CASE1-3
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません
CASE1 加護持ち人と獣人
二人残されると一先ずカーティスに座るように勧め、私も向かいのソファへ腰を下ろした。
どこから、何をどう話せばいいのか。こんなにも自分の心臓が跳ねているのは初めてだ。それもいい意味ではない方に。震える手を誤魔化すようにきつく握りしめると、優しい声が私の名を紡いだ。
「……リナ嬢、先ずは私について知っていただきたいのですがよろしいですか?」
声の方へ顔を上げれば、微笑みを浮かべながらこちらを見つめるカーティスと目が合う。
この方は、本当にしっかりと私の目を見つめてくれる。そこには嫌な視線など全くなく、ただただ私をその瞳に捉えていた。
小さく頷けばありがとうございますとカーティスが微笑む。
「改めまして私はサイモン・カーティス。都の第二師団所属です。師団の存在はご存じですか?」
「はい」
都には五つの師団がある。それぞれが得意分野に分かれており、第二は戦闘特化型だったはずだ。
師団に入れるのは本当に優れた技能を持つ者だけなので、目の前にいるカーティスがどれほど優秀なのかは語るより明らかだ。
「カーティス家はここから馬車で一週間程度の場所にあります。家族構成は父、母、兄、そして双子の妹……祖父と祖母は別の場所に隠居しています。あと我が家は猫の獣人です」
「……猫、ですか」
「えぇ、猫です……お好きだと嬉しいのですが」
先程ミルトンと刃を合わせた時を思い出し猛獣の類を予想していたが思ったより可愛らしいものに思わず呆気にとられる。その反応をどう受け取ったのか見えないはずの耳と尻尾が下がったのが見え一つ咳払いをした。
「猫は……というより動物全般好きなので……」
「そうですか……!」
私の一言や行動一つに一喜一憂するその姿に不思議な感情が湧き上がる。
純粋な好意というものに慣れておらず、どういう反応をしていいのか分からない。
しかしここまで露骨な好意を受け取れば、流石の私も心が揺らぐ。
きっとこの人は裏切らない。私を信じて、尊重して、隣に並んでくれる人だ。
あとは私が信じれるか……心を許せるか……同じものを返せるか、ということ。
「……カーティス様」
「はい」
「……私は……私は、貴方のことがまだ信じられないのです……お気を悪くされたら申し訳ないのですが、貴方が本当に私を望んでいるということも、番だということも、先程妹への質問に答えた内容でさえも……どうしても疑ってしまうのです」
途切れ途切れに言葉を紡ぎながら手が微かに震えだす。
今までの表面だけの関係性を思い出し、言われた負の言葉たちがこだました。
「だから貴方を試すようなことをしてしまうかもしれない、心にもない言葉を投げかけてしまうかもしれない……っ!」
言いながらそれは嫌だと思う自分がいることに気づいて酷く辟易した。
彼を信じ切れていないのも、不安なのも本当のことだ。
けれども私は今人生で初めて優越感を感じていたことに気づいてしまった。
こんなにも見た目も中身も完璧な人が自分のことを番だと言い、自分だけに優しく接し、甘い言葉を囁き、蕩けるような視線を送ってくる。絶対に彼が裏切らないと確信を得たからこそ、私はこんなことを口に出来たのだ。そんな自分が恥ずかしい。
気付いた瞬間血の気が引くように冷静になり、急いで謝罪の言葉を口にする。
「……申し訳ありません、今の言葉は聞かなかったことにしてください」
「いえ、リナ嬢のおっしゃることも一理あります。先程も言ったように、証明の手段はいくらでもありますし……私は貴女の心の憂いが無くなるならどんなことでもしますから」
にこりと何の含みもなく微笑むカーティスに更に自分の醜さが露呈したようで俯いた。
自分に自信があれば、こんなことを感じずに済んだろうか。
彼に出会わなければ、こんな醜さに気づけずにいれたのだろうか。
(違う、彼のせいではない……私が知らない、私がいただけだ)
「リナ嬢……?大丈夫ですか?顔色が……」
「……大丈夫です……ちょっと、自分の醜さに呆れていただけですから」
「そんなこと……」
言葉を続けようとしたカーティスだが、私の様子を見てその後の言葉を飲み込んだようだった。
どこまでも私を想う彼の行動に、番って凄いんだなとどこか他人事のように思い始めた。
細く長く息を吐いた後、心配をかけないようなるべく笑顔で彼の名を呼ぶ。
「……私は番について小説や物語の世界の知識しかありません。良ければ番について教えていただけると嬉しいです」
「え、えぇ!勿論です!」
私からの好意的な質問に彼は嬉しそうに頷いた。
………
「リナ嬢は小説や物語の知識しかないとおっしゃいましたが、その知識でほぼ正解です。番は獣人にとって最も大事な存在、失ってはいけないもの……こちらはヒトにはあまり共感されないのですが、自分の子どもよりも番を獣人は優先します」
ヒトは血の繋がらない伴侶よりも、自分の血が繋がった子どもを大事にする傾向がある。しかし獣人は例え血の繋がった子どもでも、最優先事項が番なのだ。例えば生命の危機に瀕した時、自分よりも子どもよりも番を守る。
(まあ、番に子どもを優先しろと言われたら逆らえないのが獣人なのだが)
本能では番を守りたくとも、番が望むから子どもを優先する。だから獣人とヒトとの夫婦もそれなりに上手くやっていけるのだ。勿論子どもに情が無いのかと言われれば否だ。かけがえのない存在には変わりない。ただ、優先順位が不動なだけである。
案の定、リナも感覚的に理解できないのか不思議そうな表情を浮かべている。
慌てて、例えばの話ですと付け加えた。
「番の言うことは基本的に何でも受け入れ叶えようとします。獣人にとって番に嫌われることは死を意味しますから……だからそういった物語の題材になりやすいのです」
「……なんでも、というのは」
「言葉通り何でも、ですね。世界の裏側の果物が欲しいと言われればすぐに向かうでしょうし、一緒に居たいと言われれば何日でも傍を離れずに過ごします」
「それは……なんというか」
「えぇ、とても危ないのです」
過去、番に望まれたからと事件や事故が絶えなかった時があった。そのほとんどがヒトを番とする獣人の仕業で、喜ばせたいという獣人の本能をヒトが悪用した最悪の時代だった。
「なので現在は獣人に番が見つかると誓約書を提出しなければなりません。魔法契約によって過度な要求をしない、そしてさせないといった縛りが課されます。申し訳ないのですがリナ嬢と私の間にもこの誓約書を交わさなければなりません」
「そういったものがあるんですね……誓約書を交わすことは問題ありませんが……ちなみに、もし破った場合は……?」
「聞いた話になってしまいますが、即座に拘束系の魔法が発動するようです」
「なるほど……」
納得したように頷くリナの様子を彼女に気づかれないよう観察する。嫌悪感はないか、恐怖はないか、獣人に、自分に好意を持ってくれているだろうか。
先程リナは忘れてほしいと言ったが、彼女の話を客観的にくみ取れば、恐らく心に深い傷を抱えている。特定の誰か、というよりは世の中の常識や価値観によるものだろう。
加護持ちが何だというのだろうか、他の人と見た目が違うのが何だというのだろうか。
獣人だって普段は感覚が敏感になってしまうため隠しているだけで、種族によっては耳や尻尾を生やすことが出来る者もいる。
それと一体何が違うというのだろうか。
「その契約書はどこで交わすのでしょう?」
心地の良い声に現実へと戻される。世の中を目の敵にしたところで討てるようなものではないのだ。
(いっそのこと誰かがいればリナ嬢の憂いも晴らしやすいのに)
そこまで考えてふと思考を止める。先程まで誓約書の話をしていたのに、さっそく破りそうな自分に気づいて内心笑ってしまった。
(なるほど……誓約書は大事だな)
「誓約書はどこでも交わせます。こちらの紙にお互いの名前を書くだけです」
胸ポケットにしまっていた紙を取り出しリナの前に広げる。
紙には先程話した内容が仰々しい言葉によって羅列され、一番下に余白があった。
番に出会える可能性が高かったので念のため準備していたのだが、持って来ていて正解だった。
「私はすでに内容を把握しているのでゆっくり読み込んでからで大丈夫ですよ」
何か分からないことがあれば答えます、と付け足してさらりと自分の名を刻む。
誓約書とペンを渡すとお礼を言ってリナは早速目を通し始めた。
お読みいただきありがとうございました。
ストックがあるうちは土日更新予定です。




