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CASE1-4

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません


CASE1 加護持ち人と獣人


別のことに集中し、こちらを気にしてないリナをここぞとばかりに眺める。

リナの最初の印象は柔らかそう、であった。

実際転びそうになった彼女を抱きとめてその身体の柔らかさにも惹かれたが、そういう意味ではなく、暖かい気候と心地よい日の日差しが良く似合うという意味での柔らかさだ。


獣人のほとんどは容姿というものにそこまで執着していない。

大事なのはお互いの性格や相性、そして健康かどうかということであり、正直ヒトのいう美醜の基準を理解できないのだ。


(だからリナ嬢の苦痛を理解しきれない……)


獣人やエルフ、魔族といったヒト以外の種族に加護は与えられない。

一説には、他の種族とのバランスをとるために与えられたのだという説もある。


獣人に限った感覚で言えばリナのような加護持ちは尊重されて然るべきだ。

特別な力があるものは、他のもののためにその力を振るう……ならば守り称えるのは当然のこと。

なのにヒトは畏怖の対象とし、排除し、蔑もうとする。

そのくせ自分たちの利益は手放さないのだから質が悪い。

都でも虐げられた加護持ちを保護する案件が後を絶たないが、リナはそういう意味で稀なケースだ。

家族に、友人に、周りに大事に育てられたのが目に見えてわかる。


番の悩みならそれは自分の悩みと同義。傷ついているなら慰め、慈しみ、寄り添いあっていく。

ただ今回の場合は私の言葉が逆にリナを苦しめることになるかもしれない。

いくら私が思いのたけを伝えても、今の状態ではきっと彼女には届かない。


(傷ついているのが分かっているのに、その相手が手の届く距離にいるのに、私は……)


リナのことを考えるだけでツキツキと胸が痛む。

思わず手に力が入った時、あの、という控えめな声が響いた。


「はい」

「サイン、しました」


差し戻された誓約書に並ぶ二人のサイン。

まだ何の関係性でもないというのに謎の満足感が身体を支配した。


「ありがとうございます……あとは……」


室内を見渡し開閉可能な窓を見つけると誓約書をもってそちらに近づく。


「開けても?」

「どうぞ」


許可を貰いその窓を開け、誓約書を投げ捨てる。

驚きの声とともにリナがこちらに向かうのが見え、彼女が見やすいように一歩下がった。


「え、あの鳥がさっきの誓約書ですか?」

「えぇ、誓約書に魔法がかかっておりそのまま都の教会へ飛んでいきます」


投げ捨てた誓約書は瞬く間に姿を変え白い鳥となって羽ばたいている。

その姿はあっという間に見えなくなり心地よい風だけが吹いていた。

斜め前にいる彼女の髪が揺れる。微かに香る薔薇の匂い。きっと先程の温室でついたのだろう。

すぐにでも触れたい欲を押さえ手を後ろに組みなおした。


「……その、これも私が貴女の番であることの証明になると思うのですが……」

「あ……」


まだ彼女から認めてもらっていない。

いくらこちらが番だと言っても、ヒトがそれを受け入れなければただの他人だ。獣人同士ならば言葉にしなくとも分かるのだが、ヒトの場合、相手の口から番だと認める言葉がもらえなければ番にはなれない。


番の嫌がることはしたくない、焦らせたくない、がっかりさせたくない、拒否されたくない、でも受け入れてほしい、触れる許可が欲しい、自分の番だと主張できるものが欲しい。一言でいい。番ということを認めるものでなくてもいい。友人としてでもいい。自分が彼女の傍に居られる肩書を得たい。


これだけ近くに居るのに理性を保てている自分を褒めたい。だいぶギリギリではあるが。


「……私がカーティス様の番だということは、理解しました」

「!!」

「ただ、その……えっ?!」

「ありがとうございます!」


受け入れられた、と思った瞬間どうしようもない嬉しさが身体を支配する。

勢いに任せてリナを抱き上げれば戸惑う彼女の顔が近くに見え、輝く金の瞳と視線が絡み合った。

そういえば加護を持つ者は皆この瞳の色になると聞いたことがある。

満月のような神秘的なその輝きに吸い込まれそうになっていると彼女の戸惑う声が聞こえてくる。


「う、わ……待って、ちょ、と……ストップ!ストップです!」


リナの声にピタリと動きを止め静かに彼女を下ろす。

そのまま少し距離を取るとその場に跪いた。


「申し訳ございません、許可もなく触れてしまいました……どうか許してください」


喜びのあまり一瞬我を忘れてしまった。

先程リスター伯爵と約束したばかりなのに。

彼女は嫌がっていなかっただろうか、怒っていないだろうか、私に恐怖を感じていないだろうか。


何を言われるか分からず心臓の音が反響するほど静かな時間が過ぎる。体感的には長く感じたが、実際の時間は一瞬だったのだろう。


「ご、ごめんなさい!そんな、やめてください!驚いてしまって……それだけなので……!」


私の肩に触れるリナの手に恐る恐る顔を上げれば真っ赤になって焦っている彼女が目に入った。

本当に恥ずかしがっているだけの様子なのを確認し漸く安堵の息を吐いて立ち上がり、もう一度頭を下げた。


「改めて申し訳ありません、受け入れてくれたことが嬉しく、一瞬我を忘れてしまいました」

「私の方こそすみません……慣れてなくて……必要以上に騒いでしまって……」


両手で顔を隠しながら話す彼女も可愛らしい。

それにしても番の口から拒まれるような言葉を聞くというのは想像以上に堪えるものがある。

二度と聞くことのないように精神面を鍛えなければならないと強く決心した。


「あの……」

「先輩っ!!!!ダメですよ!!!ってあれ……?」


リナの声がテディの声によってかき消される。

慌てて駆け付けたらしい彼は何故か縄をもって部屋に飛び込んできた。


「テディ、今貴方リナ嬢の言葉を遮りましたね」

「え、理不尽!!俺は先輩がリナ嬢に手を出したんじゃないかと思って慌てて駆け付けたってのに!」


そう言うテディの言い分に一応は納得する。見境が無くなった獣人ほど面倒なものはない。

先程のリナの声を拾ったのなら尚更だ。


「っていうか、え?先輩すでに手出し……」

「見るな」


テディがリナと私の顔を交互に見ているのに気が付き、今だ顔の赤みが残ったままの彼女を背に隠す。

こんなに可愛らしい顔を他の男に見せてたまるものか。


「言っておきますが手は出して……出してはないです、多分」

「多分?!リナ嬢!嫌なことは嫌って言ってくださいね!!じゃないとマジで止まらないですよ!!」

「だ、大丈夫です!その、ちょっと私が大げさに騒いでしまったので」

「リナ嬢……貴女は押しに弱そ……優しそうなのでこれは獣人(おれ)からのアドバイスですけど、絶対に主導権を握ってくださいね。俺らは何があっても番の嫌がることをしません、先にここまで許していると伝えることが大事です。逆にこれ以上はダメだということも」

「は、はい……」

「……私たちを心配して駆けつけてくれたことには一応感謝しておきます。まだリナ嬢との話が終わっていないので貴方ももう戻りなさい」

「……本当に大丈夫なんですよね?」

「えぇ、もう大丈夫です」

「分かりました……伯爵たちにはバレないよう来たんで感謝してくださいよ、優秀な後輩に」

「……都に戻ったら好きなだけ奢ってあげますよ」

「やった!ではお邪魔しました!」


風のように来て風のように去っていったテディの足音が聞こえなくなると背に隠したリナと向き合う。

先程より落ち着いたのか、いつもと変わらない頬の色を少しだけ残念に思う。

もう少し恥じらう姿を目に焼き付けていたかった。


「リナ嬢、少し邪魔が入りましたが先程言いかけたことをお話しいただけますか?」

「あ……その前に確認なんですけど、私が自分をカーティス様の番だと認めたときから、その、こ、婚約者、という扱いになるのですか……?」

「そうですね、勿論婚約の手続等はヒト同士の婚約と同じ手順を踏みます。要はお互いの家族への顔合わせや結婚後の身の置き方に関しての取り決めとかですね……ただ、獣人との婚約はヒトとの婚約と違い、一度交わすと破棄になることは不慮の事故を除いて絶対にありえません」

「そう、ですか……」


歯切れの悪い返事、そして思案するような表情と仕草にこちらもだんだん不安になってくる。

先程リナは番だと『理解した』と言った。私と彼女が番だということを『理解した』と。

それは番だということを受け入れはしたが、番になることはまだ認めていないということだ。


(やはりまだ証明が足りないだろうか、リナ嬢を安心させるためなら何日でもとは思ったが正直今すぐにでも番になりたい……しかし嫌だという気持ちがあるのなら……)


「カーティス様が良ければ……って、えっ!?どうしてそんな落ち込んでいるんですか……?」

「あ……申し訳ありません……少し、言葉の意味を深読みしてしまって……」

「深読み……?」


想像だけでこの有様だ。これ以上何かを考えたら本気で立ち直れなくなってしまう。

私がまた涙を流すのではないかと心配そうにのぞき込む彼女の手を取り自分の頬に当てた。


「リナ嬢……お願いです、私を番に……婚約者にしてください……何でもします、貴女が望むなら私以外のヒトとの関係を持っても構いません、嫌ならば必要以上に触れないことも約束します、ですから……」

「っ」


リナが息を飲む音が聞こえる、それと同時に彼女が膝から崩れていくのが分かり慌ててその身体を支えた。しかし咄嗟のことに支えきれずともにズルズルと床にしゃがみ込む。


「リナ嬢……?!」

「待って、本当にきれいすぎ、無理、かっこよすぎる、眩しい、無理、美人への耐性がない」


否定の言葉と称賛の言葉が交互に聴こえ、喜んでいいのか落ち込んでいいのか分からずにいると再び真っ赤になった彼女が目を閉じて私の胸に額を付けるように身体を預けた。急な接近に心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。


「認めます、私は貴方の……カーティス様の番です」

「!!!」

「でも……私は異性からの好意……というか、異性そのものに慣れておりません、今だって、あんな……あんな表情で迫られたら私はもういっぱいいっぱいですし、触れられるのも、愛の言葉を囁かれることだって慣れてません」

「……はい」

「あっ、別にカーティス様に触られるのが嫌とかではなく……それなら今こんなに近くに居るわけないですし……そうじゃなくて、その……ゆっくりと、関係性を築いていきたいのです……今日会ったばかりですし、お互い知らないことがまだたくさんありますし……」

「はい……!」

「とりあえず緊急時以外で私に触れる時は宣言してからにしてください……私の心臓が持ちません……」

「その、では早速なんですが……抱きしめてもいいですか?」

「だっ……っ」


やや暫くの間の後小さく頷いたのを確認し同時にリナを抱きしめる。

石のように固まっている彼女からのお返しは無かったが十分だ。


「リナ嬢、私のことはどうかサイモンとお呼びください」

「……私も敬称はいらないです……」

「……リナ」

「!!っもうだめです!これ以上は……!」


その言葉にパッと両手を離す。

何事もなかったように立ち上がるときちんと許可を取って彼女の身体を起こした。

本当に耐性がないのか、恥ずかしさから瞳が潤んでいる彼女を見て良くない欲が顔を出す。

必死にそれを隠して押し込むと最後にやらなければならないことを思い出した。


「リナ、改めて番になることを受け入れていただきありがとうございます……その、リナが私の番であることを他人にも分かるようにしておきたいのですが、よろしいですか?」

「そ、れは……何をすれば……他に誓約書でも?」

「いえ、ちょっと噛ませていただきたく」

「噛ま……?噛む……?何をです?」

「リナを、ですね」

「私を……?!!?!?」

「そして私のことも噛んでもらえれば」

「私が……!??!?!」


そんなに驚くことだろうか、と首を傾げるとリナは信じられないという目で私を見ていた。


お読みいただきありがとうございました。

ストックがあるうちは土日更新予定です。

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