第十三話 主権の限界と、絶滅のカウントダウン
土曜日の三者面談で文科省の成瀬を完全に見限ったことで、国側は「もう法律の盾や買収といった、生ぬるい大人の手続きでは止められない」と判断したらしかった。
放課後。誰もいない教室でノートPCを開き、管理人ページにログインした瞬間、俺と御剣の身体が同時に緊張の糸を張った。
画面に並ぶアクセス解析のログ――そこには、今までのような government(政府)のドメインではない、不気味な文字列が並んでいた。
『npa.go.oj(警察庁)』
『cas.go.oj(内閣官房・内閣情報調査室)』
「……佐藤くん。ついにハッタリじゃない、本物の『国家の執行組織』が動き出したわ」
御剣が冷徹な瞳の奥に、かつてない張り詰めた色を宿して呟いた。
ネットの足跡からこの学校が特定されている以上、大元の管理人である俺たちの元へ、本物の大人が実力行使(拘束)にやってくるのは、もう時間の問題だった。
だが、恐怖はなかった。長年、社会の不条理の底辺を這いずり回ってきた前世の記憶が、俺の背中を冷酷に押し上げている。
「問題ない。捕まるのが先か、すべての事実をネットの海へ刻み込むのが先か、ただの算数だ。大人がそこまでして隠したい『この国の最大の無力』を、今すぐ陳列してやる」
俺はブラウザを使わず、黒い画面を開いた。
攻撃のノイズでフリーズした画面を無視し、MS-DOS世代の指捌きで、文字データだけのパケットをサーバーのAPIへ直接流し込む。通信のミリ秒単位の一瞬の隙間を縫って、第十一弾となるスレッドがネットの海へ撃ち込まれた。
『オキュパイドジャパンの事実陳列』
『第十一弾:最新兵器の脳と、見捨てられた自国民――主権の限界』
俺たちが掲示板に陳列したのは、この国の生存と安全保障の根底を覆す、冷徹な「二つの事実」だ。
【1:我が国『オキュパイドジャパン』が誇る、一機数百億円の最新鋭ステルス戦闘機や防衛システムの『電子制御プログラム(兵器の脳)』は、すべて供給国(外国軍)が掌握しており、日本の技術者は中身を見ることも触ることも許されない【完全なブラックボックス】である。】
【2:どれだけ大金を叩いて最新兵器を揃えても、その心臓部は外国のライセンス認証がなければ起動すらしない。有事の際、他国の都合に沿わない動きをすれば、遠隔でシステムを機能停止できる仕組みが最初から組み込まれている。我々が持たされているのは、ただの『高級な遠隔操作ロボット』に過ぎない。】
【3:そして何より、誰もが目を背け続けている最大の不条理が、自国民の拉致問題である。他国に自国民が誘拐されたにもかかわらず、この国は自力で奪還する武力行使すら憲法の縛りで選べず、対話という名のごまかしで何十年も引き延ばしてきた。】
【4:拉致被害者の親世代はすでに九十代を迎え、活動の象徴である母親をはじめ、『家族の寿命という絶対的なタイムリミット』を国全体が分かっていながら、実質的にただ死を待つように放置され続けている。最新兵器に何兆円注ぎ込もうがスイッチは他国に握られ、現場の自衛官を追いつめる一方で、奪われた自国民一人すら自分たちの力で取り戻せない。】
【5:一番大切な国民の命すら救えず、他国の顔色をうかがって時間切れを待つだけ。――これで、国家と言えるのか。この圧倒的な無力さこそが、占領下の完成形だ】
エンターキーを強く叩いた瞬間、データはネットの海へ爆弾のように着弾した。
「これで国家と言えるのか」という、管理人の冷徹でありながら血の滲むような叫び。そして、拉致被害者の家族の寿命を「分かっていて放置している」という生々しい国家の機能不全の事実に、ネット住民たちの間に過去最大の「悲痛な地鳴り」のような叫びが広がっていった。
「戦闘機に何兆円も払って、自分の国の国民一人助けられないなんて、ただの檻じゃねえか……」
「本当に時間がないのに、政治家はポーズだけで全員の寿命が尽きるのを待ってるんだ……」
「『これで国家と言えるのか』って言葉が胸に刺さりすぎて涙が出てきた。俺たちの国って一体何なんだよ!」
大人がネットを力ずくで潰そうとすればするほど、民衆の怒りの濁流は国家のシステムを完全に凌駕し、ネット中を激震させていく。
だが、その時だった。
コツン、コツン、と静まり返った放課後の廊下に、複数の冷徹な足音が響いた。それは、これまでの山崎先生や成瀬のような生易しい響きではない。完全に獲物を追い詰めた、プロの執行官たちの足音だった。
足音は、俺たちの教室のドアの前でピタリと止まった。
画面の向こうで広がる民衆の巨大な地鳴りと、目の前のドアの向こうから迫る国家の執行。
俺と御剣はノートPCの画面からゆっくりと目を離し、そのドアを見つめながら、ただ静かに、不敵な笑みを深めた。
(第十三話 終)




