第10話 メンチカツ弁当
このままじゃダメだ。ずっと引きこもりとかダメ。
浦安寿、二十五歳。重く、長い前髪をかきあげながら、自分に言い聞かせていた。
見た目も暗く、憂鬱そうな寿だったが、それもそのはずだ。現在、引きこもり中だったから。幼稚園からずっといじめられ、中学生から登校拒否。たまに勇気を出してバイトにも行くが、そこでもいじめられ、結局、自室で引きこもり。その繰り返し。
でも、そんなんじゃダメだという想いもあり、今日はどうにか一歩、外に出てみた。冬も終わり、春もはじまっていた。引きこもり明けにはピッタリな気候かもしれない。
今日は家から近所のコンビニまで行く。これが目標だ。小さな目標だったが、今の寿にとっては大冒険。心臓はドキドキとはね、手に汗も流れてきた。
こうして何とか、住宅地を抜け、コンビニのすぐ前まで来たが、急に足が止まってしまう。
「あぁ……」
情け無い声しか出ない。コンビニには中学時代のいじめっ子がいた。しかも、可愛い奥さんや子供まで連れていた。ホームドラマのように幸せそう。
一方、いじめられた方の寿。引きこもり、コンビニに行くのも精一杯な状態。奥さんどころか友達や仕事すらない。そう思うと、理不尽。頭にかっと血が昇ったような気がしたが、いじめっ子がいるコンビニなど行けない。一目散に逃げてしまった。
怒りで気が動転していたのだろう。思わずバスに駆け込んだが、家とは正反対の行き先のに乗ってしまい、見事に迷子になってしまった。
どうやら隣町の田舎に来たようだ。過疎化が進み、限界集落だと話題になっていた。商業施設は何もない。地図アプリによると、パワースポットの神社、防空壕跡地、自殺スポットの森まで出てきた。いい予感は全くしない。むしろ、もう春なのに、背中がゾクゾクとしてきた。いじめっ子への怒りや理不尽さは、少しはおさまってきたが、どうしよう。どうしよう。もう夕方だ。オレンジ色の日差しが眩しい。
「ここ、コンビニか?」
すると、少し遠く方にコンビニの看板が見えた。小走りに向かうと、本当にコンビニがあったが、どうも雰囲気が違う。看板には「ベンダーショップ・天国」とあり、個人経営のコンビニのようだ。
ここだったら、思い切って入れるかもしれない。雰囲気も寂れているし、まさかいじめっ子はいないはず……。
勇気を持って一歩、中に入ると驚いた。というか、拍子抜けした。このコンビニ、無人経営らしかった。
しかも商品は全部自動販売機で売っているらしい。うどん、ラーメン、弁当なども帰るようだが、雰囲気が古い。昭和レトロな自動販売機ばかりだ。
とはいえ、長年引きこもりをしていた寿だ。無人店舗の上、他に人もいない状態にホッとした。しかも監視カメラもないようで、肩の力が抜けていく。
「あぁ、よかった……」
壁には地図もあった。その隣には変な標語のポスターもある。「逃げろ! 食え! 寝ろ!」とは一体どういう意味かわからない。ただ「逃げろ!」の文字を見ていたら、指先の力も抜けてきた。ここには逃げてきた。そう思いこむだけで、余計にホッとするから不思議なもの。
「しかし、レトロな……」
壁一面に並んだ自動販売機をゆっくりと見る。どの自動販売機も個性的だ。うどんやそばの自動販売機は渋い。トーストサンドの自動販売機は明るいオレンジ色。お茶漬けの自動販売機は珍しい。この自動販売機もイエローの塗装はされ、華やか。夕陽ともあいまり、余計に明るく見える。
そんな自動販売機の一番すみに目をやる。弁当の自動販売機があった。大切にメンテナンスされているように見える他の自動販売機と違い、ちょっとボロい。錆や傷も見える。おそらく五十年以上前の自動販売機と思われたが、こんな古い自動販売機から出てくる弁当って何?
ホッとしたはずなのに、冒険したくなってきた。手に汗が滲む。そうだ、今日は一つでもいいから目標をクリアしてみたい。この古い自動販売機の弁当を食べるのも目標にするの、きっと悪くない。
寿は財布を取り出し、百円玉を取りだした。千円札や五百円玉は使えないらしい。一体、どれぐらい古い自動販売機かわからない。メンチカツ弁当以外売れきれだった。それ以外、選択肢はなさそうだったが、ボタンを押すと、一分足らずで出てきた。
「早すぎない? っていうか、温かい……」
想像以上に早くできて驚くが、紙に包まれた弁当は素朴だ。コンビニの弁当とは違い、手作り感しか見えない。
ペラペラなプラスチックの容器の弁当だったが、別に自動販売機のようにボロくはない。弁当自体はちゃんと綺麗だ。それに微かに揚げ物のいい匂いもした。
店の中央にあるテーブルにつき、弁当を開く。さらにフワリと揚げ物のいい匂い。白米もツヤツヤ。卵焼きの黄色さもいい。あのお茶漬けの自動販売機の色合いにも全然負けていないじゃないか。
「いただきます」
一応、他に誰も来ないことを確認し、メンチカツ弁当を食べ始めた。メンチカツ、衣はサクッとし、中はジューシーだ。こんな素朴な見た目なのに、美味しい。ご飯や卵焼きもそうだ。良い意味で裏切られてしまった。あんな古い自動販売機で売られていた事も信じれない。
食べながら思う。そういう良い意味での裏切り、他にもあるかもしれない。いじめっ子が幸せそうにしてた。これは悪い裏切りだったが、そんな事ばっかりでもないのか。白米を噛み締めつつ、少しだけ気が楽になってきた。
「ごちそうさま」
気づくと、もう完食だ。大きな弁当ではない。腹八分目で終わったが、これはこれでアリかもしれない。次行く時の楽しみができたと思う。次は売り切れになっていた他の種類の弁当をチャレンジしてみたい。
そんな事を考えていると、隣のテーブルにノートがあるのに気づく。ノートは客が自由にコメントをかけるらしい。山菜そばのファンが多いようだ。熱心な感想が綴られていたが、中にはヘビィなお悩み相談も。近所の自殺スポットに行ったはいいが、実行できなかった経緯が綴られている。そのコメント、続きはなかったが、店主や他の客から励ましのメッセージが返信されていた。
温かいメッセージばかりだ。説教くさいものはひとつもなく、関係ない寿も見入ってしまう。目元も潤んできてしまう。自分にあてられたメッセージじゃない。そんな事実はわかっているのに、温かい言葉が胸に染み入ってしまう。
そんな言葉を見ていたら、大丈夫じゃないか。引きこもりでも何とかなるんじゃないか。そんな気がしてくる。
同時に、自分も何かコメントを残したくなったが、言葉が出てこない。結局、このあたりのご当地キャラの漫画を描いてしまったが、気持ちだけは込められた気がする。
「そっか。一人じゃないかも……」
明日もまたここへ来よう。まだ普通のコンビニにはいけそうにもないが、ここなら引きこもりでも、誰でも受け入れてくれるだろう。
「ごちそうさま!」
寿は笑顔で自動販売機にお礼を言い、長い前髪をかきあげた。




