもどかしい時間だが、これも悪くない。たまには少し立ち止まろう。大丈夫。完璧さを捨てれば、何とかなるかもしれない。




