第十五話 独立国民の夜明け(最終回)
「……佐藤くん、これまで私たちが並べてきたのは、この国の歪みや絶望ばかりだったわね」
上層部からの緊急無線により、動きを完全に止められた目の前の執行官たち。彼らのスマートフォンからも、掲示板の爆発的な大拡散を知らせるアラートが不気味に鳴り響いている。
静寂に包まれた夕暮れの教室で、御剣怜がノートPCの画面を見つめながら、静かに呟いた。
「ああ。だがな、御剣。俺たちが本当に陳列したかったのは、そんな惨めな檻の話じゃない」
俺はノートPCを引き寄せ、キーボードに指を置いた。
前世の四十八年間、社会の底辺を経験し、それでも世界の真実を求め続けてきた俺が、この二度目の人生で、一人の少女と共に辿り着いた最後の「事実カード」。
この世界を支配する奴らが、国民に一番忘れさせたくて、一番恐れていた最大の真実を、今ここで解放してやる。
俺は管理人IDを叩き込み、第十三弾――『最終章』となるスレッドをネットの海へ撃ち込んだ。
『オキュパイドジャパンの事実陳列』
『最終弾:忘却された独立国民へ――二千六百年の誇り』
俺たちが何百万、何千万の民衆の脳裏に向けて陳列したのは、この国の本当の姿だ。
【1:我が国は、神話の時代から数えて【二千六百年以上、ただ一つの例外もなく『万世一系』の皇統を繋ぎ、一度も王朝が途絶えることなく続いてきた、現存する世界最古の国家】である。これはギネスブックにも登録されている、冷徹な歴史的事実である。】
【2:他国の歴史は、すべて易姓革命や戦争によって何度も国が滅び、すり替わってきた歴史だ。だからこそ、二千六百年もの間、一度も滅びずに一つの血脈と伝統を繋いできたこの国の『偉大さと強固さ』を、戦後の占領軍(GHQ)は本気で恐れた。二度と立ち上がれないように、カレンダーを書き換え、教育を歪め、国名すら変えて歴史を隠した。】
【3:国名を変えられ、歪なルールを押し付けられ、どれほど中から溶かされようとも、俺たちの血脈と歴史は一ミリも途絶えていない。大人が守るシステム(檻)なんて、二千六百年の歴史の前には、たった七十年の浅い砂上の楼閣に過ぎないんだ。】
【4:お前たちが忘れているのは、自分たちが世界で一番誇りある歴史を持つ、独立国民だという事実そのものだ。目を覚ませ。俺たちの国は、まだ一歩も負けていない】
エンターキーを叩いた瞬間、ネットの向こう側で、何百万人の人々の「疑問を持たない脳(洗脳)」が一瞬でガシャリと音を立てて解けていった。
これまでの「絶望」をすべてひっくり返す【二千六百年の誇り】。
その圧倒的な事実に、掲示板は恐怖ではなく、魂の底からの愛国心と覚醒の狂熱へと大逆転した。
「俺たちの国って、そんなに凄かったのか……!」
「国名が何だろうが関係ない。俺たちの中に流れてる血は、一度も途絶えてないんだ!」
「管理人の言う通りだ、俺たちはただの檻の中の羊じゃない、誇りある独立国民だ!」
画面を見つめていた目の前の執行官たちは、もう佐藤を捕まえることの無意味さを悟っていた。民衆の脳が覚醒した以上、力ずくで口を塞いでも、もうこの濁流は止まらない。彼らは静かに無線を切り、一人の若き志士に敬礼すらするような背中で、教室を去っていった。
放課後の教室には、夕日が沈み、美しい群青色の夜空が広がっていた。
俺は満足したようにノートPCの画面をパタンと閉じた。
「世界が、完全に動き出したわね」と微笑む御剣。
「ああ。最高の青春だったよ」
二人は並んで、新しい風が吹き始めた夜の教室を歩き出した。
*
それから、数年後。
ネットの『事実陳列』から始まった国民の覚醒は、操り人形だった大人の政治を根底からひっくり返し、国名を元の『日本』へと取り戻す大きなうねりとなっていた。
駅前の喧騒の中、緑のタスキをかけて選挙カーの上でマイクを握る一人の青年がいた。
若く、健康的で、真っ直ぐな瞳をした、二十五歳の男。――佐藤だ。
オキュパイドジャパンの法律において、衆議院選挙へ出馬できる年齢(被選挙権)は【二十五歳】からと定められている。
ネットの掲示板の管理人として、ただ事実を並べていた少年は、その権利を得た瞬間、今度は本物の議事堂の舞台へ、この国の「本当の独立」を勝ち取るために立候補したのだ。
「皆さん、こちらは【事実陳列党】の佐藤です! 私は綺麗事の政策を並べにきたわけじゃありません。私はただ、この国の本当の姿を、もう一度皆さんの前に陳列しにやってきました!」
選挙カーのすぐ下では、大人になった御剣怜が、いつもの冷徹で、しかし誰よりも信頼に満ちた瞳で俺を見上げ、フッと微笑んでいた。
前世で不条理な社会の底辺に泣いた男の二度目の人生。
二十五歳の若き志士となった俺の、本当の戦いは、ここから始まる。
(『異世界転生してみたら、何もおかしくない世界のおかしい国名に俺だけが困惑している』 完結)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
作者のスコ平おじさんです。
前世で不条理な社会を生き抜き、四十八歳でその生涯を閉じた男が、二十五歳という新たな「主権(被選挙権)」を手に入れ、本当の独立を勝ち取るために出陣する。この物語の結末は、私が最初から絶対に描きたかった、この作品の本当のグランドフィナーレです。
実は、この物語を書こうと思った原点は、私自身の生々しい日常の対話の中にありました。
最近、仕事柄多くの年配の方々、いわゆる団塊の世代と呼ばれる方々と話す機会が多く、また自分の両親とも会話を重ねていく中で、私は胸が張り裂けそうなほどの、ある恐ろしい「違和感」を抱くようになったのです。
彼らの一部から透けて見える、「自分たちの世代さえ勝ち逃げできれば、息子や孫の代のことはどうなっても知らない」という乾いた価値観。
他国に自国民が誘拐され、その家族が寿命のタイムリミットを迎えている過酷な現実を前にしながら、もし我が子だったら絶対に知らんぷりなどできないはずの悲劇を、どこか「他人事」として見過ごせてしまう冷酷な無関心。
国を愛し、一生懸命に生きてきたはずの彼らの脳から、なぜ、この国が二千六百年の間、連綿と紡いできたはずの「次の世代へ誇りを繋ぐ」という最も大切な大元(根っこ)が、これほどまでにすっぽりと欠落してしまっているのか――。
作中で佐藤と御剣が陳列してきた無数のデータや法律(空域、食料、水道、再エネ、宮家、そして万世一系二千六百年の歴史)は、すべて誰もが今すぐネットで調べられる「本物の現実の事実」です。
私たちが当たり前だと信じ込まされているこの世界のルールの中に、どれほど恐ろしい檻が隠されているのか。
この物語を通じて、皆様の胸の中に少しでも新しい「違和感」と、そして独立国民としての「誇り」の狼煙が上がったのであれば、作者としてこれ以上の喜びはありません。
全十五話の短編としてこの物語を完璧に描き切ることができたのは、ひとえにブックマークや最高評価をくださり、毎日更新を追いかけてくださった読者の皆様の熱い応援があったからです。皆様の存在こそが、私の最高の執筆エネルギーでした。
世界は、まだ一歩も負けていません。
【事実陳列党】の佐藤と御剣の本当の戦いは、ここから始まります。
改めて、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
またどこか別の物語でお会いしましょう。
事実陳列党、党首・佐藤より、すべての独立国民へ愛を込めて。




