第11話 かき氷
この土地は一応、関東だったはずだが、東京や横浜、浦安などとは全く違う。山に囲まれ、畑も多い。はっきりと言えば田舎。悪くいえば限界集落らしい。実際、メディアにも限界集落とし、話題にされたこともあるらしい。
「やっぱり、このあたりは薄暗いな……」
柏野美影はつぶやいた。見た目は地味なアラサー女だったが、その目は空虚。田舎の道を歩きながら、とある場所に向かっているからだろう。
その場所は自殺スポットだった。ネットでもよく話題になる森で、実際、その入り口周辺には看板がたっていた。「親、友達、兄弟の顔を思い出し、よく考えてください」という看板だったが、美影の目はより空虚になり、咳払いした。
「そんな人間関係に恵まれた人、わざわざこんな場所に来るわけないじゃん」
誰もいない場所に美影の声だけが響く。目の前は闇のように暗い森。不気味な鳥の鳴き声。風のざわめきも響く。
実は美影がここに来たのは二回目。先月、自殺を決行するために来たが、巡回中の警察に見つかりそうになり、逃げた。逃げた先に妙なコンビニがあり、そこでグダグダしているうちに、希死念慮も薄くなり、一旦、家に帰った。
とはいえ、また希死念慮に悩まされ、同じ場所に舞い戻ってきたというわけだ。
「今度こそ、ここで死ぬし……」
その呟きは細い。心の底から喜んで行きたいわけでもないが、もう人生に疲れた。
美影は子供の頃から人の心の声を感じることができた。はっきりとは聞こえないが、自分に向けられた好意だけでなく、悪意や敵対心、マウントも敏感に感じ取り、人間関係構築が上手くできない。家族も毒親だ。貧乏、虐待なども経験したが、さらに人の心を感じるようになってしまった。
いゆるHSPの症状にも近い。いっそこの能力を使い、占い師になったこともあったが、顧客が依存しストーキングされ、半年も経たずに廃業してしまった。去年のことであるが、生きづらさは最高潮となり、精神科の薬も効かない状態だった。
「はは、私の人生ってなんだったんだろ……」
そう呟きながら、森に入る。夕陽が眩しく、目を細めた瞬間。
「おい、何やってるんだ? 警察だ。ここは立ち入り禁止だ!」
警察官の声がした。
運が悪い。どうやら、また警察に見つかってしまったらしい。美影は慌てて走り、逃げた。
「なんでよー。自殺も上手くいかないのー?」
走りながら泣き言も出てきたが、気づくと田舎の道を走り続け、また、あの妙なコンビニの前に来てしまった。
店の名前はベンダーショップ・天国。個人経営のコンビニだったが、無人店舗。商品は全て自動販売機で提供される。しかも、その全てが昭和レトロな自動販売機だ。デザインも派手。見た目も大きめでスマートさがない自動販売機だったが、ラーメン、うどん、トーストサンド、ハンバーガーなどの食事が帰る。
前回、はじめて見た時は、その昭和レトロなデザインに圧倒され、少し楽しくなった。確かこの店にあるノートに、愚痴っぽく生きづらさも書いた記憶がある。
「あのノート、どうなったんだっけ?」
今更ながら、気になった。また、このコンビニに一歩、足を踏み入れてみた。
他の客は誰もいない。自動販売機の音はするが、しんと静か。窓の外からはオレンジ色の日差しが差し込む。余計に昭和レトロなデザインの自動販売機が派手に見えた。なぜか昭和と夕焼けの色は相性がいい。何かノスタルジー?
平成に生まれ、昭和時代のことはよくわからない。正直、美影は昭和に生まれても、平成に生まれても、令和に生まれても、生きづらさは変わりないと思っていたが。
「え、自動販売機にかき氷? 何これ?」
ぼんやりと自動販売機を眺めていたら、一機だけ一際、目立つものがあった。確かにトーストサンド、ハンバーガーの自動販売機のデザインも、昭和らしい華があったが、これは珍しい。
それはかき氷の自動販売機だった。パネルにはイチゴ、レモン、ブルーハワイのかき氷がデザインされ、目にも鮮やか。その色遣いは令和には決して見られない生命力が溢れていた。
しかも、自動販売機には張り紙もついてた。「完全復活!」という文字が書いてある。
「か、完全復活……?」
その力強い文字は目が離せない。
店の壁には「逃げろ! 食え! 寝ろ!」というポスターもあった。ここは自殺スポットに近い。美影のような人の為のポスターなのだろう。
残念ながら、美影には前来た時も、今回もこのポスターの文字には何も刺さらない。スルーしてしまったが、この自動販売機の「完全復活!」という文字には、吸い寄せられてしまった。
「私も復活できるの?」
当然、答えはない。ないが、もうこの自動販売機から目が離せなくなり、チャリンと百円玉を入れた。適当にブルーハワイ味を選んだ。確かかき氷の味自体は、どれも同じだったはず。着色量などの添加物だけが違うらしい。
自動販売機から大きめな音が響く。取り出し口を見ると、カップにシャーっと氷が降り積もっていく。カップから溢れ落ちそうなほど氷が降り、シロップが注がれて完成。あっという間だった。
見た目も鮮やかなブルーハワイ。甘い香りがする。細かい氷はキラキラと輝き、カップもキンキンに冷たい。
美影はこのカップを持ち、テーブルについて食べ始めた。
想像以上に冷たい。頭もキンとしてきたが、同時に冷静にもなってきた。
ブルーハワイ味といいつつ、甘いだけ。きっと味自体はイチゴやレモンと大差ないだろう。
こんなかき氷を食べていたら思う。人生もそんなもんかもしれない。見た目は色々変化するが、結局、味は同じ。最期の瞬間は絶対、死が訪れる。どんな人生でもそうだ。美影がわざわざそうしなくても、必ず死は訪れる。そう思うと、肩の力も抜けた。ブルーハワイのかき氷も、頭をキンキンさせながら、あっという間に完食してしまった。
ふと、前回来た時に書いたノートを見つけた。前回同様、テーブルの上にあった。
なんとなくペラペラとめくると、店主のかき氷の自動販売機のエピソードが綴られていた。元々は同業者の知り合いの店にあったが、損傷が激しく、使い物にならなかったらしい。しかし店主はなんとか復活させたいと願い、時間と手間をかけ、ついに生き返らせた。今はカレーの自動販売機も手入れし、復活させているという。かき氷の自動販売機は全国でもかなり珍しく、貴重らしい。ほぼ廃棄されているという。
「へえ……。復活……」
またこの文字を見ていたら、目元が潤んできた。冷たいかき氷を食べた後なのに、目が熱い。
その上、ノートをめくると、以前、美影が書いたコメントに返信まであった。イラストや漫画もある。説教はない。優しい言葉ばかり。店主や客数名の返信を見ていたら、余計に目元が熱くなり、耐えられない。ついに涙が溢れてしまった。
「そうね……。どうせ人生の最期は決まってるんだから、今はとりあえず……」
希死念慮が全部消えるかわからない。おそらく、またあの自殺スポットに向かう可能性も高いが、今はとりあえずそれも保留。このノートを見ていたら、そんな気がしてならない。
「今度はイチゴのかき氷、行く?」
再び、あの自動販売機の前に立つ。涙を拭い、財布から百円玉を取り出す。再び「完全復活!」の文字が目に入る。
「うん……」
美影は頷き、百円玉を自動販売機に入れる。チャリンと小さな音が響いていた。




