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CASE1-5

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません


CASE1 加護持ち人と獣人

「えっ、それ、本当にしなきゃいけないんですか……?」

「えぇ、所謂マーキングというものです。お互いに魔力を伴った印をつけることで自分のものであると他人に知らせる意図があります……婚約期間の間だけですが」

「……私、この家から出ないので……」

「ダメです、何より私が不安で落ち着かない……本当なら分かりやすい場所に付けるのですが……リナが嫌がるのであればなるべく目立たない場所にしますので……」

「くっ……」


この短い間にカーティス……サイモンは私が彼の何に弱いかを把握したようだ。

先程ミルトンが言っていた言葉もその通りだと今ならわかる。

恐らく私は“お願い”に弱い。

頼まれれば、懇願されれば、自分が出来ることなら、きっと私はその“お願い”を聞いてしまう。

サイモンが相手だとなおさらだ。ただでさえその容姿に慣れていないのにこちらを窺うように頼まれたらとても断りにくい。猫の獣人だなんて聞かなければよかった。大きな猫に見えてしょうがない。


「……本来ならどこを噛むのですか?」

「目に入りやすいところですね、手の甲や首、鎖骨やうなじとかでしょうか」

「……それはちょっと……」


手の甲はともかくそんなところに顔を寄せられるのはまだ抵抗がある。

だからと言って手の甲は目に入るので目立つだろう。


どこかいい場所はないかと自分の身体に視線をやる。

ふと、ふっくらとした自分の腕が目に入った。


「あの、ここはどうですか?」

肘窩(ちゅうか)ですか、リナが良ければそこでいいですよ」


(ひじの内側って肘窩って言うんだ……)


新たな学びを得つつ、何でそんなことを知っているか不思議に思っているとあぁ、とサイモンが答える。


「戦闘訓練の一環で身体の名称を覚えるんですよ」

「えっ、声に出てましたか?」

「いえ、リナの視線は意外と分かりやすいので」


それは思ったことが顔に出ているということだろうか。

そんなこと、一度も言われたことなどないのに。


(あぁ、そうか、彼は私を見ているからか)


加護持ち特有の金の瞳、そもそも呪いではなく祝福のはずなのだが、呪いが移るというような噂が流れたり、その心を見透かすと言った嘘か真か分からないものが出回ってしまい、人々は殊更腫物を扱うように私たちを見ていた。


私も私で迷惑が掛からないよう視線をずらすことが多かったのだが、サイモンは最初から私の目を見てくれていた。私が視線を外しても、こちらが彼の様子を窺えば必ず視線が絡む。


(……当たり前なのに、変な感じ)


くすぐったさを感じているとサイモンが私の名を呼んだ。


「ではそこで……曲がるところの上と下、どちらがいいですか?」

「あ、では上で……」


触れますね、という言葉とともにサイモンが二の腕と手首を支えるように持ったが、ふと自身の眼鏡を外して指にかける。思わずその姿に見惚れていると至近距離で視線が噛み合った。身長があまり変わらないため顔と顔の距離が近い。

眼鏡というのは本当に人の印象を変える。あまりの刺激の強さに思いっきり目を閉じた。


「……リナ、ダメですよそんなに可愛らしい顔をしては」

「してないです!絶対してないです!!」

「困りましたね、もっと触れたくなってしまいます」

「困らないでください!!早く一思いにやっちゃってください!!」

「ははっ、わかりました」


サイモンが動く気配に薄目を開ける。

彼の顔がだんだんと腕に近づき吐息を感じると思わず身を揺らしてしまった。


チクリとした軽い痛みを感じて目を開ければ痛みを感じた場所にうっすらと歯の痕が残っていた。


「痕は数日で消えますが、替わりに我が家の象徴であるガーベラが浮き出るはずです」

「……それ、先に説明してもらいたかったです……」

「心配しなくてもそこまで大きいものではありません、周りに見せつけられないのは残念ですがその場所でしたら服装で隠れます」


マーキングをしたせいか気分の良さげなサイモンをみて次の文句が言えなくなる。

着実に絆されているのを感じつつその痕を見ていると、ではと目の前に手が差し出された。


「リナはここにお願いします」

「!!!!」


この一瞬の間に次は自分の番だということを忘れていた。

差し出された手、そして指示された場所は左の薬指の付け根。

所謂結婚指輪をはめるところだ。


「重すぎません……?というかこれ私が重いということになりません……?」

「そんなことはありません、獣人が男性の場合ここに付けることが多いですよ」


ニコニコと笑うサイモンに疑いの目を向けていると少々事情もありまして、と話しにくそうに咳払いをする。


「ここに付ける男性獣人が多いのは、ヒトの女性に言い寄られないためなんです」

「あぁ、なるほど……」

「ヒト以外の種族の女性であればマーキングの魔力で番が出来たと感じることが出来ます……しかしヒトはそうはいかず……分かりやすく婚約者がいることを示すためにもここがいいのです」


サイモンの説明に納得する。

先ず、ヒトは魔力を感知できない。魔力自体はヒトも持っているがそれを感知するためには専用の魔道具が必要となる。人は魔力を込めることしかできず、魔道具(媒介)無しに魔法を使うことが出来ないのだ。

そして獣人は男女ともにヒトから見れば圧倒的に顔が整っており、その容姿に憧れ近づく人が多い。獣人もある程度の年齢になり番が見つからなければ番ではない人と結ばれることもあるという。特に爵位を持つ獣人は後継者問題もあり受け入れることがあるらしい。


(きっとその可能性に賭けているヒトが多いのね)


サイモンもきっとたくさんのヒトに囲まれたのだろう。

この容姿に加え物腰柔らかな態度はきっと人気がある。

そう思うと何故か胸の奥底が騒ぐ。不思議な感情に戸惑っているとサイモンが慌てたように口を開いた。


「リナ、私は潔白ですから……!獣人の中には番が見つからない期間に遊ぶような者もいますが、私は決してそんなこと……!」

「えっ……いえ、そこは別に……サイモン様みたいな方でしたらきっと言い寄られる方も多かったでしょうし……」

「否定はしませんが全部断わってますし、私の身に触れさせてもいません!」

「否定はしないんですね……」

「何もやましいことはありませんから」


きっぱり言い放った彼の話を聞いている間に、いつの間にか胸の騒ぎは無くなっていった。

サイモンの手を取り両手で包むように持つ。自分とは違う大きく、軍人らしくごつごつとした手に一気に恥ずかしさが募ってきた。


(流れでしてしまおうと思ったのに……意識してしまったら恥ずかしくて無理……!)


「ま、魔力を込めて噛めばいいんですよね?」

「はい、そんなに力は込めずとも大丈夫ですよ」


何故か嬉しそうにしているサイモンは一度意識の隅に追いやり、薬指を持ち上げるように支える。


(これは……そうお肉!骨のついたお肉!それにかぶりつけばいいだけ!)


女は度胸、と魔力を込めてその指を噛む。すぐに離れ見てみると私と同じように薄く痕がついていた。

そのうち我が家の象徴であるシロツメクサが浮かぶのだろう。


「ありがとうございます……!」

「……なんか、凄い疲れました……」


羞恥心と獣人特有な習慣に振り回され疲れ切った私は手近なソファに座る。

何気なく出てしまった呟きだがサイモンが甲斐甲斐しく世話を焼こうとしているのに気づき、それを止めて向かいのソファへ座らせた。


「これで私とリナは番……婚約者となりました。今後は先ず両親への挨拶をと思っているのですが、よろしいですか?」

「はい……サイモン様は一度都に戻られるのですか?」

「いえ、挨拶まではこの休み中にしたいと思っているので……リナの都合が良ければ、ですが」

「私は特に予定はありませんので……」

「分かりました、では明日もう一度改めて伺わせていただきます」


話がまとまるとサイモンは部屋の壁にかかっていたベルを鳴らす。

暫く後に両親やレナたちが戻ってきた。


並び立って待っていた私たちを見て全てを悟ったのか、レナは勢いよく抱きついてくるし母は目に涙を浮かべていた。父も穏やかな笑みを返してくれて、何故だか私も無性に泣きたくなってしまった。


お読みいただきありがとうございました。

ストックがあるうちは土日更新予定です。

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