CASE1-2
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません
CASE1 加護持ち人と獣人
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。私は都の第二師団に所属するサイモン・カーティス、こちらは後輩のテディ・ミルトンと申します」
先程とは売って変わって落ち着いた声が応接室に響く。自己紹介に合わせて短髪の男……ミルトンが頭を下げた。
あの後駆けつけた父が仲裁に入り、今は私たち家族、そしてヴァルターが同席して二人の話を聞いている。
どうやら父は日にちまでは分からずとも二人が来ることは事前の手紙で知っていたらしく、さほど驚いた様子もなかった。
「本来であれば伯爵に面通りしてから事を進めたかったのですが……気づいたときには身体が動いてましてあのような醜態をさらしてしまい……」
「……では、リナが……私の娘がそうだと言うのですか?」
「えぇ、間違いありません」
父と話しているカーティスの瞳が私の方を向き柔らかく細められる。今まで向けられたことの無いその視線に困っているとレナが私の手を握りカーティスを睨み付けた。
「……お父様、いったいどういうことですの?お姉さまの存在がこの人たちにとってどういう意味がありますの?」
「……レナ、先ずは睨むのをやめなさい……リナも伝えていなくてすまなかった……彼らは……いや、カーティス殿は、彼の番を探しに来たんだ」
「……つが、い?」
「……番って……獣人だけが分かるっていう、あの?」
「それが義姉さまだって言うんですか?」
番という言葉の意味は知っていた。
獣人がその存在を感じ取れるということも。
しかし自分には無縁のことだと思っていたし、そもそもこの広い世界の中で出逢うなんてことは恋愛小説でしか例を聞いたことがない。
「獣人の軍人は己の番を探すため定期的に駐屯地を回ります。都にいるとは限りませんからね。先月この近くの駐屯地に来た際、私は貴女の気配を感じました。なので二週間ほど前からしらみ潰しに歩き回って……ようやく……貴女を、みつけ……たんですが……その……」
段々と小さくなっていく声と覇気に顔を上げればカーティスが一粒涙を流す所をばっちりとみてしまった。
美男子の涙はなんという破壊力なのだろう。
急に泣き出した意味も分からないというのに私もレナも母も、しまいにはヴァルターまでその光景に釘付けになった。
「……先程、釣書を、みてしまって……もしや貴女にはもう……お相手が……っ!」
わっと泣き出した彼に隣のミルトンはドン引きしている。えー、俺も番見つけたらこんな感じになるの……?見たこと無いんだけどこんな先輩……みてていいのか、これ……と呟いていた。
なんだか居たたまれなくなり父に視線で許可を経て彼に近づく。取り出したハンカチを手に、あの、と声をかけたら勢いよく上がる顔に思わずびくりと身体を揺らす。
眼鏡越しの蒼い瞳がしっかりと私をとらえた。涙で濡れているせいで光の反射が水面に写る月のように揺らめいている。
どうぞ、とハンカチを渡すと先程の彼の問いに静かに答える。
「先ず私に相手はおりません……先程の釣書はこれから目を通すところでした……しかし、私は見ての通り加護持ちに加え長子でありこの家を継ぐ予定となっています」
渡したハンカチを握ったまま涙も拭わず彼はまっすぐに私を見る。ふと、家族以外でこんなにもまっすぐに私を見つめる瞳をみたのはいつぶりだろうと考える。
「……社交もこの成りですから数えるほどしか出たこともないですし、恐らくこれからもほとんど……加護を持つだけで他に何のとりえもない……分かりましたでしょう?私のような者が貴方様の番などというのは……」
「つまり私が婿養子となりこの領地に来ればよいというわけですね?安心してください、私は次男ですので実家は無関係ですし、社交に関しては私も軍人なので滅多に出ません……あんなところ好きでもないですし……あぁでもリスター嬢……失礼、便宜上リナ嬢と呼ばせてください。リナ嬢が着飾る姿はぜひとも見たいですね、身長が高いのできっと……」
「先輩、ストップ」
意気揚々と先程までとは違う意味で瞳をキラキラとさせながら話し始めたカーティスをミルトンが口を手で塞いで物理的に声を遮った。
周りを見れば全員がぽかんとした表情でカーティスを見つめており、カーティスは邪魔されたことが不服そうにミルトンの手を払いのけた。
「……今のお言葉、嘘偽りありませんか?」
呆気に取られていると後ろから低い声が響き、ふらりと私の横に並ぶようにやって来たレナは無礼にもカーティスを指さした。
「お姉さまに似合う色は?!」
「グレーやベージュですかね、あぁでも出来れば私の色である青を身に纏っていただきたいです」
「お姉さまに似合うドレスの形は?!」
「私は女性の服装に興味がないのでどういった名称なのかは分かりかねますが、裾が長めで上にジャケットのようなものを羽織っていたら素敵かと」
「デートするとしたら?!」
「そうですね……先程の話を聞く限り外出をあまりしなさそうでしたので……こちらの温室でささやかなティーパーティーは如何でしょうか?植物園を貸し切りにするのもいいですね」
「……お姉さまの好きなところは!?」
「全て、です」
静かにはっきりとカーティスが言い切った。
これには流石に驚いたのかレナの勢いが萎んでいくのが分かる。
「獣人にとって番というのは生涯を通じて一人だけ。最早その魂に惹かれていると言っても過言ではありません。同じ獣人同士であれば感覚的に分かるのですが、ヒトはそういったものを感じ取れないと聞いています。なので私の言っていることが信じられないのも重々承知しております」
「ヒトは見た目、財産、そして繋がりを大事にします。だからそこには政略があり、裏切りもある……俺……わたしにはまだ番はいませんが、番を得た獣人がどういったものかは家族や親戚で目の当たりにしています……つまり」
ひゅっ、という風を切る音と金属がぶつかり合う音がしたのは同時だった。
ミルトンが一瞬で私の後ろに回ったかと思いきや、目の前のカーティスが私を抱きしめるように引っ張り頭の斜め後ろで鞘に入った短剣同士がぶつかり合っていた。
その剣の矛先は私というよりカーティスを狙ったもので、恐らく私がそのまま立っていても害はなかったであろう。それにもかかわらず、カーティスは私をかばった。
「獣人は何よりも番が優先、そして番と出会った獣人は身体能力が上がるんです」
すみませんね、先輩と軽い調子で謝った彼は短剣をしまい、そして私にも謝った。
「あと助け起こせなくて申し訳ないです、緊急時以外に番に触ることは先輩の逆鱗に触れるも同然なので」
「え」
その言葉を聞いて部屋の隅から声が上がる。カーティスの手を借り起き上がり声のした方へ顔を巡らすと、血の気が引いて真っ青になり震えているヴァルターがいた。
「えっ、俺、義姉さまに触っ……!」
「あぁ、後輩が脅かすようなことを言ってしまい申し訳ありません。番の家族や極近い親戚の方は対象外ですよ。必要以上の触れ合いはしてほしくない、という表現が正確ですかね。挨拶やダンス等で触れる分には構わないですし……ましてや貴方にはお相手がいらっしゃる、尚更私は気になりません」
「あ、よ、よかったです……」
先程の彼らの実力を目の当たりにしたせいか怯えていたヴァルターだったが、カーティスの言葉に一つ安堵の息を吐く。しかしまだ不安なのかレナに近づいてその手を取り一緒に元の場所へと戻っていった。
「さて、リナ嬢。ここまでのやり取りで何か分からないことなどありませんか?他の手段で証明しろとおっしゃるなら数日猶予はいただきたいところですが」
先程手を借り起き上がった時から握ったままなのをいいことに私の手に口づけを落とした彼は窺うように私を見上げる。
どうしたらいいんだろうか。
番に選ばれるというのは奇跡に近い。
獣人の数はけして少ないわけではないが、その番と巡り合えるのは全体の四割程度だと前に読んだ本に書いてあった。
カーティスの反応を見る限り、恐らく本当に私は彼の番なのだろう。
だから余計にどうしても、彼にかわいそうという感情を持ってしまう。
せっかく見つけた番が私のような者なのだから。
どうしてこのタイミングなのだろう。
せっかく気持ちに区切りがついたのに。
結婚という夢を諦め、養子を育てていく決心をしたばかりなのに。
一年の猶予なんてただの方便だ。
のらりくらりとレナや父の縁談を交わして結婚相手も探す気など微塵もなかった。
どうして、何故、私なのか。
「……リナ」
聞きなれた声に色々と考えていたものがパッとなくなる。
顔を上げれば父が優しい眼差しでこちらを見ていた。
「リナ、一度カーティス殿とゆっくり話をしなさい。どんな疑問も、どんな思いを抱えているのかも全て彼に伝えてみなさい……些細なものも残らず全てだ」
「……お父様……」
「私たちは一度席を外す。今日中に終わらなければ何日かかってもいい……そうですよね、カーティス殿」
「えぇ、休みはしっかりともらってきているので」
「お前の悩みはお前にしか分からない……言葉にして伝えるのは勇気がいるだろうが、ここで隠してしまったらお前はもう二度と、その思いを口に出すことが出来なくなるんじゃないかと思うよ」
「……」
「この部屋には誰にも近づけさせない、何を話したのかも詮索しない、だから、ね?」
「……はい」
「カーティス殿、娘の許可なく触らない、近づかない、嫌がることをしない、というのを守れますか?」
「勿論です、誓約書に書いても構いません」
「結構」
そういうと父は立ち上がり部屋を出ていった。続くように母とレナ、ヴァルター、ミルトンが出ていく。ミルトンが部屋を出る前に振り返り、もう一度カーティスに釘を刺してから部屋を出ていった。
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