第1話 てりやきバーガー
自己啓発セミナーに行くと、元気が出る。音瀬麦穂はそんな気がしていた。
「さあ、皆さん。成功しましょう。自分の個性や才能を使い、頑張ろう! そう、世界は明るいんだ。幸せになろう!」
セミナー講師の声が響く。田舎にあるセミナー会場だったが、三十人ほどの受講生たちも拍手を送っていた。麦穂も拍手を送り、講師が用意したワークシートを記入し、やる気だけは高まっていた。
そんな麦穂、大卒後、とあるIT企業に就職したが、長時間労働やスキル不足により、適応障害になり退職。その後はフリーターとなり「好きなこと」や「やりたいこと」探しに彷徨い、バイト代は自己啓発セミナー代に消えていた。
今日もやる気だけは高まっていた。自分には才能がある、好きなことも見つかる、人生成功する、幸せになれると自分に言い聞かせる。気分だけはふわふわと高揚中。
おかげで帰りの道で迷った。運の悪いことにスマホのバッテリーも切れてしまった。モバイルバッテリーなども忘れた。
「ここ、どこ?」
見渡す限り、山だらけ。人も店もない。田舎の畦道だ。今更ながら、なぜ自己啓発セミナーの場所が田舎にあるか謎だったが、困った。腕時計を見たら、夕方の四時だった。もう夕方だ。このまま道を迷い続けたら、夜になってしまう。
田舎の道は薄暗い。戦時中の防空跡地も見えた。なんとなく空気もジメジメしている。春風は吹いているのに、なぜだろう。
「ここ、どこ……?」
道を迷い続けていたら、自己啓発セミナーで得たやる気は消えかけてきた。思えば、人生も迷子中。自己啓発というカンフル剤を入れたところで、根本的な解決は遠かったのかもしれない。
「はぁ、どうしよう……」
ネットを見ると、好きなこと、成功などポジティブな言葉が踊る。他人よりも一ミリでも多く幸福になることを求められる現代だが、本当だろうか。道を迷いながら、それすらもわからない。急に足元がぐらぐらしてきた。人生って一寸先は闇か?
確かに何の保証もない。いつ地震や病気がくるかもわからない。だったら、せめて好きなことも見つけたいとも思うが、それすらもよくわからない。やりたいこととか、夢とか、本当は何一つ必要じゃないかもしれないと思った時だった。
顔を上げると、変な店があった。一見、個人経営のコンビニ店風だ。チェーン店のコンビニとは違う雰囲気で、昭和レトロ風の看板も出ていた。
「ベンダーショップ・天国? 何この店?」
なんとなく個人経営のコンビニは入りにくいイメージだが、背に腹は変えられない。ここの店員に道を教えてもらおうと考えた。
「は?」
しかし、入店してすぐ後悔した。店の中はもっと奇妙だった。普通のコンビニではない。自動販売機の店だった。しかもその全部が昭和レトロ風の自動販売機で、うどん、そば、ハンバーガー、弁当などが提供されているらしい。
ずらりと並んだ自動販売機は、スマートさはない。普通の飲料の自動販売機より大きめ。デザインも華やか。ちょっと目がチカチカするぐらいだったが、反対側の壁をみたら、地図がはってある。
正直、スマホの地図アプリよりも単純なもので見やすい。駅やバス停の場所がすぐ把握できた。どうやら迷子は脱出できたらしい。ホッとしてきた。
改めて店を見る。冷静になって見ると、変な店だ。自動販売機だけでなく、野菜も無人で販売されていた。ネギやにんじん、白菜の隣に貯金箱が無造作に置いてあるだけ。
食事用のテーブルやソファもある。どちらもレトロ風のデザイン。色合いも華やかだった。今の時代にはない色遣い。一瞬、タイムスリップでもしたと思ったが、壁にはカレンダーも貼ってある。生命保険会社のノベルティのカレンダーだったが、ちゃんと現代の日付けを示していた。そう、今は令和のはず。
監視カメラはないらしい。そんな危機管理で大丈夫かと思うぐらいだが、田舎はそんなものだろうか。
壁の地図の隣には、手書きのポスターもある。なぜか「逃げろ! 食え! 寝ろ!」という文字が書かれていたが、何のことだかさっぱりわからない。
とはいえ「食え!」という文字を見ていたら、麦穂のお腹が減ってきた。もう自己啓発セミナーでの高揚感は消えていたが、人間の三大欲求の一つには逆らえない。
「へえ……」
一人で昭和レトロ風自動販売機を見ていたが、どのデザインも自由だ。のびのびとしていて圧倒されそう。
特にハンバーガーの自販機のデザインが妙だ。ニワトリのキャラクターがチキン料理を作っているイラストがデザインされていたが。
「それでいいの? なんかポリコレとか動物愛護団体からクレームとか来ないの?」
笑ってしまう。その自由さ。荒々しさに。昭和時代はネットもSNSもなかった。それ故、人の成功や幸福を見る機会もなかったのだろう。そう思うと、羨ましい。今麦穂が抱えている悩みは、昭和時代には決してなかったのだろう。
「そう思うと、ちょっと馬鹿馬鹿しくなってきたな……」
急に肩の力が抜ける感覚がしてきた。確かに、成功とか幸福とか、そんな追い求めなくても、もう幸せだったのかもしれない。昭和時代に比べたら圧倒的に豊かで便利なはず。他人と比べなければ、世界中の成功者を無視してしまえば、既にそこそこ幸せ?
そんなことを考えながら、ハンバーガーの自動販売機の前に立ち、お金を入れた。てりやきバーガーのボタンを押し、チャリン、チャリンと百円玉三枚入れる。驚いたことに五百円玉は使えないらしい。相当古い自動販売機らしいが、壊れた様子はない。錆や大きな傷もなく、今でも現役なのが不思議なぐらいだ。
その上、てりやきバーガー、一分ほどで出てきた。小さな箱に入っていたが、ちゃんと温かい。
「何これ? どういうこと? 手品?」
こんな一瞬で温かい料理が出てきたことが謎だ。首を傾げつつ、テーブルに向かい、ソファに座る。オレンジ色の派手なデザインのソファは、案外ふかふか。木目調のテーブルも案外オシャレだったが、ハンバーガーの箱を開ける。
白い紙に包まれていたが、パンはぺしゃっとし、肉も薄め。決してファストフードのハンバーガーより美味しそうではなかったが、包まれた白い紙や箱からも、なんかいい匂いがする。
チープな匂い。実際、味も完璧ではないが、それでいいのかもしれない。てりやきのソースも薄く、サイズも小さいが、味以外の何かを訴えている。
もくもくと咀嚼しながら思う。人生とか、成功とか、幸福も同じかもしれない。他人より優れることばかり考え、完璧を目指そうとしていたが、それは正解だろうか。そもそも正解があるのかもわからない。
自己啓発セミナーに出ても解決しないわけか。一時期気分が良くなるだけ。実際、今も人生迷子中の今は、何も解決していなかったと気づいてしまった。
「それでも、まあ。いいか。そんな気がする……」
実際、こんなチープなてりやきバーガーも存在している。完璧じゃなくていい。答えも一つじゃない気もする。そもそも答えというか、正解探しは、もう辞めよう。どうせ百点満点は取れない。だとしたら0点じゃなかったら、いいのかも。名前を書けたらオッケー。そんな気がする。
「さあ。お腹もいっぱいになったし、帰るか」
少し背伸びをし、てりやきバーガーの箱や紙を捨てると、もう一度地図を確認した。
「駅はこっち、バス停はこっちだね。ああ、何だ簡単じゃん。道に迷っていたと思い込み過ぎていたかも?」
もう大丈夫だ。迷子じゃない。家までちゃんと帰れるだろう。今はそれができたら、赤点じゃない。麦穂の顔は来た時よりも、晴れやかだった。
「ありがとう。ごちそうさまでした」
麦穂は自動販売機に声をかけ、店を後にしていた。




