最終話 最高の復讐と新たな門出
あの修羅場から、半年が過ぎた。
季節は巡り、澄み渡るような青空が広がる秋の休日。
私は今、都内でも有数の格式を誇るホテルの披露宴会場にいた。
シャンデリアが煌めき、テーブルには豪華な料理と花々が並んでいる。
その中央で、純白のウェディングドレスに身を包んだ美咲が、幸せそうに微笑んでいた。
隣には、タキシード姿の翔太さんが頼もしい表情で立っている。
「……いい式ですね、佐和子さん」
隣の席から、重厚な声が掛かった。
黒紋付羽織袴を威厳たっぷりに着こなした老紳士――二階堂家の本家当主、かつての義父だ。
「ええ……本当に。お義父さん、今日はご出席いただいて本当にありがとうございます」
「何を言うか。可愛い孫の晴れ舞台だ、這ってでも来るわい」
義父は目を細めて美咲を見つめ、それからグラスを傾けた。
「それにしても……あの『一千二百万円』が、こうして素晴らしい式の費用になったと思うと、せいせいするな」
私は口元を扇子で隠し、クスクスと笑った。
「ええ。おかげさまで、美咲の夢だったロケーションでの挙式も、お色直しの着物も、全部ランクアップできました。あちらからの『手切れ金』としては、十分役に立ってくれましたわ」
そう。あの日、私が突きつけた一千二百万円の請求。
健一郎と玲子は、義父への通報を恐れ、死にものぐるいで金策に走ったそうだ。
風の噂――というか、義父の情報網によると、彼らの末路は悲惨なものだったらしい。
見栄のために住んでいた高級マンションは即座に売却。玲子が自慢していたブランドバッグや宝石類もすべて質屋行き。
それでも足りず、あちこちから借金をして、期限ギリギリに私の口座へ振り込んできた。
「あいつら、今は築四十年の狭いアパートに住んでいるそうだよ」
義父が冷ややかな声で教えてくれた。
「健一郎はプライドが邪魔して再就職もうまくいかず、夜間の警備員や清掃のバイトをしているとか。玲子の方もパートに出ているようだが……金がないせいで毎日喧嘩が絶えず、怒鳴り声が近所迷惑だと苦情が来ているらしい」
「まあ……それはお気の毒に」
言葉とは裏腹に、私の胸には一片の同情も湧かなかった。
名家の威光も、虚飾の財産も失い、愛も冷めきった二人が狭い部屋で罵り合う日々。
それこそが、彼らに相応しい「老後」だ。
会場が拍手に包まれる。
お色直しを終えた二人が、各テーブルを回ってきた。
私たちのテーブルに来た美咲は、私と義父を見て、今日一番の輝く笑顔を見せた。
「お祖父ちゃん、来てくれてありがとう! それに母さん……本当にありがとう」
「美咲ちゃん、綺麗だよ。世界一の花嫁だ」
「ふふ、ありがとうお祖父ちゃん」
そして翔太さんが、改まった様子で私に頭を下げた。
「お義母さん。……あの時は、本当にありがとうございました。お義母さんが戦ってくれたおかげで、僕たちはこうして前を向けました」
「いいのよ翔太さん。……ご両親のことは、辛かったでしょう?」
「いえ」
翔太さんは首を横に振った。その目にはもう迷いはない。
「僕は、本当の家族を手に入れましたから。佐和子さんや、お祖父様……そして美咲ちゃん。心から尊敬できる人たちに囲まれて、僕は今、人生で一番幸せです」
その言葉を聞いて、私は胸がいっぱいになった。
片親だから不幸? 躾がなってない?
いいえ、違う。
愛情を持って育て、信頼で結ばれた絆があれば、人はどこまでも強くなれるし、幸せになれるのだ。
美咲が、いたずらっぽく笑って私に耳打ちした。
「ねえ母さん。あのお金、まだ新婚旅行に行けるくらい余ってるよね?」
「ええ、もちろんよ」
「じゃあさ、本当のお父さんにも感謝しなきゃね。『お父さん、ありがとう! あなたの身を削ったお金で、私たち最高に幸せになります!』って」
「ふふっ、そうね。きっと向こうでくしゃみをしてるわよ」
私たちは顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。
過去の呪縛はもうない。
二階堂健一郎と玲子という「反面教師」のおかげで、この若い二人はきっと、お互いを大切にする素晴らしい夫婦になるだろう。
披露宴がクライマックスを迎え、美咲が私への手紙を読み始めた。
涙を流しながら「生んでくれてありがとう」と語る娘の姿を見ながら、私はシャンパンを一口飲んだ。
苦労もあった。泣いた日もあった。
でも、私の人生は間違っていなかった。
最高の娘を育て上げ、因縁の相手にも完全勝利し、こうして美酒に酔いしれているのだから。
「さて……」
娘は巣立った。
肩の荷は完全に下りた。
これからは、私のための第二の人生だ。
手始めに、あの養育費の残りで、ずっと行きたかった温泉旅行にでも行こうかしら。
私は空になったグラスを掲げ、心の中で高らかに乾杯をした。
私の、そして私たちの輝かしい未来に。
(完)




